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《7・学ぶ。さらに、》

 開始から二時間。折り返しもとうに過ぎ、参加者の面々もそろそろ審査をすべてクリアしておきたいというところ。
 そうした緊張感のなか、さらに集中力が高ぶった緊迫感が満ちているのは他にくらべて小高い丘になっている山岳地帯。名前があらわすほど険しい道ではないが、それなりに体力を消耗する場といえた。
 加えて頂上にあるのは、学力審査場。体力に自信がないものはここに近づこうとは思わないし、体力だけの人間には審査を乗り切ることができない。すこしいやらしい配置だった。
 しかし意外にも、頂上になにかしらの審査があるだろうと踏んで足を運んだ参加者はかなり多くいて。現在も十名近い生徒がテストに取り組んでいた。
 なかでも、驚異的なスピードで問題を解いている人物が数名いた。
 ひとりめは、右目だけ銀髪で隠れている顔が印象的な、キッチリした紳士服に身をつつんだ少年シド。ちなみに彼は体力に難があるので、空飛ぶ箒でここまで来たクチである。
 ふたりめは、ベアトリーチェ。もともと優等生である彼女なのだが、そこに今回は計算が早くなる財産管理、博識、記憶術なども駆使して、最速での全問正解を目指しており。傍らで観戦している美羽とコハクも、わがパートナーながら驚嘆の思いだった。
 次点は仁科響。事前に自分の苦手なところを重点的にパートナーの弥十郎からレクチャーしておいてもらったおかげで、かなりハイペースで解いている。
 セレンフィリティは、得意な理数系の問題を中心に確実に点数を稼ぐようにして。残った時間に語学系の問いをせめて平均点はキープしようとがんばっている。
 そこそこのエリートの出である獅子導龍牙も、基本問題はあらかたクリアしたので後回しにしていた多少ひねっている問題に頭を悩ませている。
 花京院秋羽や葛葉杏は、ここは無理せずできる問題を確実にとっていって。
 他にも、さきほどべつの審査を終えた風森巽や蚕サナギの姿もある。
 巽は社会科などの暗記物は博識、計算問題は財産管理で対応し、ひとつひとつケアレスミスのないようにこなしていたが。
 サナギのほうは「わし頭よろしでー。いやいやほんま、小学生の時保険体育満点でしたもん」などと言いながら鼻血を流すくらいの学力なので、現在あきらかにペンが止まっている。ただ、たしかに保健体育の問題はきっちり書き終えたあとだったが。
 そして、
「はい! そこまでです!」
 審査員の声がかかると、ふぅぅぅ……とおのおの息をついて緊張をやわらげる。
 何人かはこれで全審査が終了したらしく、かるく雑談に花を咲かせるが。そうでない者達は再び忙しそうに次の審査へと進んでいく。

◇◇◇

 天城 瑠夏(あまぎ・るか)シェリー・バウムガルト(しぇりー・ばうむがると)を空飛ぶ箒スパロウのうしろに乗せ、ディテクトエビルを使いながら空を疾走していた。
 いや。今はもうスキルは使っていない。なぜなら、箒の操縦に集中しているからだ。
 で。なぜ集中しなければいけないかと言えば、
「…………っ、また……来た!」
 黒い矢が、下の森林地帯から飛んできているからに他ならない。
 下から上に射ているというのに、的確にこちらの箒へと届いてくるのはなんらかのスキルの影響だろうか。
「大丈夫、まだいけるよっ! 瑠夏くんは私が守るもん!」
 どうにかシェリーが殺人トランプで打ち落とし、光術で狙いにくいように目くらましを続けているので幸い怪我のひとつもしてはいないが。もう戦闘も覚悟しなければいけないかなとも思い始めていた。
 というところで、眼下の森が途切れた。
 いつのまにか中央審査場の区画まで辿り着いていたらしい。
 矢を放っていた襲撃者は、姿を隠したいらしくそれ以上は追ってこなかった。
「……どうしよう、スタッフか、誰かに……言った、ほうが……いいかな?」
「うーん、やめとこうよ。わざわざ私たちの時間ロスしてももったいないし」
 瑠夏はそれに頷くと、箒をそのままステージのそばにおろして着地する。
 見ればCY@Nはベアトリーチェの審査を行なっているようだった。
 彼女は、CY@Nが出演した映画の台本を、記憶術で完全暗記したうえで読み上げていた。いくら頭脳派とはいえ一言一句間違えずにおこなうのは、なかなかできることではない。
「はい。もぐもぐ……ありがとうございました」
 やがてCY@Nは桜色のマカロンをほおばりながら、そう告げた。
 これはべつに不謹慎におやつタイムとしゃれ込んでいるわけでなく、参加者のユリがアピールのために作ってきたお菓子をまだ食べているからなのである。
 CY@Nとてゲスト審査員として選ばれたのだから、審査は真面目にやっている。甘酸っぱい香りのフランボワーズ味をかみしめているのは、単純にそれが気に入ったのでずっと食べているからに他ならない。
「私が朝摘みしてきた実さ」
「あたしはジャムを作るの手伝ったよ」
「リ、リリは味見をしたのだ。じゅ、重要な仕事なのだよ」
 ついでに言うと、リリ達は審査がすべて終わったので全員ここに揃っており。3人の遣り取りをユリは嬉しそうに微笑んで見ているのだった。
 そうした余裕の構えの参加者を目の当たりにして、瑠夏はいきなり不安顔で。シェリーはそんな瑠夏に「しょうがないなあ」と言いたげになり、
「あの。CY@Nさん」
「はい?」
「私たち、いっしょにアピールしてもいいかな?」
 唐突なシェリーの提案に、瑠夏は驚きを表情に出すが。
 シェリーは「いいからまかせて」とばかりにウィンクをひとつ。
「はい。構いませんよー、どうぞ」
「よし。決まりね!」
「ちょ、ちょっと……シェリー?」
「いいじゃない。瑠夏くんに私があわせるから、ほらほら!」
 そしてふたりはステージへとあがって。
「それじゃ、エントリーナンバー・20、天城瑠夏。エントリーナンバー・21、シェリー・バウムガルト。いきまーす!」
 なかば押し切られる形の瑠夏だったが、
 さすがにシェリーの足をひっぱるわけにもいかないので、覚悟を決め。
 まず歴戦の魔術によって、五線譜を模した魔力波を造り出す。そこへ光術を駆使して、音符を譜面に散りばめていく。
「いいよ、瑠夏くん! ファイトッ! ファイトッ、瑠夏くん!」
 その傍ら、シェリーは飛んだり跳ねたりの元気さで自分をアピールしつつ、瑠夏への応援も兼ねていく。
 それに後押しされるように、瑠夏は途中からファイアストームも使い、譜面を見事な茜色に染めあげて演出していく。これは威力が強すぎれば譜面をつぶしてしまうし、弱ければそもそも意味がない。
 ここまでの魔術の造形美、かなりのテクニックが必要だというのは誰の目にもわかった。
「おぉ? なんだか盛り上がってるみたいだなァ」
 と、そこへヘビメタ衣装の仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)がやってきて。
 彼に気がついた観客がギョッと目をむいている。もっともそれはべつに衣装が問題なのではなく、顔がすこし腫れていたり、膝や脚をすりむきまくっているという満身創痍ぶりが大問題なのだった。
 じつはここまで彼は、応援に来たパートナーの平 清景(たいらの・きよかげ)が、
「歌唱力会場は歌声がするはずだから、拙者が場所を探して来るでござる。明彦殿は残る3つを!」
 というので、しゃかりきに走り回って他の審査を受けてきた。
 演技力審査では、
「並盛と卵おまたせしま……えっ、違う? すみません! すみません!」
「肉抜き、ネギ抜き、汁だけ? そういうのはちょっと……ひっ! 作ります、すぐ作ります!」
 などと、かつてライブ資金捻出のために牛丼屋でバイトした経験を盛り込んで。
 ダンス審査では、
「それっ! ジミヘンだ、クラプトンだ、ベックだ、ペイジだ!」
 エアギターで感情の赴くままに、有名なミュージュシャンの技法をとりいれての必死なアピールを続けてきた。
 それから一度タケルと戦闘になりかけたり、何者かの矢を受けたりして傷を負うこともあったが。
「給水所はこちらでござる。体力は気にせずガンガン行くでござるよ!」
 そこは頻繁に清景と落ち合って、ヒールやパワーブレスでスタミナ補充をしてもらい。驚きの歌でSP回復をしてもらって体力を保っていったのだが。
 とはいえ本当にかなりハイペースでガンガンいっている明彦は、回復も追いつかないくらいに傷だらけになっているというわけだった。
 もっとも本人にしてみれば、
「キレーな顔や身体してるほうが俺にとっちゃ恥ずかしいもんだぜぇ?」
 というくらいに、まるで気にしてなかったりする。
 やがて審査の終わった瑠夏と入れ替わりに、ステージへ駆け上がる明彦。そのさい、瑠夏がそうとうビビッた表情をしていたが、これも明彦は気にしなかった。
 そんな風に、彼は自分のスタイルのままに突き進んでいる。
「俺のギターを聴け!」
 このいまも、そうだった。

 べべべべ……ギャイーィィィン!

 鳴り響くエレキギター。
 イロモノ系かと想像していた観客は、いきなりそれを裏切られる。
 ちゃんとした譜面に書かれるようなメロディとは程遠くにあるそれだが、着目すべきはそこでない。けたたましい音でありながら、決して適当にひいてなどいない。
 チョップ奏法、ボトルネック奏法、バイオリン奏法など。自身の知識にある限りの引き方を次々と明彦は観客にお見舞いしていた。
 かなりの超絶テクニックに、CY@Nもこの場にいる他の人間たちも、すっかり聞き入ってしまう。
 うっとり聞くのではない。はげしく聞くための音楽。
 そういうものに馴染みのなかった者たちは、このとき価値観を改めることとなった。