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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■3−1

「どうだった? なかなか良かったでしょ?」

 得意満面、戻ってきたラブを見て鈿女はトントンと靴先で床を踏む。

「駄目よ。売れ残ってるじゃない」
「えー? 完売は無理だよー。あんなにいっぱいいるんだもん。それに、もう街の人たちほとんど家に帰ってて、あんまりいなかったじゃん」
 鈿女ってば厳しすぎるよ、とぼやくラブの頭をコアがぽんぽんとたたく。
「ああ、ラブはすごかった。上出来だ」

「……まぁいいわ。ほとんどは売れたようだから」

 くるっと2人に背を向け、鈿女は暗闇に向かって語り始める。
 まだ何もつむがれていない、未来の闇を前に。


「楽しかった時間はまたたく間に過ぎて、気付けば少女はまた1人に戻っていました。
 太陽は完全に沈んで、あたりはもう真っ暗。大通りを歩く人は絶え、あんなに灯っていたお店のあかりも1つ消え、2つ消え……とうとう少女の前で、最後のあかりまでもが消えました。
 静まり返った、さびしい大通り。聞こえるはずのない雪の降る音までが聞こえてきそうです。

 雪は朝から途切れることなく。しんしんと街中に降っていました」





 すっかり日の落ちた真っ暗な大通りで、セラは立ち尽くしていた。
「どうしよう…」
 昨日戻ったとき、父親は最近の売れ行きの悪さから癇癪を起こし、明日はすべて売り切れるまで戻ってくるなと言って少女を突き飛ばした。
 かごの中のマッチ箱はほとんどなくなっていたけれど、まだ2つ3つ残っている。全部売れたとうそをつくには銅貨が足りない。
 また、信心深い母も祖母も何度も言っていた。

『決して嘘をついてはいけませんよ。嘘を1つつくたびに、あなたのポケットには見えない石が1つ投げ入れられるの。石が重すぎると、天からお迎えがきても、あなたは天使たちと一緒に飛べなくなってしまうわよ』

「飛べなかったらどうなるの? お母さん」
「ずーっと地上にいなくてはならなくなるわ。天の門をくぐって、神様の所へ行けなくなるのよ」
「じゃああたし、そっちの方がいい! お母さんとずっと一緒にいられるんだもの!」
「まぁ…」

 くすくすと笑う母の楽しげな声が、今も聞こえる気がした。
「……会いたいわ、お母さん…」
 吐く息で温めていた指を、ぎゅっと握りしめたとき。



「もう! 刀真ったら、肝心のマッチを持ってくるのを忘れるなんて!」

 憤慨している女性の声が聞こえて、少女はそちらの方を向いた。
 街路の上に、何か変な木製の小さなお店ができている。
 リヤカーみたいな輪がついていて、その上に小さな四角の台と屋根。
 屋根からはしずくみたいな形の丸っこいものが下がっていて、それがぴかぴかと黄色い光を放っていた。
 光に照らされて、うずくまった白服の男性と、腰に手をあてて怒っている女性の姿がある。

 先ほどの声は、この女性が発したものらしい。

「ああっ! 火打石もないわ! これでどうやって火をおこしたらいいのよ! 火がなかったら麺を茹でることも、汁を温めることもできないじゃない!!」
「――しっ。もういい、月夜。セラが気づいた」

 芝居をしている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に指示を出し、樹月 刀真(きづき・とうま)は通りを渡って近づいてくる少女に向けて立ち上がる。

「やあ、お嬢ちゃん。こんな遅くにどうした? 子どもはもうおうちにいる時刻だろう?」
「あの……マッチが、ないって……聞こえて…」

 欲しいと言われたわけでもないのにこんなことをするなんて、図々しいだろうか? ためらいがちに少女は両手でおずおずとマッチ箱を差し出す。
 それを見て、月夜が声を張り上げた。

「ああっ! マッチ! そうよ、これが必要だったのよ!」

 よく聞けば、棒読みではないにしろ、かなりわざとらしい芝居である。

「月夜、もういいから」
 こそっと刀真がささやいた。
「あ、あら……そう…」
 こほ。少々きまりの悪さから、空咳をする。
 少女がかごをがさごそして、マッチ箱を差し出した。
「困ってるなら……どうぞ使ってください。売れ残りで、悪いんですけど」
「駄目よ。あなた、マッチ売りなんでしょ? お代はちゃんといただかなくちゃ。はい」
 マッチ箱をひょいとつまみ上げ、あいた手に銅貨を乗せる。
「ありがとう。助かったわ」
 そう言って、月夜は屋台で火をおこした。

 1個、売れた。
 少女は銅銭を握り締め、大切そうに売り上げを入れたポケットにしまった。
 そしてあらためて刀真を見る。

「あの、これは何ですか?」
「ん? ああ、屋台だよ。うちはソバ屋なんだ。ほら、年越しにはソバだろ?」
 刀真は「蕎麦」と書かれたのれんを取り出して屋台にかけ、文字を指すが、残念ながら少女には読めなかった。
「ソバ…?」
「お嬢ちゃんは知らないか。東洋の風習でね、ほら、この麺を茹でるんだ。長いだろう? この麺のように、来年も細く長く達者で暮らせますようにって、年の最後の日に食べる縁起物なんだよ」
 少女には全然聞き覚えのない風習、名前だった。『東洋』がどこかも分からない。別の国だということは分かるけど。
 でも「ソバ」というの名前には聞き覚えがある気がした。

『あとで年越しソバでも食べるといい』

 そういえば、あの先生がくれた銅貨が…。

「ん? どうした?」
「あの、これっ」
 少女は急いで別のポケットに入れていた銅貨を差し出した。
「これで、そのおソバっていうの、食べられますかっ?」
「あ、ああ」
 勢いに押され、刀真は少し後ろに下がる。
「だけどお嬢ちゃんには助けてもらったから、お礼に食べさせてあげても――」
「駄目です。ちゃんとお代はお支払いします! お金、あるんです!」

 嘘をついたら天国のお母さんの所へ行けない――

 少女の真剣な表情と、ぷるぷる震える小さなもみじのような手に、ふっと笑顔が浮かぶ。
「はいお客さん1号、毎度あり!
 じゃあそこのイスにでも腰かけて、もう少し待ってて。今用意――」


「おう、年越しソバの屋台がこんな所に!」

 景気よくパッとのれんがめくられて、女性がひょこっと中を覗き込んできた。高く結われた印象的な赤髪、革のジャンパー。シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。

「へい、まいど!」
「やーっぱ、年末に食うならソバだよなぁ、おやぢ
 ニッコリ笑うシリウスに、刀真の笑顔が引きつる。


「ええ? デンマークにソバ屋台? マジ?」


 遅れてサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)がのれんをくぐった。
 半信半疑、うさんくさそうに屋台をぐるっと見渡す。

「まあまあ、いいじゃん。細かいこと言いっこなしだぜ。ソバ食おう、ソバ!」
 シリウスが少女の隣に膝を乗り上げた。
「おやぢ、ソバ2杯くれよ。大至急な!」
「それがあいにく、今用意を始めたばかりでね。ちょっと待ってもらわなくちゃなりません」
「えーっ? マジかよ?」

「刀真、お湯が沸いたわ」
 ぽそっと月夜がつぶやく。
 それに重ねて、屋台の台に背中をもたせかけたザビクが言った。


「どうでもいいけど、ソバってタイトルの『マッチ売り』に全然かかってないよね」


「……どうでもいいなら、いいじゃない」
 ムッときた月夜とザビクの間でちょっとしたにらみ合いが勃発する。

「そうだ! 思いついた! ここでただ待ってるだけってーのも寒いしな、できるまで鍋でもしよーぜ!」
 2人を横目に冷や汗をかきつつ、全く気付いていないフリでシリウスがピコーンと提案した。


「鍋ってタイトルの『マッチ売り』に全然かかってないわよね。どうでもいいけど」


 ぐらぐらお湯の沸いたスチール鍋に麺を入れながら月夜がぽつり言う。
 再び険悪な空気がサビクとの間に流れ――

「つ、月夜、おまえは調理しなくていいから。向こうで丼の熱湯消毒でもしててくれ」
 刀真があわててさいばしとお玉を奪い取った。
 月夜の料理の腕前を知る彼としては、これはあながちでもない。
「でも私……おソバ作りたい…」
「あとで。あとで作らせてやるからっ」
 おまえが自分で食べる分を!
「分かったわ…」
 月夜はしぶしぶ刀真と場を交代した。


「さて。そうと決まればさっそく作るか。まだ夜中まで時間あるしな。――っと、おいチビっ子。おまえ、何か夕飯食べたか?」
 シリウスに初めて話しかけられて、少女はびっくりした顔のままふるふると首を振る。
「そうか。じゃあ一緒に鍋食おう」
「おい。その子は俺のソバを待ってるんだが」
「大丈夫大丈夫! 年越しのソバは別腹だからっ!」
 ニカッと笑って、シリウスはイスからぴょんっと飛び出した。

「うーし! じゃあいっちょ作りますか!」


  変身ッ! 魔法少女、シリウスッ!!


 ピカッと強い白光がシリウスの全身から放たれる。
「まぶしい……っ!」
 閉じていた目を開いたとき、少女の前にはふりふりスイーツコスチューム姿のシリウスが立っていた。

「うわぁ、おねえちゃん、きれい! お姫さまみたい!」
「ははっ! そうだろう、そうだろう!!」
 普段はリリカルな衣装に恥ずかしさを感じてしまうシリウスだったが、少女からの素直な称賛を浴びてちょっと得意げに胸を張る。

「見た目、かなり寒そうだけどね」
「ほっとけ! っていうか、おまえもここ来て手伝え!」
「はいはい。
 でもさ、こんな道の真ん中で鍋囲むの?」
「あ」

 サビクのもっともなツッコミに、シリウスはマジカル調理器具を出そうとした手を止めた。
 鍋・食材・火力があれば鍋は作れるが、たしかに何の衝立もない雪降る大通りで鍋をつつくのは遠慮したい。

「む〜〜〜〜う」
 何かいいものはないか、流した視界に入ったものは。

 雪でできた巨大な――とまではいかないものの、かなり大きめのかまくらだった。
 入口は反対側にあるためシリウスたちには見えないが、実は中ではアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)と一緒にこたつに入ってみかんを囲っていたりする。

「ちょうどいいじゃん! あれに入れてもらおーぜ!」

 少女の手を引き、ダッシュで道を渡ろうとするシリウス。
 次の瞬間、ぼすんっと何かやわらかいものに前半分がめり込んだ。

「あらやだ」
「す、すまん。前方不注意だった」

 離れて見て、あらためて自分がぶつかった相手を見て、シリウスはあっけにとられる。
 それは、微笑した白猫の着ぐるみだった。