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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■4−2

 リビングルームでパーティーがたけなわとなっているその一方で、エントランスホールにつながるアール階段の上では、この家の令嬢と思われるかわいらしい緑の髪の少女が声を荒げて家令を呼んでいた。

「ハル、ハル! どこなの!?」
「はい、ただいままいります、お嬢さま」

 使用人用の扉から現れた黒い執事服の男がぱたぱたと階段を上がって、娘の前で頭を下げる。
 その胸に、ぱしっと白い手袋が投げつけられた。

「何よこれは! 用意しておいてと言っていた物と全然違うじゃないの! 私はパールのついた長手袋と言ったでしょう! まさかこんな物をつけて私にお客さまの前へ出ろと言うんじゃないでしょうね!?」
「……は。申し訳ありません」
「さっさとあの長手袋を持っていらっしゃい!!」

 激高したまま、背を向けて部屋へ戻ろうとする娘に、ハルは歯切れの悪い口調ながらも告げる。
「それが……あの手袋は、すでに処分済みでございまして…」
「なんですって!?」
「以前……お召しになられましたとき、指先にしみがついてしまったと……それで、もういらないと、お嬢さまが…」
「まあ!! 私が悪いと言いたいの? あなた!」
「い、いえ!! とんでもございません!」
「いいからあの長手袋を今すぐ持ってきなさい! でないと私、パーティーになんか出ませんからね!」

 そのとき。

「まぁ。やけに騒がしいと思ったら、あなただったの。お声が外まで聞こえていたわ。はしたなくてよ」

 玄関の扉が開いて、若い男女が入ってきた。
 さっとコートを脱いで雪を払った青い髪の青年が金髪の女性の着ていた毛皮のコートを後ろから脱がせ、自分の物と一緒に扉を開けた召使いに預ける。

「お姉さま! お兄さま!」
 娘の表情がパッと明るくなった。階段を駆け下り、2人に飛びつく。

「お帰りなさい! 楽しかった?」
「慈善事業を楽しむのは不謹慎よ。でも、ええ、よかったわ。とても喜んでいただけたから」
 2人は毎年恒例の年末のほどこしとして、自分たち家族の物を教会へ寄付に行っていたのだ。

「それで、どうしたんだ? 何をそんなにふくれていた」
 青年の手が紅潮したほおに触れる。
 なだめるようにこすられて、妹はぷく、とかわいらしくほほをふくらませると、ぎゅっと兄に抱きついた。

「だって、ハルがひどいんですもの! 私の大切な長手袋を捨ててしまったんですって」
 甘えるように胸にほおをこすりつける。
 外から戻ったばかりの兄の体はまだ冷たく、少し濡れていたが、その下からじわじわとぬくもりが伝わってくる気がした。

「あら」
 と、姉が階段の下で控えているハルを見る。
「ち、違います。あの手袋は――」
「たしか、おまえが処分していいと言ったんだろう? ハルのせいにしては駄目だ」
「……だってぇ〜。あの長手袋でないと、このシャンパンカラーのドレスには合わないんですもの。あんな手袋では恥ずかしくて、お客さまの前に立てないわ」
 大好きな兄に軽くたしなめられ、ふくれる妹を見て、姉がくすくすと笑う。
「ならわたくしの手袋を貸してあげましょう」
「えっ! お姉さま、本当!?」
「引出しに入ってありますから、どれでも好きな物をお使いなさい。気に入った物があればあなたの物にしてもよくてよ」
「いや、それよりこれをつけなさい」
 コツン、と取り出した箱で額をたたく。
「お兄さま……これってもしかして…?」
「かわいい妹に年末のほどこしだ。きっとそのドレスにもよく似合う」

 きれいな赤いリボンで包装された薄型の箱を見て、妹は目を輝かせた。「さっそくつけてくるわね!」と階段を駆け上がる。そのまま部屋へ向かおうとして、思い出したように振り返った。
「お兄さま、大好き!!」

 ぱたぱたぱたと遠ざかる足音に、姉が口元をほころばせ、意味ありげな眼差しで隣の兄を見上げる。
「まったく、あなたったらあの子に甘いんだから…。一体いつからあんな物、用意してあったの?」
「…………いや、まぁ…」
 くすくす、くすくす。

 美しい絵画のようなきょうだいのやりとりを少し離れた所から見ていたハルは、少しさびしげな表情でそっとため息をついた。




「……うーん。映画を見てるみたいだな」
 見るともなし、半開きになったドアの隙間からエントランスホールのやりとりを見ていたルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)は、鳥の足にかぶりつきながら感想を漏らす。

「まさに19世紀の上流階級! ってカンジかな。さすがあいつら。ここの料理や屋敷と一緒で、時代設定しっかりしてるよ。
 なのにこっちときたら」

 ちら、と壁を振り返る。そこには、壁に沿って設置されたイスにぽつんと座った月谷 要(つきたに・かなめ)が、ぼんやりと膝に乗った取り皿の料理をつついていた。
 文字どおりフォークでつんつん突っつくだけで、一向に口へ運ぼうとしない。

「おいおい、葬式かよ、ありゃ」
 要のいる空間だけ妙に暗いのを見て、はーっと息を吐く。
 皿の中、ただ細切れにするだけの要の姿を見かねて、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が横についた。

「要」
「――ん?」


 横から何か、弾力のある物が唇に触れて、離れた。


「今のは、事故じゃないからね」
 ほんのり顔を赤くした悠美香が、どこか怒ったような顔をして睨んで離れていく。
「って、今の……」

 唇に触れていったのが何かを自覚した瞬間、要の顔が一瞬で沸騰した。

「ちょ……え…っ? えええええっ?……」


「いや、ここでしたってどうせあっちへ帰りゃまた忘れてるんだろ」
 3つめのノーカンができただけじゃん。


  ――まったくですね、ルーさん。