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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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 多くの招待客が自室に戻った頃――。

 宴会場に隣接した個室の一つでは、未だ密やかな話し合いが持たれていた。

「もうその話は諦めなさい、ジョーンズ、ネルソン。ああもはっきりと拒絶されては、話のしようがないわ」
「ですが――」
「全く、口惜しいことよ」

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の言葉に、ジョン・ポール・ジョーンズ(じょんぽーる・じょーんず)ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)は、あからさまに不満そうな顔をした。


 話は、数時間前に遡る。
 久し振りにハイナと会ったローザマリアは、ハイナに、

「今の船の大きさでは、多くの人や物を運べないわ。これが、経済交流のボトルネックになっている側面があると思うの。マホロバ海軍のような大型の船舶を持つことができれば、交流は飛躍的に促進されるわ」

 と、提案したのである。
 勿論ローザマリアは、暗にマホロバ海軍との協力を求めていたのだが――。

「まぁしかし、総奉行の仰る事ももっともです。大型の船を自前で持つのはカネがかかる。それなら、貿易は民間に自由にやらせて、税金だけを取るほうが、元手がかからないし、何よりラクです」

 同席するアメリカ企業の重役が、当然という顔で言う。
 ハイナにも、まるっきり同じ事を言われ、拒絶されたのである。

「船は、貿易をするためだけのモノではありません」

 ジョーンズが、強い口調で言う。

「我が国が、これ以上日本の後塵を拝するような事があってはなりません。我がアメリカの権益を守るためには、強力な海軍が必要なのです!」

 自分の信念を、熱っぽく語るジョーンズ。

「木造船は生産も容易いですが、その反面いかにも脆い。空賊に襲われても簡単に蹂躙されないような、頑丈な鋼鉄製の艦艇が必要なのです。そうは思われませんか、皆さん?」

 ジョーンズの言葉を引き継ぎ、重役たちに問いかけるネルソン。
 大型の鋼鉄船を造るとなれば、当然大きな金が動く。彼らのような企業にとっても、それはチャンスになるはずである。

「全く以て仰る通りですが、パラミタで船を飛ばすには、結局は機晶エネルギーを用いる動力機関に頼らないとなりません。それは、我々には作り出せない。しかも大型のモノとなると、発掘に頼らざるを得ないのが実情です」
「そこで今現在我々が進めているのが、四州南濘藩での発掘事業です」
「確か南濘藩で、封印処分になっている飛空艇の発掘を行なっているのでしたな」

 ネルソンが頷く。

「はい。我々も協力させて頂いております」
「今はまだ1隻のみですが、発掘が順調にいけば、どんどん数を増やせるでしょう」
「また現地では発掘と平行して、我々が持つ軍事技術を、大型飛空艇にいかに転用すべきか、その研究も始まっています」
「素晴らしい!今後の成果が楽しみです!」

 感動したように、ジョーンズが言う。

「皆さんも、是非四州にお越しください。色々と、面白いモノが見られると思いますよ」
「ハイ、是非に!」
「それは楽しみですな」

(「海軍軍人たる者、政論に惑わず、政治に拘わらず、よ。利益は求めても深入りは関心しないわ」そう釘を差しておいたのだけれど……。まぁ、私が手綱を締めるしかなさそうね)

 すっかり盛り上がっている二人に、何か危ういモノを感じながら、ローザマリアは、そう決心するのだった。



「マスター――」
「あぁ。分かってる」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)の呼びかけに応えると、ケータイを取り出した。
 複数の殺気が近づいて来る。

エクス、侵入者を発見した。これより排除に向かう」
「了解。私と睡蓮は?」
「俺だけで充分だろう。お前たちは、総奉行を頼む」
「わかったわ」

 手短に会話を済ませると、唯斗は殺気の出所へと移動を始める。
 数は4。それぞれ、別方向から迫ってきている。
 殺気からするに、それ程の使い手ではないように思えるが、その程度の手合いが単独行動を取るのも不自然だ。

 敵の意図を不審に思いながら、一番手近な侵入者に向かう唯斗。
 間もなく、それは現れた。
 月の光を避けるように雲を選んで飛ぶ、羽根を持つ異形の者。
 【ガーゴイル】だ。

(空か……。ならば――!)

 唯斗は右手に意識を集中すると、それを大きく振りかざすように空へ突き上げた。
 《風術》によって巻き起こされた風に揺さぶられ、ガーゴイルが大きく高度を下げる。

(もらった――!)

 唯斗は一際高い木に狙いを定めると、《軽身功》と《神速》を使い、風のような速さで駆け上がる。
 わずか三歩でに頂上にまで達した唯斗は、再び上昇しようと羽ばたくガーゴイル目がけ、一息に跳んだ。

「ギギッ!」

 近づいて来る唯斗に気づいたガーゴイルが咄嗟に身構える。

「――無駄だ」

 その構えを見て取った唯斗は、【プロミネンストリック】で華麗に宙を舞い、ガーゴイルの背後を取った。
 完全に虚を突かれたガーゴイルは、無防備な背中を晒している。

「ハッ!」

 その背中に《雷霆の拳》を見舞う唯斗。
 立て続けの攻撃に翼と背骨を砕かれたガーゴイルは、錐揉み切って地上へと落下していく。
 か細い悲鳴の尾を引きながら、ガーゴイルは地面に激突した。

「幾ら何でも、呆気無さすぎる……陽動か?」

 バラバラなったガーゴイルを見下ろしながら、呟く唯斗。

「唯斗、詮索は後だ。残りの3つが、城に近づいている」
「わかっている」

 唯斗はプラチナムに返事をすると、敵目指して飛んだ。



「姫様には、今宵の宴お楽しみ頂けたようで、ほんによろしゅうございました」

 天守をぐるりと取り囲む廊下を自室へと歩きながら、水瀬が薫流に笑いかける。
 薫流は、乳母である水瀬にだけは「姫」と呼ぶのを許していた。

「確かに。色々と新しい物を見聞き出来たしのう」

 今日の薫流は、殊の外上機嫌である。

「じゃが――本番は明日じゃ」

 明日は、四州と葦原の間で公式の外交関係を樹立するための会議が開かれることになっている。
 今日の宴には、そのための友好ムードを盛り上げておく意味合いがあった。
 あったのだが――。

「しかし、わずらわしいのう、あの女」
ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)にございますか」
「乳が大きいだけならまだしも、あの尊大な態度。城下一つ満足に治められぬ癖に、まるで自分が藩やアメリカを差配しているかのような言い様。自分が房姫と同じ、ただの飾りであるということが、まるでわかっておらぬ」

 殊薫流に関しては、総奉行がハイナである限り、友好ムードの大盛り上がりというのは期待出来そうになかった。

 無論薫流とて、本当にハイナが無能だと思っている訳ではない。
 そして水瀬は、薫流のハイナに対する不満が嫉妬から来ていることを、とうに気がついている。
 総奉行として、自分の思う通りに差配出来るハイナと、どれほどの才を示したとしても、曽祖父の手駒という立場から抜け出ることが出来ない薫流。
 彼女がハイナに憧れと、そして嫉妬を抱くのは、無理からぬ事だと言える。

(薫流様。乳の大きさも政治の才も、貴女様はあの女に引けを取りませぬよ――)

 水瀬は本心からそう思うのだが、それを面と向かって言っても聞く薫流では無いことは、自分が一番良く知っている。

「所詮は房姫と契りを交わしただけの、成り上がり者と言う事でございますよ」

 だから水瀬は、薫流に追従(ついしょう)してみせるのだ。 


「だいぶ、ハイナ・ウィルソンにご不満がおありの様ででございますね」
「だ、誰じゃ!」

 突然の声に、供の者が誰何の声を上げる。
 水瀬が、薫流をかばうようにその前に立つ。

「これは失礼。決して、薫流様に害意を抱く者ではございませぬ」

 落ち着いた、涼やかな声。
 薫流は、いっぺんで声の主に興味を持った。

「姿を見せよ」
「はっ――」

 衣擦れの音と共に暗がりから現れた男は、薫流の前に進み出ると、深々と頭を下げた。

両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)と申します」
「面(おもて)を上げい」

 悪路は臆すること無く、真っ直ぐに薫流の顔を見た。
 薫流も、悪路を見る。

「噂に違わぬお美しさにございますな――」

 感嘆したように言う悪路。

「世辞は良い。して、一体何用じゃ」
「お待ちくだされ姫。この者、どのような企みがあるとも限りませぬ」
「下がれ、水瀬。私は、この者と話がしたい」
「はっ――」

 水瀬を下がらせると、薫流は悪路に向かって一歩踏み出す。
 悪路は懐から封書を取り出すと、薫流に向かって差し出した。
 蝋で、厳重に封がしてある。

「これを、献上致したく――」
「これは?」
「はい。此度の城下での騒ぎについて、まとめた物にございます」
「何――?暴動についてじゃと?」
「はい。私めがこの目、この耳にてつぶさに見聞きしたその全てが、ここに収められております」
「な、なんと――!」

 水瀬が驚きの声を上げる。
 だが薫流は、探るような目で悪路と封書を見つめている。

「何故、私の元に持ってきた?ハイナの元に持っていくべきであろう」
「私もまた、ハイナを快く思わぬ者の一人にございますれば」
「いけませぬ、姫様!これは、罠にございます!」

 だが水瀬のその叫びも、薫流の耳には届いていない。
 彼女は今、目の前の男の発する抗いがたい誘惑と、必死に戦っていた。
 薫流の第六感は先程から、「受け取ってはならない」と警報を鳴らしている。

「薫流様!薫流様は何処にいらっしゃいますか!」

 背後からの声に、薫流は現実に引き戻された。

「ひ、姫様――」

 目に見えて狼狽する水瀬。
 こんな所で得体のしれない男と会っていたのが公になれば、色々とマズイ事になる。
 自分を呼ぶ声が、どんどん近づいて来る。

「行け。誰にも見つかるでないぞ」

 気づいた時には、薫流は封書を着物の合わせに仕舞い込んでいた。

「――はっ。決して」

 振り返り廊下を駆け出す悪路。
 その顔には、悪魔のような笑みが浮かんでいた。


「おぉ、こちらにいらっしゃいましたか薫流様」

 薫流の随員である家老が、薫流を見つけ跪く。

「何事じゃ」
「ハッ。そ、それが――」

 余程慌てていたのか、家老は息が乱れ切っている。

「落ち着け」
「も、申し訳ありませぬ――。い、一大事にござりまする。東野公が、お亡くなりになりました」
「ナニ――!?今、なんと申した!」

「はっ。東野公広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)様、一刻程前に突然お倒れになり、手当の甲斐なく身罷られた由にございます」

 悠久とも言える太平を謳歌してきた四州島。しかし今、この島を動乱に巻き込む嵐が、吹き荒れようとしていた。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 皆さん、こん○○は。神明寺です。今回も、〆切に遅れてしまいました。申し訳ありません。
 原因は、インフルエンザです。未だ流行っているorこれから流行が始まる地域もありますので、皆さんもくれぐれもお気をつけ下さい。

 という訳で、四州編序章のお届けです。
 皆さんは、今回の宴と祭、どのように過ごされましたでしようか。

 イキナリのジェットコースターな展開になりましたが、次回からは四州を一つ一つ順番に巡っていく事になります。
 最初は当然、大いなる不幸に見舞われた東野からです。
 導き手を失った東野が、一体何処に向かうのか……。

 今後も四州は災いと騒乱の炎に焼かれていく事になります。
 この炎が、燎原を往く野火の如く四州を焼き尽くすのか、はたまた押し留められるか――。
 それは、皆さんの活躍次第です。

 是非、次回以降も奮ってご参加下さい。

 では、四州にて皆さんに会える事を楽しみにしつつ――。




 平成癸巳 冬如月


 神明寺 一総