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リアクション
「ど、どうする?このままじゃ、俺たちも捕まっちまう」
あたりに木霊のように響く呼子の音に、男が怯えきった様子で周りを伺う。
「せっかくここまで来たんだ!葦原大社は、もう目の前なんだぞ!一気に押し込んで、ご神体を手に入れてしまえばこっちのものだ!」
「いや、しかし――」
葦原大社目指して突き進んでいた暴徒たちだったが、方々で警官隊に阻止され、さらに扇動者がいなくなったことで急速にその数を減らしていた。
残ったのは、ここにいる20人程である。
その暴徒たちの一人――年の頃は15歳程であろうか。
それまで黙って大人たちに付いてきた少年は、不意に立ち上がると、男たちに背を向け、歩き出した。
議論に熱中している男たちは、誰一人として少年に気付かない。
「――往かれるので?」
口元を扇で隠した美男子が、少年に声を掛けた。両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)だ。
「ここまで共に参ったが、アヤツらはもう限界だ。ここから先は、一人で行く」
返って来た声は、少年の物とは思えぬ程に野太い。
「それがよろしいでしょうな。所詮は烏合の衆、という事でしょうか」
「何かわかったのか」
「多少は。まず、あの者たちには『頭(かしら)』と呼ぶべき者がおりません。騒ぎを扇動している者はおりますが、それだけです」
「それは、わしも感じておった。して、黒幕は?」
「今のところは、まだ。五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)たちが扇動者を捕らえたようですので、いずれ分かりましょうが。ただ――」
「ただ?」
「これは、あくまで私の予測に過ぎぬのですが、民衆を巻き込み、徒らに騒ぎを広げるこの手口。恐らくは『あの男』かと」
「由比 景継(ゆい・かげつぐ)か」
「御意」
二人は同時に、常に人を見下した態度で話す、死と狂気に取り憑かれた男の事を、思い出していた。
「まぁ良い。わしは、わしのやる事をやるまでだ」
「ご武運を――」
「柄にもない事を言うな」
「この、得体の知れぬ暴動の影に埋もれてしまわぬ程には、ご活躍頂かないと困ります故」
「任せておけ」
少年は不敵に笑うと、悠々と歩き出した。
家々の間を抜け大通りに出ると、他には目もくれずに、大社へ向かって進む。
大社周辺は、既に厳戒態勢が敷かれている。
大社へ向かって歩く不審な少年を見とがめた警備員が、すぐに駆け寄ってきた。
「おい、貴様!ここから先は現在立入禁止だ」
「……そこをどけ」
「何?」
「死にたくなければ、そこをどけ」
「貴様、何者だ!」
少年とは思えぬドスの効いた声に、身構える警備員。
「我が名は三道 六黒(みどう・むくろ)。葦原島の地祇に、挨拶に参った」
「み……三道六黒!」
「き、気をつけろ!コヤツは――」
仲間たちに危険を伝えようとした男はしかし、最後まで話すことは出来なかった。
《ちぎのたくらみ》で装っていた少年の姿をかなぐり捨てた六黒が、一刀両断に切って捨てたのである。
残った一人が、呼子を吹いた。
甲高い音が、長く尾を引いて響く。
六黒は、その男も切って捨てた。
「であえ、であえーー!」
葦原大社の門前で引き起こされた凶行に、警官や警備員が殺到する。
六黒は血糊のべっとりとついた【梟雄剣ヴァルザドーン】に舌を這わせ、凶悪な笑みを浮かべた。
「ネェちゃん、かけ一つ」
「あいよっ!」
葦原大社のすぐ側でそば屋の屋台を開いている永倉 八重(ながくら・やえ)は、威勢のいい返事を返すと、手際よくそばを湯の中に放り込んだ。
「休憩ですか、お侍さん?」
「あぁ。やっと交代になった所だよ」
客は、大社周辺の警備に付いている葦原の侍である。
「なんでも、城下で暴動が起こってるとかで。物騒ですねぇ」
「大神様を狙ってるというんで、警備を厳重にしたんだがね。どうやら、その心配はなさそうだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、騒ぎを起こしてる奴等は、もうほとんど召し捕ったからね……って、いけねぇ。コイツはまだ部外秘なんだった。オレから聞いたってことは、黙っといてくれよ、ネェちゃん」
「わかってますよ、旦那」
湯の中で踊るそばを見つめながら、愛想のいい返事を返す八重。
すっかり、そば屋の女将が板に付いている。
「ピィーーーー!」
八重がどんぶりにつゆを張り、そばを湯切りしようとしたその時、異変を告げる呼子の音が辺りに響き渡った。
「八重!」
「わかってる!スミマセンけどお侍さん、店番お願いします!」
「え?ちょ、ちょっとネェちゃん!?」
八重はそばの入った湯切りざるを侍に押し付けると、屋台を引いていたブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)に飛び乗った。
《ディテクトエビル》で宿敵の悪意を感じ取っていた八重は、そば屋に扮して貼っていたのである。
「急いで、クロ!」
「任せろ!しっかり掴まってろよ、八重!}
クロはエンジンをふかすと、笛の音の方へと一気にダッシュした。
「フハハハハ!どうした、貴様等如きが幾らおっても、このわしは止められはせぬぞ!」
「怯むな!かかれ、かかれっ!」
隊長が必死に督戦するものの、後ろに屍の山を築いて進む六黒を前に、侍たちは遠巻きにするばかりだ。
「いたぞ、八重!」
「間違いない、あの男だ!」
後輪をドリフトさせながら境内に飛び込むクロ。
八重はシートの上に立ち上がると、六黒目がけて力一杯ジャンプした。
「ブレイズアップ!メタモルフォーゼ!!」
八重の全身が魔力の輝きに包まれると、長い黒髪は燃える炎のような真紅に変わり、髪型もサイドアップテールへと変化する。
更にはそば屋の板前服も、一瞬で凛々しくも可憐な魔法少女の戦闘服へと姿を変えていく。
最後に、携えた刀袋が桜となって散華すると、その中から【大太刀『紅桜』】が姿を現した。
「紅の魔法少女ダブルド・ルビー参上!悪を許さぬ私の焔、恐れぬのならかかってきなさい!」
六黒に紅桜の切っ先を突きつけ、見得を切る八重。
「また刀を折られに来たのか?退(の)け、小娘。貴様では役不足だ」
「いつまでも、昔のままの私だと思うな!」
八重は紅桜を鞘走らせると、裂帛の気合と共に、六黒に斬りかかった。
目にも留まらぬ速さで幾度も打ち込む八重。
そのことごとくを《行動予測》して払い、受け流す六黒。
「す、スゴイ……!」
遠巻きに見守る警官たちから、驚嘆の声が漏れる。
「……成程。少しはやるようになったな、小娘」
「今日こそお前を倒す、この『永倉流活人剣』で!」
「フ……。もう勝ったつもりか?舐めてもらっては困る!!」
【彗星のアンクレット】が光を放った途端、六黒の剣さばきが目に見えて早くなった。
八重の攻撃を防ぎながら、その合間合間に攻撃を仕掛けてくるのだ。
「クッ……!は、早い!?」
攻撃に全力を注いでいる八重には、この攻撃は避けられない。
見る間に手傷を負わされ、ジリジリと押し返されていく。
「こ、こんな……アッ!」
六黒の剣に跳ね飛ばされた八重の刀が、クルクルと宙を舞う。
返す刀で繰り出された六黒の突きを、かろうじて避ける八重。
「フンッ!」
「キャアッ!」
しかし、無理に身体をひねった不自然な姿勢のため、八重は次の攻撃を避けられなかった。
六黒の体当たりをまともに喰らって吹っ飛ばされた八重の身体は、ゴロゴロと地面を転がっていく。
「八重!?しっかりしろ、八重!」
クロが必死に呼びかけるが、八重の返事はない。
体当たりの衝撃で、完全に意識を失っている。
「わしを倒そうなどとは、10年早かったな」
動かない八重に向かって足を踏み出す六黒。
クロが、八重をかばうように六黒の前に立ちはだかる。
「おぬしには、わしは止められぬぞ」
「お前に、八重を殺させはしない!」
一声叫び、六黒に向かって真正面から突っ込むクロ。
六黒は、無言で剣を振り上げる。
その切っ先が、クロのボディを捉える直前――。
「何――!」
突然横合いから発せられた光弾を、飛び退って避ける六黒。
さっきまで六黒が立っていた場所を、幾筋もの光弾が通り抜ける。
「させないっ!」
【ラスターハンドガン】を乱射しながら突進する漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)。
六黒は、殺到する光弾を転がって避けると、膝立ちになる。
「――!」
上から迫ってくる猛烈な殺気に、六黒が頭上を振り仰ぐ。
その眼に、自分目がけて振り下ろされる、2本の刃が写る。
咄嗟に【黒檀の砂時計】を作動させる六黒。
一層早さを増した六黒の剣が、間一髪の所で【光条兵器『黒い剣』】と【白の剣】を跳ね除けた。
「樹月 刀真(きづき・とうま)か……」
「惜しいな。もう少しで貴様の首を刎ねられたものを」
「地獄から帰ってくるのもそれなりに面倒でな。そう何度も、首を刎ねられる訳にはいかぬ」
六黒は「ニヤリ」と笑うと、渾身の力を込めて大地を踏みしめた。
《スタンクラッシュ》で引き起こされた巨大な波が、一体を揺さぶる。
「なっ……!」
「キャァ!」
不意を打たれ、大きくバランスを崩す刀真と月夜。
揺れが収まった時には、既に六黒の姿はなかった。
「まだ近くにいるはずです、探して!」
月夜が、周囲の警官に指示を出す。
刀真も《殺気看破》で居場所を探そうとするが、【ベルフラマント】で気配を消した六黒の気配を感じ取る事は出来なかった。
「逃げたのか!?どういう事だ!!」
取り逃がした悔しさを露わにして、大地を殴りつける刀真。
境内の敷石が、一撃で砕けた。
「なんて見事な引き際……」
追跡を諦め、周囲を見回す月夜。
八重を始めとする多くの負傷者。そして、それに倍する死体の山。
一瞬で引き起こされたにしては、余りに多い犠牲。
月夜は、嘆息した。
葦原大社を臨む高楼の上。
戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)は、一人琵琶を爪弾きながら、六黒の帰還を待っていた。
竜巻のように暴れまわり、一瞬で過ぎ去った六黒を捕らえようと、多くの人員と飛空艇が動員されている。
しかし無弦は、【賢狼】や【鷹】を放ち、捜索活動を妨害している。
六黒が戻るのも、まもなくだろう。
「葦原大社の地祇よ。これより再び、この地は乱世となる。地祇として、再び彷徨う魂を看取る日々になるのだ。……精々今の内に、この平穏を楽しんでおくがいい」
無弦の言葉を聞いてか聞かずか、葦原大社はただ静かに、闇にその身を横たえていた。