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リアクション
■ ヒイロドリの住まう山へ ■
誰かと顔を合わせるたび、「寒いね」という挨拶が自然と口をついて出る。もこもこと着込んでも、ひゅうと風が吹き付ければその冷たさに思わず身がきゅっと縮こまるそんな季節。
「今日は特に寒いよね。早くお山に入りたいなー」
明夏 灯世子(めいか・ひよこ)は山に着くのが待ちきれないように、何度もそう口にした。
話しかけられているアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)の方はといえば、ヒイロドリの尾羽のことに頭がいっているので、灯世子が何を言っても、うん、と気のない返事をするばかりだ。
「アゾートのおねえちゃんは、おひさしぶりなのー」
柚木 郁(ゆのき・いく)に後ろからぎゅむっとしがみつかれ、アゾートは物思いから現実に引き戻されて振り返った。
「いく、おてつだいがんばるのっ、だからアゾートのおねえちゃんもがんばろうねっ」
「うん、よろしくね」
郁の邪気のない笑顔に、アゾートもつられて表情を緩めた。
「アゾート……」
柚木 瀬伊(ゆのき・せい)はその名を呟く。
「聖なる婚姻……対立し合うモノの統合、新たな物質の誕生。『AZOTH』……始まりと終わりの統合。なるほど、君はまさしく、錬金術の為の……賢者の石の為に運命づけられた子ということか。ふむ、興味深いな」
「ボクの名前のこと?」
アゾート。それは賢者の石という意味の名だ。
「ボクはこの名前をつけてくれた両親に感謝してるよ。その名を持つことを誇りに思うし、名前の通りに賢者の石を創り出したいと心から願ってる」
「賢者の石……好奇心が刺激されるね。もし完成したら、ぜひ見せて欲しいな」
郁の頭を撫でてやりながら柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)が言うと、アゾートはそうだねと答えた。
「状況が許すようなら、ボクも手伝ってくれた人に見てもらいたいな」
「ふふ……完成がとても楽しみだよ」
賢者の石が自分たちが目的としているエネルギーに関係するものとなるのかどうかは不明だけれど、楽しそうなのは間違いない、と貴瀬は笑った。
瀬伊も賢者の石は新エネルギーになりかねるものではないかと予想している。もしエネルギーそのものではないとしても、何らかの力を生み出すものであるのは間違いないだろう。
「賢者の石は俺にとっても興味深い逸材。その完成に手を貸すのは道理だが……その代わりと言っては何だが、完成したときは色々とデータを取らせてもらえると嬉しい」
「多分、研究したい人は多いんだろうね。どうなるのかはやっぱり状況次第かな……」
多くの錬金術師が目指し、未だ到達していない高みにある賢者の石。こういうものだろうと予測はされていても、どんなものが出来上がるのかははっきりしていない。その為、完成後のことを問われてもアゾートにも確とした返事は出来ないようだった。
「賢者の石の材料収集は全体の何割程度済んでいるんだ?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に尋ねられ、
「何割と言われても……これとこれを揃えれば完成だと分かっているものじゃないからね。それに、賢者の石そのものに必要な材料だけじゃなくて、その前に作っておくべきものもだってあるし」
何割と言うのは難しい、とアゾートは答えた。
「一筋縄じゃいかないものだと覚悟はしてるけど、賢者の石を創るって大変なことなんだね」
自分も賢者の石を創ろうと試行錯誤している最中のカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がしみじみ言うと、それも当然とアゾートは頷く。
「長い長い時間、錬金術師が生涯を掛けて追い求めてきた目標だからね。簡単には出来ないものだと思うよ。けど、そうして積み上げてきたものがあるから、また次の人がその上に研究を重ねてゆける。今この時だって、多くの錬金術師がそれぞれの方法と理論で賢者の石を創ろうとしてる」
錬金術師の悲願である『賢者の石』。出来れば自分の手で、完成させたい。
その為にもヒイロドリの尾羽を手に入れたいというアゾートに、
「これがその手助けになるといいんですけどね」
と志位 大地(しい・だいち)がレポートを渡した。
「ヒイロドリについて、調べられたことをまとめておきました。といっても、ヒイロドリの生態等の詳しいことはほとんど分かっていないようですね」
滅多に人の目に触れることが無いから、文献にあったのもヒイロドリについての伝説が主だ。大地は幾つもの文献をあたってみたのだが、ヒイロドリが普段何を食べているのかが書かれたものは見つけられなかった。
「食事を採っている姿を目撃された事例はありませんでした。生き物の少ない岩場のような場所をねぐらに選びますが、ねぐらにいることよりも、自分がいる場所周辺を巡回していることが多いようですね」
アゾートがレポートに目を通すのにあわせ、大地は他の皆にも簡単にヒイロドリについて、分かったことを説明してゆく。
「冬になっても寒くならない異常気象がみられ、その地域の探索によってヒイロドリは発見されています。そして、冬が終わって春になる頃にはヒイロドリの姿は見られなくなります。これまでに一度だけ、春先にヒイロドリが燃え尽きる現象が目撃されているので、冬を過ぎると燃えてしまうのではないかという仮説が立てられているのですが、それが正しいのかどうか確認はされていません」
「えっ、ヒイロドリは自分は燃えない仕組みになってるんじゃないの?」
大地の説明を聞いていたカレンが、驚いたように目を見開く。
「文献によると、ひときわ大きな炎が上がって、それが収まった後には何も残らなかったそうですよ。それがヒイロドリの纏っていた炎によるものなのか、他の要因なのかは不明です」
「ということは……ヒイロドリは一冬しか生きられないということなのでしょうか?」
ルイ・フリード(るい・ふりーど)は珍しい鳥が見られるかも知れない、上手く行けば触れ合うことも出来るかも知れない、との望みをもってこのピクニックに参加を決めたのだから、暖かな山より尾羽より、ヒイロドリのことが気に掛かる。
「それはどうでしょう。燃え尽きた事例が特殊な状況だった可能性もありますし、春になると姿が見られなくなるからといって、そのすべてが燃え尽きているものかどうかも分かりません」
これまで観察された数少ないデータからでは、ヒイロドリがどう生まれ、どう生きているのかさえ、推測することが出来ないのだと大地は答える。
未だ謎多き伝説の存在、それがヒイロドリだ。
「燃え尽きる可能性があるのだとしたら、尾羽を手に入れたら早めに火の力を他の何かに吸着させておいた方が良さそうだね。いざ使おうとした時に、尾羽が燃え尽きて無くなってる、なんてことにならないように」
アゾートはレポートを読みつつ、あれこれと考えている。こちらはヒイロドリ自身よりも、やはり尾羽のことが気になっているようだ。
「その方が安全でしょうね。それと、ヒイロドリの巡回ルートは一定だそうですから、接触しようと思うならまずそのルートを探すのが良さそうです」
ヒイロドリはゆっくりと空を飛び、時には地上に降りたりもしながら、自分の住まう山を巡る。
一箇所に長く留まることは無く、巣としている岩場でも短い休息を取るのみで、またすぐに山の巡回に出掛けてゆく。
その習性を利用すれば、ヒイロドリを見つけられる可能性が高いと助言してから、大地は小さなお守り袋をアゾートに手渡した。
「無事に賢者の石の材料が集まるようにと、ヒイロドリについて調べる合間に作ったお守りです。よかったらどうぞ」
お守り袋の中にはエリクシル原石を入れてある。
「ありがとう」
「私からはこれを」
シーラ・カンス(しーら・かんす)が渡したのはお菓子の包みだった。
「山登りの休憩中にでもどうぞ〜」
「これ、もしかして手作り?」
包みの中身は、クッキーやフィナンシェ、マカロンといったそこそこ日持ちのする焼き菓子だ。
「ええ。調べものをしていたら、すぐ近くの席に可愛い女の子の二人連れがいたんですよ。それがもう、仲良くて顔を寄せ合って1冊の本を読んでいたり……きゃ〜、どうしましょう〜」
同性が仲良くしている光景はシーラの脳内で補正をかけられ濃縮され、芸術的なお菓子を生み出す原動力になるのだ。
「えっとそれがお菓子と……」
何の関係が、と聞こうにもシーラは思い出し妄想にどっぷりと浸ってしまっている。アゾートは聞くのを諦めると、包みから1つマカロンを取って口に入れた。
冬枯れた野を進んでゆくと、前方にヒイロドリが住んでいるのではないかと言われている山が見えてくる。
どこか寂しげな色彩に支配された景色の中に、瑞々しい緑に覆われた山がぽっかりとあるさまは、冬の写真にそこだけ春の風景を切り抜いて貼り付けたようだ。
ナイン・ルーラー(ないん・るーらー)が冬にぽつんと浮かぶ春の山に、面白がっているような目を向ける。
「違和感ありまくりの風景だね」
「本当にこの山だけ春みたいになっちゃってるのね。山の上がまだ冬で麓の方が春みたいな風景っていうのは春先には良くあるけれど、山だけが春だなんてなかなか撮れなさそうだわ」
アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)は周囲の風景と山との対比を、何枚もカメラに収めた。
「やっぱりパラミタは珍しいものが色々見られて面白いわ」
「確かに、パラミタには興味を惹かれるものが多いよね。他にこの大陸にどんなものが隠されているのかと思うと胸が躍るよ」
様々なものを撮りたいアルメリアにとっても、冒険や探索を好むナインにとっても、未知なる部分を多く残しているパラミタは興味の宝庫だ。
地球には無いものがここにはある。
パラミタはまだまだ未知の可能性を秘めた、魅力ある大陸なのだから。
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