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招かれざる客、解き放たれたモンスター

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招かれざる客、解き放たれたモンスター
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リアクション


迷宮と呼ばれる所以

「待ってください!」
 管理センターでミノタウロスや機晶ロボの様子を伺っていた生徒たちに向かってクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が声を張り上げた。
(ふふふ、皆の注目が集まっています。さすが俺! さすがお茶の間のヒーロー!)
 くつくつと含み笑いをしつつ、クロセルは全員の顔を見渡しながら決め台詞をかます。
「俺は犯人が分かってしまいました!」
 その言葉に場は急に騒然となった。
 当然だ。そもそもスタッフらが知恵を出し合ってもミノタウロスの脱走原因は定かではなかったというのに、クロセルという男はろくに実況検分もせずに犯人を突き止めたと豪語したのである。驚くなという方が無茶な話だ。
「犯人は我々依頼を聞き及んでやってきた生徒の中にいます! 犯人は現場に戻ってくる、これは鉄則中の鉄則です!」
「はい? 君は冗談を言うためにここへ来たのですか?」
「な、なんですと?!」
 クロセルの素っ頓狂な発言に叶 白竜(よう・ぱいろん)は怪訝そうな顔をする。
「動機は知りませんが、わざわざ自分の命に危険が及ぶほどのリスクを犯すでしょうか。私はそんな馬鹿な行動に出る人間はいないと思っています」
 実直な意見に、クロセルはわざとらしくため息をついた。
(まったく……。『お決まり』を楽しむ余裕がないのですね。困ったものです)
 クロセルのため息に白竜は面白くなさそうな表情をしたが、白竜の中で話を聞くだけ聞いてみようという気持ちが生まれたのだろう。特に何も口にすることなく、クロセルの次の言葉を待っていた。
「えー……ゲフンゲフン。つい先日ギリシャへの修学旅行でミノタウロスを鍋にしたところ大変好評いただきまして、どうやらそれに味を占めた輩がいるようです……。ああ、嘆かわしや。ミノタウロスの肉など闇市でも手に入りませんから、どうにかこうにか奪取して食す、もしくは売り飛ばして大金を稼ごうとしているのでしょう。つまり……かの修学旅行に参加した者が犯人なのです、ででん!」
 大演説を終えたクロセルは腕を組み勝ち誇ったように顎を上げ宣言した。
 これが探偵ドラマのワンシーンならばおそらく入れられるであろうSEも自ら演出する。まさしく気分は大人気のテレビ・スターさながらであった。
「青年、ちょっといいか」
 そんなクロセルに対して声をかけたのは世 羅儀(せい・らぎ)だった。
「あまりふざけたことを言わない方がいいぜ。白竜のやつ、ミノタウロスの件で相当頭に来ているみたいだからな」
 クロセルが白竜を見やると、確かにこめかみの血管を浮き立たせ、怒りをかみ殺しているように見えた。
「さ、さて、俺はさっそく真犯人を捕らえに行かなくてはいけません。あとは皆さんにお任せします。では!」
 このままでは自分が不利になると踏んだのか、クロセルは後ずさりながら管理センターのドアを開け、くるりと反転したかと思うとそそくさと走り去ってしまった。
「一体なんだったんだ。嵐のような男だったな」
「そうですね。とりあえず彼の戯言は置いておいて……」
 白竜は同席している管理責任者をじろりと睨みつけた。それまで彼はどこか他人事のように構えていたが、鋭い眼光に身を震わせたじろぐ。
「きちんと専門的な医療従事者の指示で薬を与えていましたか?」
「そ、それは……もちろん」
「本当ですか? では何故ミノタウロスは暴走を? きちんと敬意を持って彼と接していれば、このような事態に陥らなかったのでは?」
「……ええと、その」
 しどろもどろになる責任者に白竜はなおも詰め寄る。
「パラミタの生物は力が強く賢い。ゆえに思いも寄らない危険性を孕んでいるのです。それに彼らは見世物になるために生きているわけではない。安易に金儲けの道具に使うべきではありません」
「…………」
 とてつもない緊張が走る。
 管理責任者だけでなく、その場に居合わせた人々まで体をこわばらせている。
 そんな中、涼しい顔をして羅儀は冷や汗を流しているうら若い女性従業員の元へ歩み寄った。
「なあなあお姉さん。お姉さんはミノタウロスが逃げ出した時間ここにいたのか?」
「は、はい」
 突然声をかけられたことに驚き、びくんと体が跳ねた。
「そんな緊張しなくていいぜ。オレはあのおじさんと違って優しいからな」
「あ、ありがとうございます」
「それで、どうなんだ?」
「いました。私も当直の一人でしたので」
「それなら話が早い。何か気になったことはあったか?」
「気になったことですか……。ちょうど監視カメラを眺めていたのですが、何の前触れもなく気付いたときにはミノタウロスはいませんでした……」
「なるほどねぇ……。お、そうだ」
 何か思いついたのか羅儀はメモ帳を取り出した。
「お姉さんの連絡先聞いていいか? 電話番号だけでもさ」
「え?」
「……白竜、そんな怖い顔するなよ」
 羅儀の視線の先には軽蔑を絵に描いたような表情をしている白竜がいた。
「まったくカタブツめ……。ナンパくらいしたっていいじゃないか。すまん、なんでもない。気にしないでくれ」
「は、はあ……」
 羅儀はペロリと舌を出すと、女性の元を立ち去った。
「何か友好的にミノタウロスを連れ戻すことができればいいのですが……」
 白竜は彼なりに平和的な解決を望んでいるようだった。
 しかし、事態は一刻を争っていた。
 人がすれ違える程度の狭い通路でレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)チムチム・リー(ちむちむ・りー)がミノタウロスと対峙していた。
「やばいよ……。ボクたちだけじゃ勝てるわけないよ」
「まずいアルね……。とりあえず位置情報をみんなに伝えるアルけど……」
 鼻息荒いミノタウロスの強烈な存在感に恐れおののくレキとチムチム。
 果たして2人はどうなってしまうのか。
 時は少しだけ遡る。
「ダンジョンってわくわくするよね」
 レキが掌を強く握りながら目を輝かせる。
「ミノタウロスもいるけど、これだけ広い迷宮だし絶対お宝のひとつやふたつあると思うんだよね! チムチムはどう思う?」
「そうアルね……。チムチムは隠し財宝の地図なんかを希望するアル!」
「いいね! よし、それじゃ早速出発だよ!」
「冒険がチムチムたちを待っているアル。いざダンジョンへ!!」
 レキとチムチムは順調にラビュリントスの探索を行っていた。
 チムチムは光学迷彩を使用し、レキに先行しトラップや機晶ロボに巨体を生かして飛び掛りいなしていく。レキはアトラクション攻略のために用意されたロープを片手に、行動不能になった機晶ロボをロープで縛りつけた。再起動した際に他の生徒を襲撃しないようにするためである。
 しかし彼女らは出会ってしまった。
 秘密の財宝よりも凶悪で、このラビュリントスのメインディッシュに。
「みんなに情報は飛ばしたアル。レキ、チムチムが飛び掛って少しの間押さえつけてみるからその間に動きを止めてほしいアル」
「分かったよ。やれるだけやってみる」
 ミノタウロスも2人を警戒しているのか、なかなか動き出そうとしない。
「今アル!」
 チムチムは俊敏な動きでミノタウロスの足を絡め取る。
 ミノタウロスは嫌がり強引に振りほどこうとするがチムチムは離そうとはしない。
「早く!」
「うん! ヒプノシス!」
「利いたアルか?!」
 ミノタウロスに確かにヒプノシスはかかったようだったが、
「ダメだ、眠ってない!」
 完全に睡眠状態に陥ったわけではなかった。
「でも動きは鈍ってるみたいだよ。今のうちに逃げよう、チムチム」
「そうアルね。来た道を引き返せば入り口に着くはずでアル。そっちに逃げるアル!」
 ミノタウロスはうつろな目で逃げ行く2人を見つめている。
 本能的に追いかけようとしているようだったが、ヒプノシスの効果で足が重い。レキとチムチムはたちまち逃げおおせたようだった。
 無念にさいなまれたのか、ミノタウロスは咆哮をあげた。
 とうとう戦いの火蓋が切って落とされたのである。