薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

アイドル×ゼロサム

リアクション公開中!

アイドル×ゼロサム

リアクション



《5・約束する。しかし、》

 開始からそろそろ一時間が過ぎようかという頃。
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)たちは岩場地帯を歩いていた。
 どの岩も大きく、そして尖っているものが多く、審査員を探す以前にただ歩くだけでも一苦労といったところだが。
 尖ってギスギスしているのは彼女らの間に漂う空気も似たようなものだった。
「ユリちゃんてあたし達のことそんなふうに見てたんだ」
「そ、その……、あれはデフォルメなのですよ」
 ユノをはじめ、リリとララもつーんと口をきいてくれていない。
 オーディションに参加しているユリは、つい先ほど演技力審査を終えてきたのだが。
 行なった内容が問題なのだった。演技の経験がないユリは、苦肉の策として仲間うちのリリ、ララ、ユノのモノマネをしたのである。これなら3人の異なるキャラクターを演じ分けられると踏んでの作戦で。
『ふん、中途半端な秀才の君になど理解できるわけがないのだよ。この難事件、解決できるのはリリ・スノーウォーカーただひとりであろう』
『諦めるなんてダメダメダメダメ、ぜ〜ったいダメ。CY@Nちゃんのバカッ!』
『ああ、私は私の想いなど届かなくていいんだ。だが、なぜだ。この胸の痛みは……』
 設定としては、CY@Nが巻き込まれた事件に、リリたち三人が挑むというものであった。
 リリが主役の偏屈な少女探偵、ユノは場を盛り上げる元気印の我侭娘、ララはみんなを守る宝塚風の姫騎士といった具合にそれぞれ演じわけ。演技もさることながら、内容もなかなかに好評だったという手ごたえはあったユリなのだが。
 モノマネというものは極力本物よりオーバーにやるべきものであり。ユリもその法則に従って、かなり大げさにパートナーたちを演じた。
 結果がいまのありさまなのだった。とはいえ実際、三人も本気で怒っているわけでないので。ちょっとしたおしおきの延長である。
 そもそも経営している【薔薇十字社】という探偵事務所の家賃滞納が続き、事務所を追い出されそうだということがはじまりで、
「依頼を待っていても埒が開かないのだ。ここはこちらから打って出るのだよ。秘書兼電話番のユリをアイドルにして契約金で家賃を払うのだ」
 というリリのなんともステキなアイデアで、ここにこうしているのだから。ユリの機嫌を損ねたくないのは、むしろリリ達のほうだった。
 だからそろそろ許してあげようかというとき、
「あれ?」
 それどころでない光景が目に飛び込んできた。
「おい、あそこ」
「わっ。誰か倒れてるのです?」
「ど、どうしたの? だいじょうぶ!?」
 駆け寄ってみれば、そこにいたのはこんな岩場に不釣合いな、流れるような長髪、すきとおっているかのようなきめ細かい白い肌、雪の妖精かはたまた眠り姫かと見紛うその女性、姫乃だった。
 着ているものも同色のホワイトシャツと膝丈までのスカート。動きやすいようにと思っての服装のようだが、冬場にこんな薄着では寒いだろうし、こんな場所を歩いていたら脚が傷だらけになってしまう。現にあちこちあざができてしまっていた。
「ん……あ、おはようございます」
 四人の声によって、とんちんかんな挨拶ととともに姫乃は目を覚ました。
 まさか本気で寝ていたのか? と思う一同だが、事情を聞くとさすがにそんな事はなく。
 スタートからいきなり道を間違えた彼女は、そのあとも審査員を探してあちこちさ迷い歩き……というよりほぼ迷いながら歩き。けっきょく未だにひとりも審査員を発見できぬまま、ここまで辿り着いたところで疲れて倒れてしまったということらしかった。
「はぅぅ……なんだか他人とは思えないのです、姫乃さん」
「ふわぁ……わたくしもそう思っていたところですわ、ユリさん」
 同い年なのに加え、運動音痴、歌が好きなど共通点が多いふたりは意気投合しはじめていた。
「ほら、ふたりともそのへんにして。あっちに審査員がいるようだよ」
 ララが指さす先に、確かに普通の参加者とは違うスーツの男性が立っている。
 何の審査かと近づいてみれば、ネームプレートに『歌唱力審査』の文字があり。それじゃあさっそく、と一同が急ごうとしたところで、
「すこし待って欲しい。いいことを思いついたのだよ」
 リリが仲睦まじいユリと姫乃をみて、ある提案を持ちかけることにした。
 それは――――

「デュオを組む?」
 審査員はわずかに片眉をあげる。
「はい、ワタシと姫乃さんが。構いませんか?」
「それはべつに構わないが……。その場合、片方がミスをしたらもう片方の点数にも影響するぞ。それに、点数に飛躍的な差が出るわけでもないぞ」
「かまいませんよね、姫乃さん。大丈夫、きっとうまくいくのですよ。何もかもうまくいくのです」
「そうですわね。わたくしたちなら、きっとできると思いますわ」
 ユリの提案に姫乃も同意する。
 不安要素を吟味してもなお、互いが互いの力をきっとひきだせるだろうという予感がふたりにはあった。それほどにシンクロする部分が多かったらしい。
 そして、ふたり合同での審査がはじまった。
 ユリも姫乃もクラスは歌姫。ユリは自他共に声がいいのを認めているが、姫乃も負けてはいない。オペラ歌手も顔負けというくらい、かなり高音まで引き出せている。
「この曲、なんだっけ?」
「アベマリアなのだよ。カッチーニの」
「阿部麻理亜? 誰それ」
「ふたりとも、アベじゃないよ。ちゃんと唇をかるく噛んで発音しないと」
 三人がひそひそと話すなか、ユリと姫乃は即興のアカペラデュオとは思えないほどに見事なセッションを披露していた。
 要所で主旋律を交代させながら、歌声を精緻に絡みあわせてメロディを組みたてている。カッチーニのこの曲は歌詞がないも同然なので、かなり歌唱力に自信がなければオーディションでやるのは危険と言えたが。
 そんな不安要素をものともしないまま、ふたりは最後まで歌い上げて審査を終えた。

 別れ際、
「お互い、この先も力を尽くすのですよ」
「ええ。全力をつくしてがんばりましょう」
 ユリと姫乃は握手をかわして、それぞれの道へと進んでいった。
「オーディションのなかでも、よきライバルと会えたことは嬉しい限りですわ」
 姫乃はロケットを握り締めながら、しみじみと口元をほころばせる。
 やがて。そろそろ岩場地帯を抜けようかというところで。
「よォ。キレーなお姉さん」
 突如、背後から声がした。
 警戒心の薄い姫乃にもわかるほどの、不穏な気を宿した声が。
「ちっとばかし、俺様の優勝のためにおとなしくしててくれねぇかな?」

◇◇◇

 日下部 社(くさかべ・やしろ)は中央の特設審査場で、一般のファンとともにCY@Nの審査を見守っていた。
 いま審査を受けているのはセレンフィリティ。彼女はスキルの放電実験をつかって壊れた電化製品の修理をするという異色のアピールしていた。
 彼女としてはそれこそが一番の得意分野であり、本人談としては『理系アイドル』としての売り込みらしい。
 CY@Nがこれをどう評価するのか、社はかなり気になるところ。彼女とは面識もあるのですこし話でもしたいところだったが。今はオーディション中ということなので、一般客はすこし離れた専用の見学スペースにしか立ち入りは許されていない。
「やっぱ年末のイベントは、かなり盛大にいきたいと思うとるんや」
「なるほど。なかなかに興味深いお話ですな」
 なのでしかたなく用意されたパイプイスに座り、隣にいる男と談笑していた社だが。
「せやから、俺としては……ん?」
「どうかしましたか?」
 社は殺気看破によってなにか不穏な空気を感じ取り、振り返って目をこらしてみれば。
「む? なんやあそこにおる奴は?」
 右腕を押さえながらこちらに逃げてくる姫乃と、それを追っているタケルの姿がうつった。
「なんやなんや〜? せっかく夢の為に頑張っとる子達が一生懸命やっとるのに無粋な真似はアカンよな〜? 悪い、ちょっと行って来るわ」
 社はそう言うと、先の先スキルを行使しながら駆け出して。
 今まさにタケルの手が姫乃に届こうかというところで、いきおいを殺さないままに繰り出した蹴りをそのままタケルのどてっ腹にぶちかました。
 タケルはグラップラーであるゆえ身体能力や反射神経は鍛えているものの、社もまた同じグラップラー。やはりそう易々と回避できる蹴りではなかったようで、かるくうめいて地面を二度ほど転がる。
 それでもすぐに体勢を立て直し、ファイティングポーズをとったのはさすがだった。
「痛ぇな! なんだよ、テメェ! 何者だ!」
「あ? 俺が何者やと? 一回しか言わへんからよぉ耳の穴かっぽじって聞いとけ!」
 しかし対する社とてそれに臆することなく、
「俺が846プロダクション社長! 日下部社や!」
 警告と名声を使った言葉を、ビシィ! とひとさし指とともにつきつけた。
「おいおい待てよ。俺様はただ、その女を心配して追いかけてただけだぜ? それがなんな問題あるってのかよ」
 それを聞いたタケルは、分の悪い相手だと察して方向性を切り替えてきた。
「なんやて? 見苦しいで、せやったらこの子の怪我はなんやねん」
「おっと、それは俺様がやったんじゃねーよ。原因を作ったのは確かだが、そっちが勝手に転んで怪我しただけだ」
 社が姫乃を見れば、彼女はこくりと小さく頷いた。
 たしかに事実としては、タケルに驚いて逃げようとして転んだ拍子に、尖った岩に腕をぶつけてしまったのであったが。
「その部分が本当やったとしても、はじめに彼女を怯えさせるようなことをしたのは間違いないんやろ? なんやったら、各所に設置されとる監視カメラでも確認しよか?」
「チッ。面倒臭ェな」
 問答が面倒になってきたのか、わずかに不穏なプレッシャーを放ちはじめたタケル。
 彼はいきなり回れ右して駆け出そうとして、目の前の女性にぶつかりそうになる。
「邪魔だ女! どけ!」
 それが誰かというと、セレンフィリティの審査を見守っていたセレアナで。
「……悪いけど、これでも虫の居所が凄く悪いのよ」
 彼女はそうつぶやくと、なんの脈絡もなくスキル・シーリングランスによる一撃をタケルに叩き込んだ。
「ぐべぇ!?」
 そこそこ戦闘経験が豊富なタケルではあったが、彼の失敗は通行人を眼中に入れていなかったことだった。それがまさか八つ当たりでここまで理不尽に攻撃をされるとは、さすがに予想の外だったので。攻撃を避けきれず地面に背中をついてしまった。
「ぐ、ぐぅ……く、そ」
「あぁ、もう。話を途中で放り出すからそんなことになるんやで。年長者の話は最後まで聞かんとあかんよ」
 社はやれやれと肩をすくめながら、膝をついて仰向け状態のタケルを見つめて。
「アイドルになるのが夢やったら他人の夢の重さも分かってやらんとな? 自分だけやなく皆に夢と希望を与えるのがアイドルやろ?」
 優しく諭すようにして語りかけていく。
 わずかに心打たれたのか、タケルは黙り込んでしまう――
「せやから、もうこんなことやめて普通にオーディションを……おや?」
 というか、もう気絶しているようだった。
 しかたないので社は、怪我をしている姫乃のほうに視線をうつす。
 手当てでもしてあげたいところだが、あいにく回復スキルがないし、そもそも関係ない人間が手をかすのはルール違反になる。が、さすがに血をだらだら流しているのを放っておくのも気が引ける。
「なあ、青井社長。ちっと包帯巻くぐらいならしてもええよな?」
 社はそう言ってさきほどから話していた男のほうを向くと、当の本人はとっくの昔に姫乃にかけよって応急処置を施していた。
 観客はA01プロの社長がこんなところにいたという事実と、その彼があっさりルールに背く行為をしていることに戸惑っていたが。青井社長と姫乃の顔色はすぐれない。なぜなら、
「右腕の傷が、かなりひどい。応急処置だけじゃダメですね。これは一刻もはやく医者に診せたほうがいい」
「そんな。わたくしは、どうしてもアイドルにならないといけないんです!」
 必死に訴える姫乃に、社はタケルに対してとは別種の穏やかさで語りかける。
「そらぁこのままリタイアするんは嫌やろうけどな。キミ、審査はいくつ受けたん?」
「え? まだ、歌唱力審査だけですわ」
「つまり、学力審査かダンス審査のどちらかは絶対に受けんとあかんわけや。せやけど、その怪我した手で鉛筆を握れるんか? ダンスのとき、腕に負担がかからんよう踊れるんか?」
「そんなの関係ありません! わたくしは……どうしても、諦めるわけにはいかないの! アイドルになるって、あのひとと約束したんです!」
 ついにはロケットを握りしめて、ぽろぽろと涙しはじめる姫乃。
 社には彼女の事情はわからないが、家族か恋人か友達か、とにかく近しい人との誓いがあるのだろうということはわかった。社としても、夢を追う者は応援してあげたいところだが。
「青井社長。どうにかならんかな?」
「……このオーディションは、妨害や事故で負傷することも前提にしています。そして、その負傷が一定値以上に達した場合、いかなる理由があろうと強制的に失格となる。残念ながら彼女はここまでです」
 返ってきた答えは無情なものだった。
 姫乃はもはやただ嗚咽をもらすばかりで、そのままスタッフに連れられていき。
 社はいっそ自分の事務所に入れようかとまで考えたが、そんなお情けでは彼女は納得しないだろうとわかっていた。

 エントリーナンバー6・タケル、過剰な妨害行為により強制失格。

 エントリーナンバー2・姫乃、ドクターストップにより途中退場。