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ゾンビ・ファクトリー

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ゾンビ・ファクトリー

リアクション


   第二章


  1

 事前の根回しが功を奏し、装備は充実している。
「それじゃ、派手にやらせてもらおうかねぇ」
 不敵に嘯き、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は地面を蹴った。
 同時に、前方で派手な爆発。
 爆風が頬を撫で、熱の余波が前髪を焦がす。
 破壊工作を得意とする静麻にとっては爆音も、髪が焦げる臭いも馴染みのものだ。
 吹き飛んだ金属柵目指し、ダッシュローラーで急加速。柵の周囲には、爆音に気がついたゾンビたちがぞろぞろと集まり始めている。
 静麻はマシンピストルの連射で前方のゾンビたちを薙ぎ払い、一気に敷地の深くまで入り込む。ゾンビたちは、拍子抜けするほどあっさり、静麻の陽動に気を取られてくれた。実に素直だ。
 これで後続の仲間たちの突入口は確保した。
「後は、少しでも数を減らしとこう、か!」
 言葉の終わりに、静麻は手投げ式の爆弾を投擲した。
 狙ったのは群れ集うゾンビの中央。衝撃波が炸裂し、同時に五、六体のゾンビの身体を木っ端のように舞い上げる。
「おや、確か燃焼効果のある武器の使用は禁じられているのでは?」
 と、横合いから声を上げたのはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)である。
 いつの間に隣にいたのか、右腕から伸びた、刃で構成された鞭で周囲のゾンビの頭を叩き潰している。
「ありゃ特製でね、衝撃波と破片だけでダメージを与えられる。燃焼効果はないんだ」
「ふむ、なるほど」
 頷くと、エッツェルはなおも襲い来るゾンビを次々に薙ぎ払っていく。
 鋭い刃の鞭は伸縮自在なのか、生物の如く滑らかにうねり、確実にゾンビを行動不能に至らせる。たちまち周囲には濃い血臭が立ち込め始めた。
「ああ、ちなみに」
「おう?」
 呼びかけに、静麻は手の中で猛り狂うマシンピストルの反動を抑えつけつつ応じる。
「私はお仲間がゾンビになってしまった場合、遠慮なく頭を叩き潰しますので。私がそうなった場合も遠慮なく同様にしてください」
「ああ、そうか。そういや決めといた方がいいよな。了解だ」
「まあ、すでにアンデッドのような我が身。噛まれた場合どうなるのか、少し興味深くもあるのですがね……」
「ん? なにか言ったか?」
「いえ、お気になさらず」
 手元から吹き荒れる銃声のおかげで、エッツェルの呟きまでは聞こえなかった。幸いこちらに聞かせる意図のある発言ではなかった様子なので、引き続きマシンピストルをゾンビたちに向け続ける。
 頭部の損傷が軽微な個体は、すでに起き上がってこちらへと向かってきている。なるほど、これは厄介な相手だ。
「お。あれは使えそうだな」
 二人が踏み込んだ場所は駐車場だ。職員の物らしき車両を見つけ、静麻はそちらに歩み寄る。持ち主には申し訳ないが、遮蔽物として使わせてもらう。
「いけない、閃崎さん!」
 が、どうやら少々軽率だったか。
 車を背にして射撃を再開した静麻は、エッツェルの鋭い声に振り返り、舌を打った。
 背後、車の屋根に乗っているのは、潜んでいたらしいゾンビだ。
 マシンピストルの銃口を跳ね上げる。すでにゾンビは屋根を蹴り、宙を舞っていた。間に合わない。
 ――だが、ゾンビの腕が静麻に届くことはなかった。
 ゾンビは空中で体勢を崩し、無様に地面に倒れ伏している。見れば、その足には二匹の蛇が絡みついていた。
 ゾンビはなおも身を起こそうと藻掻く。その頭部を、飛来した二体の折鶴が貫いた。
「無事ですか」
 声をかけてきたのは東 朱鷺(あずま・とき)である。ゾンビの拘束を解いた蛇たちは、彼女の足元に侍り、折鶴も優雅に舞い、その掌に収まった。
「ああ、助かった。ありがとう」
 エッツェルの手を借りて立ち上がった静麻は、気恥ずかしげに苦笑した。
「しかし、なぜここへ? 東さんは内部偵察の担当では」
 近づいてくる他のゾンビを、折鶴の演舞で優雅に蹴散らす朱鷺に、エッツェルが疑問の声を投げる。
 彼女は確か、式神を使って工場内部の索敵を担当していたはずだ。
「陽動とはいえ、たった二人でこの数を相手にするのは厳しいかもと思いまして。不要かとも思ったのですが……」
「とんでもない。おかげで命拾いだ」
 遠慮がちな朱鷺の言葉を、静麻は笑顔で否定した。
 周囲はすでに、新たなゾンビ十体以上に取り囲まれている。思ったよりも敵の再生が早い。これは確かに、二人では苦戦を強いられただろう。
「それじゃあ改めて」
「加勢をお願いします」
 背をあずけ合っての静麻、エッツェルの申し出に、朱鷺は柔らかな微笑で応じた。
「請け負いましょう」
 それを合図に、三人は周囲の敵を迎え撃つ。
 戦端はまだ、開かれたばかりだ。


  2

 静麻、エッツェル、朱鷺の三人が生んだ混乱に乗じ、捜索班は工場へ侵入。件のテロリストの捜索に移った。
「う……ぁ……がぁああああッ!」
「ひぃッ!?」
 視界いっぱいに迫ったゾンビの顔に、秀幸はたまらず目を閉じた。
「あはは、小暮くん怯えすぎですよ」
 が、噛みつかれる痛みなどは襲って来ない。
 それもそのはず。
 ゾンビはゾンビでも、それは工場職員ではなく、工場職員と同じツナギを着たルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)なのである。
「す、すみません。それにしても、また随分と堂に入った演技ですね……」
 肌は土気色。全身の動作は緩慢。さらに襲いかかる挙動や、獰猛に剥き出した歯など、本物のゾンビと見分けがつかない演技だった。
「ええ。映画鑑賞が趣味なもんで、メジャーものからマイナーものまで、ゾンビ映画は一通り観てますからね」
「なるほど。自分は浅学なもので、あまりその手の映画は観たことがなく……後学のために観ておいた方がいいかもしれません」
「あ。なら任務が終わったら、ゾンビ映画の鑑賞会でもどうです? 同期の皆も集めて」
「いいですね。でしたら、会場には自分の部屋を提供しますよ」
「お、やった。約束ですよ?」
「ええ。もちろん」
「ルークさん、それ死亡フラグですよ?」
 周囲に目を凝らしながら冷静な指摘を入れたのは、ルークと同じく青いツナギを着た一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)である。
 アリーセも赤の変貌剤を使用しているので、肌は土気色だ。薬の効果で夜目が利くらしく、ルークと共にテロリストが他になにかトラップを仕掛けていないか、そのチェックを担当してくれている。
「死亡フラグって、いやいやそんなことは……あ」
 反論しかけたルークだが、自身の言動が「俺、この任務が終わったら……」に代表されるお約束の前振りと気づいたのか、言葉を止めた。
 そんなルークに微苦笑をこぼしていたアリーセの表情が、不意に引き締まる。
「止まって!」
 切迫したアリーセの声に、一同は足を止めた。
 秀幸は手にしたライトのわずかな光源でしか視界を確保できていないが、アリーセはなにかを見つけたらしい。
 同様に変貌剤の効果で夜目の利くルークも同じものに気づいてか、二人は共に前方にしゃがんだ。
 しばらく待つと立ち上がり、手元を示す。
「これは……」
 アリーサの手に乗っているのは、深緑色をした丸い塊だ。
「手榴弾です」
「こっちはワイヤー」
 ルークの手には、細いワイヤー。
「即席のトラップです。手榴弾の燃焼効果なんて知れたものですが……最悪の場合、被害者が出る可能性も」
 アリーサが指摘する通り、万が一工場職員が同様のトラップにかかり、全身が炎に包まれでもしたら、治療が難しくなる。
「予定通り、俺と一条さんで解除しますよ」
「お二人だけで大丈夫ですか?」
「テロリストが単独で、それほど多くの手榴弾を持ち込んでいるとも考えにくいですし、私とルークさんだけで十分かと。幸い、今の身体の状態でもこの程度の単純なトラップは解除できるようですし」
「もし手に負えないと判断したら、改めて連絡しますよ」
「了解しました。では、お任せします」
 アリーサとルークはぎこちなく(ゾンビ化の影響だ)敬礼を返し、トラップが張られていた通路の方へと進んだ。
 不幸中の幸いか。トラップの存在で、後で治療可能であるからと、心のどこかに残っていた楽観は吹き飛んだ。
 秀幸は表情を引き締め直し、同行する面々を連れ、二人が進んだのとは別の通路へ足を踏み入れる。


  3

 叶 白竜(よう・ぱいろん)は息を潜め、背筋を冷や汗が伝うのを感じていた。
 変貌剤によるゾンビ化で発汗機能は低下しているが、完全に失ったわけではない。
 鋭敏に研ぎ澄まされた嗅覚は濃い血の臭いを嗅ぐ。聴覚は亡者立ちの足音を聞き分け、闇の中でも映える視界には、ゾンビたちの群。
「ぁ……う……」
「う……がぁ……」
 目の前を横切るゾンビたちは、時折呻き声のようなものを発している。気管を空気が通り抜け、発するつもりがなくとも声が漏れているらしい。
 ゾンビたちの双眸が、白竜を捉えた。
 生唾を飲み込む。
 一秒が一分に引き伸ばされる錯覚。
「あ……あ……」
「うぅ……ぐ……」
 眼前にいるのが獲物ではなく、同胞と認識したのか。
 ゾンビたちは不意に白竜から興味を失うと、通路の先へと進行を再開した。
 ゾンビたちの足音が遠ざかり、ようやく白竜は息をつく。
『行った、か』
『変貌剤の効果は確かみたいだね』
 テレパシーで呼びかけると、パートナーの世 羅儀(せい・らぎ)が気配を現した。
 羅儀は変貌剤を使用せず、ブラックコートで気配を消して白竜のフォローを担当している。
『次が来る前に急ごう』
 羅儀に促され、白竜は背後の扉を振り返った。
 金属製の扉には『警備室』と掲げられている。
 羅儀が手早くピッキングで解錠。すかさず白竜がサイコキネシスで音を立てないように扉を引き開けた。
「よし、電源は生きてる」
 入室し扉を閉めると、羅儀は室内灯のスイッチを入れて頷いた。
 ここへ来る前、二人は先に電源室に立ち寄り、一部の警備システムの電源だけ回復させた。電源室での処置は無事に成功しているようなので、目当てのシステムも作動しているはずだ。
 変貌剤の影響で細かい作業が難しい白竜に代わり、羅儀が壁際のコンソール前に立ち、手早く操作する。
 壁一面に据えられたモニターが光を灯し、細かく分けられた画面上に、工場各所のリアルタイム映像が映し出された。夜間の警備用なので、監視カメラは暗視装置つきだ。モノクロだが鮮明な画像で表示されている。
「いない……?」
 モニターに素早く目を走らせた白竜は、訝しげに呟く。
 件のテロリストの位置を把握するには、工場内の監視カメラを使うのが手早いだろうと判断しての行動だった。が、映像を信じるなら、どこにもその姿はない。
 軍事施設を兼ねる以上、警備システムはそれなりに厳重だ。とはいえカメラにまったく死角がないわけでもないだろう。テロリストはその死角に潜んでいる可能性もある。
 あるいは――、
「とにかく、小暮少尉に連絡を」
 羅儀の声で我に返る。
 白竜はひとまず思索を打ち切り、通信機へと手を伸ばした。