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第四章 『Deter(抑止する)者は居ない』


 午後に入り、またもや体育館施設。
 でも、ここは機材があるわけではなく、広い空間になっていて、壁一面が鏡張りになっている。
「鏡が一杯だね」
「これがダンススタジオってやつね」
「本当に色々あるな」
 流石はヴァイシャリー家。大会だけでもこの規模。祝賀会はどれだけ盛大なのか。
「ようこそ、『カラオケ・ライブ・ダイエット』へ!」
 待ち構えていた五人。
 まず躍り出たのは想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)
「ここにいるコーチ陣は音楽に合わせて歌ったり、踊ったりしてダイエットしようって集まりなんだよ」
「あっちに映し出される映像を真似して踊ってもらうの」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)の指した先には、ラズィーヤに頼んだ大型モニターがあつらえられている。
「カラオケで大きな声を出して歌うことも、手軽に効果的なダイエットなんです!」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)も同調する。
「リズム良く体を動かすのは楽しいし、汗もいっぱいかくよね!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が元気にステップを踏む。
「美羽さん、少し落ち着いて」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が美羽をたしなめる。
「にはは、ごめんごめん」
 内容はまさにライブの練習、そして実演。
「どうかな?」
 年相応に幼さの残る夢悠。小首を傾げ、返答を待つ。
「面白そうだね」
「やってもいいですわ」
「もちろんだ」
「それじゃ、始めよう!」
 三人の賛同を得られた『カラオケ・ライブ・ダイエット』は歌唱から始まる。

「静香せんせー、歌いましょ!」
 静香の下へ駆け寄りハグするヴァーナー。スキンシップが大好きな美少女。
「でも、どうやって歌ったらいいのか……」
「大丈夫です! ボクが歌姫スキルを活用して盛り上げますから!」
 任せてと胸を張る。こう見えても一端の歌姫。【震える魂】が作用した。
「それじゃ歌ってみるよ!」
「その意気です!」
 曲は百合園女学院の校歌。静香は校長をしているし、二人にとって馴染み深い曲だ。
 歌声が室内に響く。
「わぁ、静香せんせースゴイです!」
 両手を取り上下に振ると、照れ笑いを滲ませる静香。
「そ、そうかな?」
「そうですよ! この調子でたくさん声を出しましょう!」
「うん!」
「でも、喉がかれないように注意してくださいね。のど飴を用意してありますから」
「わかったよ!」
 スキル【激励】での応援は静香のやる気を格段に奮い立たせる。

「雅羅さん、オレたちも始めようか」
「私たちの曲はどうするの?」
「ちゃんと用意してあるよ」
 夢悠が言うと、瑠兎子が音楽を流し始める。
「これって?」
「アイドルグループの曲だよ。やるのはライブだからね。これならオレと瑠兎姉(るうねぇ)も一緒にできるだろ?」
 音楽と共に、大型モニターにはダンスが映されていた。
「へぇ、結構な運動になるわね」
 時に激しく、きらびやかに。画面のアイドルは終始笑顔で歌って、踊っている。
「だからダイエットにいいんだよ」
「でも、あんな風には中々できないわ……」
「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。学園祭のノリで楽しみながらやろう」
「笑顔も忘れちゃいけませんよ? 笑う表情を作るだけでもストレスが減少するんです。痩せて綺麗になった自分をイメージしながら笑って笑って」
 瑠兎子のアドバイスで笑顔を作る雅羅。
「ん? どうしたの?」
「え!? 何でもないよ!?」
 純情な夢悠。理想の姉と慕い、異性としても意識している雅羅の笑顔を見てあたふたしだす。そんな義弟に助け舟を出す瑠兎子。
「ほら、先に進めなきゃ」
 周りに気付かれないよう投げられたウィンク。義姉の気遣いに感謝し、
「そ、そうだね。まずは腹式呼吸からだよ」
「わかったわ」
 お腹を両手で押さえ、腹式呼吸の練習。そのたびに上下する大きな胸。
「あ、そうだ。雅羅ちゃんは他の二人と違って胸が大きいから肩が凝って大変でしょ? 運動の後に揉んであげるね」
 瑠兎子にはもう、雅羅の胸しか見えていない。
「瑠兎姉……」
 煩悩に忠実な義姉をどうしたものか、頭を抱えだす夢悠だった。

「さあ、私たちもレッツダンシン!」
 美羽のツインテールがピコピコ跳ねる。
「方法は?」
「にひひ、秘密兵器があるんだもん!」
 取り出したのはゲーム機。
「これでダンスゲームをするんだよ!」
「そんなもので大丈夫なのか?」
「試してみれば分かるよ」
 スイッチオン。十字の矢印が迫ってくる。
「ほらほらアリリン、がんばがんば!」
「これ、予想、以上に、難しいぞ!」
「だからいいんだよね! 楽しくて、ダイエットにはもってこいでしょ?」
「確かに、これは、いい、運動、だ!」
「曲も覚えられて一石二鳥! これでライブもバッチリ!」
 イェーイと親指を上げる姿がはつらつとしていて可愛らしい。
「私もアリリンと一緒に踊ろっと!」
 ミニスカートを翻し、元気一杯に踊る美羽。一気にゲームの難易度が上がる。
「ちょ、これ、無理、だぜ!?」
 すぐにゲームオーバーになってしまった。
「すいません! 美羽さんがご迷惑をおかけしてしまって……」
 深呼吸を繰り返すアリサにベアトリーチェがフォローを入れる。
「いや、大丈夫だ。少し休んだらもう一度挑戦してやる」
「諦めなければちゃんとクリアできるようになるもんね。ハイスコア目指そ!」
「ああ、そのつもりだ」
「もう、美羽さんは……」
 口ではそう言うものの、優しく見つめるベアトリーチェ。
「無理はしないでくださいね」

【桜井 静香 −5キログラム】
【雅羅・サンダース三世 −3キログラム】
【アリサ・ダリン −3キログラム】

 それからしばらくして、練習を終えた三人に夢悠が告げる。
「そろそろ総仕上げだね。一曲、ライブをしよっか」
「ふははははははは」
 いきなりの笑い声。突如『カラオケ・ライブ・ダイエット』に参戦の変熊 仮面(へんくま・かめん)
「俺様は『あくなき美の探求者』! 美の請負人! あなた方を美しい体にしてあげてもよくってよ!」
 これまた濃い人物が現れた。
「人は見られること、視線を意識することで美しくなるのです。よく考えてみろ。どうしてエアロビスクールが鏡張りやガラス張りの所が多いのかを!」
 言われたとおり、ここのダンススタジオも鏡張り。それは見られることを意識し、動きを確認するためである。
「と言うわけで、このようなステージを用意した。ここでライブをしてもらう!」
 そこには、強化ガラスで出来たステージ。壇上になっているのはともかく、なぜクリア素材なのか。完全にベクトルが逸脱している。
「さぁ、恥ずかしがっていちゃ美しくなりませんよ!」
 そしてなぜか、ステージの中へ潜り込む変態仮面。
「どうする?」
 なんとなく結末が読めてしまった雅羅。
「スカートで下着が見られる訳でもないし、別にいいだろ」
 アリサはつかつかと壇上に上る。
「ボクが割って入ってお引取り頂いてもいいんですよ?」
 ヴァーナーが申し出るが、静香はゆっくりと首を振り。
「今までの練習は無駄にしたくないし、僕もやってみるよ」
「桜井せんせー……」
 瞳を潤ませるヴァーナー。
「まったく、どうなっても知らないわよ」
 三人揃ってステージの上。
「さあ、音楽スタートだ!」
「何でキミが仕切ってるだよ……」
 渋々と曲を流す夢悠。
 流れ出す音楽。ステップ、ターン、歌唱。モニターのアイドルにも負けず劣らずの三人。
「お肉が開いたり閉じたり揺れたり弾んだり。まさに絶景!」
 そして、雅羅の予感は的中する。
 バキッっという鈍い音。
「ぐふっ!?」
 あろうことか強化ガラスの一枚が外れ、変態仮面の上に落下。その上に乗っていたのは――
「重い! 重い! すっごく重い! 究極に重い! 潰れるー!」
「さっきから、重い重いと失礼だぜ!」
 アリサだった。
 強化ガラスの上で更にステップを踏む。
「ぐわ、あ、ああ!! 段々気持ちよく、げほっ!?」
「さっきから私より目立つなんて、許さないんだからね!」
 美羽の蹴りが炸裂。
「ちょ、ま、まって! 痛い! 重い! でも、気持ちい、痛い! 重い! でも……」
 アリサと美羽のフルボッコが始まった。
「美羽さんはテコンドーやカポエラをやってますから、相当痛いはずです」
 光の関係か、曇っているのか、ベアトリーチェの眼鏡の先が見えない。
「あっ、もう、このままだと……」
 攻撃の手を緩めない二人。
 変態仮面の絶叫が室内を支配した。

【アリサ・ダリン −5キログラム】