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第五章:たいへんたいへんたいへんだ〜


「ちょっと買いすぎたかな……」
 ツァンダの街を一人の青年がドキドキしながら歩いていました。
 袋一杯のチョコを運ぶは、薔薇学制服姿の変熊 仮面(へんくま・かめん)です。
「いや、しかし……美しい俺様ならこれぐらい貰ってないと逆に不自然だろ!」
 バレンタインに警察にご厄介になるのはとても残念なことです。なので、服を着てチョコを買いに来ていました。彼が、ですよ。裸マントで有名なかの変熊 仮面が服を着なければならないほど、重要なことだったのです。 今日この後、学校で貰ったふりするために。服を着て! ツァンダまでわざわざ買いに来ていたのです。
「貰えないのはきっと不景気だからだな。うん」
 一人ごちながら、彼はすれ違う街の人々に好青年らしく挨拶をし、にこやかに微笑みます。
「バレンタインだから今日は服を着てるんです。チョコ受け付けますよ〜」
 彼は油断していたのです。今ツァンダはズボン強奪のテロが横行しているというのに。
 しばらく街を散策していると、彼は一人の小さな少女とすれ違います。
 ズボンを強奪しにツァンダまでやってきた、ズボンハンター、萩 香です。ちなみに今はいてません。さっき取られましたし。
 大物をゲットできた香は今日はこのまま帰る予定でした。
「……」
 が、何を思ったか、仮面に向き直ります。何か……、彼から特別なオーラでも感じたのでしょうか、あれは強奪するべきズボンです。
 彼女は、仮面に向けて疾ると、身を屈め地面すれすれ水平に回し蹴りを食らわせてきます。
「なっ……!?」
 完全に油断していた仮面は、派手に地面に転倒し……、次の瞬間、銀光が走ります。
 香は一瞬で仮面のベルトを外し、訓練された見事な手並みでズボンを強奪していきます。
「……」
 気がつくと、仮面はズボンを剥ぎ取られ、パンツ一枚の姿でした。
 仮面は、散らばるチョコを拾い集めながら、唇をかみ締めます。やがて、彼は悟るのです。本来の自分を……。そして恥じたのでした。
「……そうか。そうだよな。俺様が間違っていた……たかがチョコを買うためだけに服を着るなんて」
 彼は、ズボンを剥ぎ取られたまま立ち上がると、フリーダム! と両腕を大きく広げます。
「みんなのためにも、やっぱり俺様は全裸じゃないと!」
 仮面は、ズボンを剥ぎ取られたのを機会に、全て脱ぎ去ることにしました。
 全裸で何ぼの変熊 仮面!  ピ―――――して仁王立ち! そして彼は、
 
  ピ――――― 
【ただいま画面に大変見苦しいものが映りました。お詫び申し上げます】
            
      しばらくお待ちください……。

「ぎゃあああっっ!?」
 仮面の口から絶望の悲鳴がほとばしりました。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の特製武器、『選定鋏』が、仮面の大切なチョコバーをかすったのです。ええ、チョコバーですよ、チョコバー。バレンタインデーですしね。
「くくく……フリー・テロリスト、もといフリー・エロリストもを宦官もしくは女性神官とすべく仮面“雄狩る(オスカル)”参上!」
 おかしな仮面をかぶったリカインは精神をのっとられ、タキシード姿の男装の麗人として街にやってきていたのでした。
 その目的はリア充への嫉妬に止まらずシンボルを奪うことでそのエネルギー全てを国家神に仕える宦官として発揮してもらおうというものであり、正義どころかリア充の味方ですらない危険な第三勢力なのです。
 ズボン? パンツ? そんなものはリカインにはどうでもいいのです。
 狩るはただ、「よくぼう」のみ。
 目の前にうってつけの男がいます。宦官にしてしまいましょう。
「くっ……!」
 仮面はなりふり構わず逃げ始めます……。
「あ、あほか……」
 リカインのパートナーのアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は、目を丸くします。
 ジャスティシアとして、リア充狩りを取り締まりにきたのですが。フリー・テロリストどころか、フリー・エロリストと遭遇するとは思っても見なかったのです。
 もちろん、こんな存在を許しておけるわけがありません。スカートめくり? そんなものザコです。他の人がやってくれるでしょう。今ある汚物を消毒するのが先決です。
 こちらも仮面を追い始めます。

「うわぁ、なにあれ!? 更に変なのきたー!」
 フリー・テロリストの後始末をしていた久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、向こうから走ってくるフリー・エロリストを発見して目を丸くしました。
 沙幸たちの取締りのおかげで、もうほとんどスカートめくろうなんて連中はいなくなりかかっていた矢先でした。
 仮面とマントのみ、あとは、そう……はいていないどころか、何もつけていません! バレンタインデーにふさわしく、チョコバー装備しています。猛りくるっています。彼ギンギンです。皆見ています。その姿はとても美しく、このバレンタインデーにふさわしい華麗さを振りまいているからだろう、仮面はそう確信していました。
 女の子たちがキャーキャーいっています。それはアイドルよりもすごい声援です。みんな彼のファンなのでしょう。すばらしきかなバレンタインデー。仮面は自分の姿にうっとりします。もっと見せてやりましょう。
 街のあちらこちらから悲鳴が響き渡り、女の子たちが四方八方逃げていきます。
 ズボン狩りしていたテロリストの女子生徒たちすら、仮面の姿に逃げ惑うのみです。
「フリー・エロリスト? どうしてあんなのが現れるのか、理解に苦しむわ」
 うわあ……、という引きまくった表情で黒衣 流水(くろい・なるみ)は条件反射的に矢をつがえます。
 大切な人を誘えなかった心残りなバレンタインデー。その分、せめて他の人々を幼稚な手段から守ろうと、ツァンダへやってきてがんばっていましたが、幼稚どころか原始的な人物が現れるとは。
「皆の愛のために、少し、眠ってくださいね」
 放たれた矢は狙い過たず、仮面に突き刺さります。麻酔の塗りこまれた、毒性の矢。
「おうっ!?」
 仮面はうめきますが、こんなことで足を止めるほど……おや、なんだか身体が動かなくなってきましたよ。
「恋する乙女たちの邪魔をするだなんて絶対に許さないんだからっ!」
 スカートめくりも駄目ですが、こちらはもっといけません。
「空飛ぶ魔法↑↑」で空高く舞い上がっていた沙幸は打点の高いドロップキックを、仮面にお見舞いします。その勢いでぶわりと裾がめくれあがり ピ―――――はいていません。さすが、仮面に対抗できる少女、見せ方がハンパないです。
「おおおおっっ!?」
 と歓声がわきあがります。見えた! いやそれ以前に、なかった! とかみな言ってますが、彼女にとっては些細なことです。
「破廉恥千万! わたくしの前で悪事を犯すなど、許されませんわ。天誅!」 ルシエール・ネーデルヴェルグ(るしえーる・ねーでるう゛ぇるぐ)が、鈍器で止めを刺します。ボギィ! と何かが折れた音がしますが、気にしてはいけません。
 蹴りと鈍器の衝撃で、仮面は動きが止まり、マントをはためかせながら、ゆっくりと倒れます。そして、そのまま動かなくなりました。
「本当になんと言うか……あほか。処罰してやる」
 アスライトとリカインが、仮面を回収していきました。宦官とか言ってましたが、この後どうなるかは知りません。
 しーん、としばしの沈黙の後、街は再び日常光景とざわめきを取り戻します。