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リアクション
【三 激闘ショー開幕】
ところ変わって、バラーハウス敷地内の地下に広がる巨大な空間では――。
ひとつの大型競技場がすっぽり収まる程の圧倒的な容積を、外周にして数メートルにも及ぶ鉄筋コンクリートの円柱が何本も支えているという規格外の景色が広がる中、数万人規模の観客が埋め尽くす観覧スタンドから空間を縦横に震わせる大歓声が沸き立っている。
ひとびとの視線の先では、空間中央の地面に設置された6メートル四方の白い正方形のマットが、熱を帯びる膨大な量の光によって照らし出され、そこだけがまるで別世界であるかの如き明るさに占められている。
所謂、プロレスのリングである。
各コーナーポストから伸びる三本のロープは等間隔で上下に並び、これらのロープを支える強化パッド製のコーナーポストは、地面に突き立てられた太い鉄柱にしっかりと固定されている。
地球上でよく見られる極普通のプロレス用リングであり、エプロンサイドからマット下のあらゆる設備に至るまで、おかしな点は何ひとつ存在しない。
勿論、リング外の強固なコンクリート床上には緩衝用のマットが敷き詰められており、リングサイドの観客席とは鉄柵によって隔てられている。
このリングサイドの鉄柵の一部は、レフェリーや進行役などが席を取る、所謂本部によって形成され、更にその横には場内アナウンサー達が陣取る実況席が設置されていた。
リング脇からは、入場ゲートと繋がる花道が大きな幅を取っており、そこから直接リングイン出来る構造となっている。
この入場ゲートの左右から、突然爆音と共に大量の花火が噴き上がった。
会場全体のボルテージが一気に跳ね上がり、それまで以上の大歓声がどっと沸いて、熱気の大渦巻きが場内を埋め尽くした。
直後、改造スパイクバイクに跨ったマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)が、何故か観客の女性をひとり肩に担いで、大声で何かを叫びながら入場してきた。
恐らく本人はヒールを全面に押し出して観客を挑発する台詞を撒き散らしているのだろうが、これだけの大歓声ともなると、花道で何を叫ぼうが、ほとんど誰の耳にも聞こえない。
花道の途中で何かを思い出したのか、女性客を担いだまま炎のマスクを被ったマイトは、リングイン直前で女性客を放り出し、やたら派手な身振りで四方の観客を挑発する仕草を見せながら、トップロープ下をくぐってマット上に仁王立ちとなった。
リングインの際、マイトはエプロンサイドにあったマイクを拾っていた。流石にこれだけの歓声が響く中、肉声だけではどうにもならないと判断したのであろう。
「ヒャッハー! 炎魔人、魔異都雄々場亜雨ヱ流夢だぜぇい! プロレスの本場、アメリカからきた俺様に勝てるヤツはいるのかァッ!? ヒャッハー!!」
マイトの口上がひと通り終わったところで、再び大歓声が巻き起こる。
入場シーンに全てを賭けていたマイトにしてみれば、上出来といって良いだろう。
ここで一旦、歓声が止まる。反対側の入場ゲートにスポットライトが当たり、
『魔ァ女っ子ォヒィィートォォーゥ!』
と、陽気なラテン系の入場コールが響き渡ったのである。
するとその入場ゲートから、スマートな長身でありながら、やや機械的なデザインの魔法少女服を纏った九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が現れた。
リングネームは、謎の魔法少女ろざりぃぬ。
元々はメインイベンターとして、タッグマッチでの最終試合が控えていたのだが、マイトの対戦相手の調整が遅れた為、メインイベントから逆算して相当に時間の空いているオープニングマッチにも登場する、という運びになったのである。
ジェライザ・ローズの魔法少女ろざりぃぬも、実はヒールである。ヒール対ヒールというのは、プロレスの常道からいえばややイレギュラーな展開なのであるが、ろざりぃぬはどちらかといえば、ファンにも愛されるヒールという立ち位置である為、マイトとは明らかにタイプが異なる。
「ろざりぃぬだよ! この闘技場から抜け出したいんなら、まずはこの私を倒すんだね!」
「ヒャッハー! 上等だぁ!」
直後、本部に設置されたゴングが乾いた金属製の音色を響かせ、熱闘の開始を告げた。
ところが、このオープニングマッチは魔法少女ろざりぃぬことジェライザ・ローズがものの数分程度で、勝利を収めてしまった。
当初、ジェライザ・ローズはヒール対ヒールという珍しいカードを存分に利用して盛り上げようと考えていたのであるが、ヒールでありながら勝ちに拘ろうとするマイトの下手な試合運びに激怒し、これ以上つまらない試合を観客に見せるのは失礼だと判断して、さっさと終わらせてしまおうと方針を転換したのである。
結果、マイトはプロレスを知り尽くすジェライザ・ローズの老獪な試合運びに翻弄され、ほとんどダメージらしいダメージを受けていないのに、あっさりと3カウントを奪われる破目となった。
「だぁぁ! 畜生! こんな負け方ってありかよぉ!?」
マットに拳を打ち付けて悔しがるマイトを、ジェライザ・ローズはレフェリー馬場 正子(ばんば・しょうこ)によって右手を高々と挙げる勝者のコールを受けつつ、醒めた目線でマイトをちらりと一瞥した。
「……全く、しょっぱい試合をするじゃないか。もうちょっとここで、プロレスの何たるかを学んでおいで」
プロレスの本場アメリカからやってきた、というマイトの口上に期待を抱いたジェライザ・ローズは、明らかに失望していた。
プロレスはあくまでも、レスラー同士が互いの技を受け合うショービジネスであり、真剣勝負である総合格闘技とは根本から異なるのである。
つまり、試合相手に怪我をさせるような技は最も忌むべき行為であり、相手の肉体の強さや受身の妙を信じて技を繰り出すのが本筋であった。
反則行為や凶器攻撃なども同様で、これらはいずれもヒールとして観客に見せる為の行為であり、試合相手を本気で攻撃する為のツールなどでは断じてない。
だがマイトは、明らかに勝ちを拾う手段として急所攻撃や全力攻撃を仕掛けようとした。観客を楽しませる為ではなく、自身の勝利だけを考えての試合運びが、ジェライザ・ローズの逆鱗に触れたのである。
かくして、ジェライザ・ローズは緒戦にして早くも地下闘技場を脱出する権利を得たのだが、しかし彼女は自身の責任を遂行すべく、メインイベントまで残る旨を正子に告げた。
「……うむ、良かろう。拒否する理由はない」
かくして魔法少女ろざりぃぬの魔女っ子ヒートは、予定通り最終試合を行う運びとなった。
ジェライザ・ローズとマイトが去った後にリングインしてきたのは、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)とアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の両名であった。
「うぉらぁぁっ! 教授が相手でも、こちとら自由がかかってんだ! 手加減なんざ出来ないぜっ!?」
体格で圧倒的に上回るラルクであるが、所謂細マッチョに該当するアクリト相手に、一切手を抜くつもりは無いらしい。
序盤から全力で大技を叩き込み、一気に勝負を着けてやろうとの思惑で、コーナー近くに佇むアクリトに猛然と突っ込んでゆく。
ラルクのファイトプランとしては、ラリアットの連発で体力を奪い、パワーボムやシャイニングウィザードを容赦なく叩き込んでKOに近い勝利――というのが筋書きであった。
ところが、相手はアクリトである。
緻密な力学計算をほとんど瞬間的に完成させることで、ラルクの大振りな動きを片っ端から読み切っており、ラルクの技は面白い程に空振りしてゆく。
一方的という表現は普通、相手を力で圧倒する場合に用いられるのが常であるが、この試合の場合、ラルクが技を次から次へと繰り出す毎にアクリトによって全てをかわされてしまっており、守勢でありながら一方的に有利な展開を維持するという離れ業が、リング上に現出していたのである。
試合展開としては非常に単純ではあるが、大男が優男に翻弄されるという構図は中々受けが良いらしく、客席からの歓声は決して小さくない。
とはいえ、アクリトには観客を楽しませるという発想が根本から存在しないらしく、単純に勝利だけを考えているようでもあるらしい。
その証拠に、ラリアットの空振りでラルクが体力を消耗し切ったところで、アクリトは相手の勢いを利用した飛び込み式の回転エビ固めで、あっさり3カウントを奪ってしまった。
「どわぁ!? し、しまったぁ!?」
「……ま、これもルールのうちだ。悪く思わんでくれたまえ」
かくして、ラルクには他のレスラーとの再戦が確定した。
この地下闘技場では、勝つまで自由が得られないという鉄の掟が目の前に立ちはだかっているのである。
シングルマッチが二戦続いた後には、この日最初のタッグマッチが組まれていた。
ツイン・ヴァーチュズというタッグチーム名で参戦しているリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)とレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と王 大鋸(わん・だーじゅ)のペアに挑む一戦である。
ツイン・ヴァーチュズのセコンドには、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が就くこととなった。
「ふたりとも、頑張ってね!」
ミスティの声援に、エプロンサイドのリアトリスとレティシアは互いの拳を突き合わせながら、笑顔で応じてみせた。
しかし、相手は美羽と大鋸という、強敵中の強敵である。
ツイン・ヴァーチュズが事前に考案したファイティング・プランが、果たしてどこまで通用するかは全くの未知数であった。
ゴングが鳴り、先発は大鋸とリアトリス。
序盤から激しい打撃の応酬が舞い始めたが、単純な打撃となれば、矢張り大鋸の方が圧倒的に強い。最初の数手は互いに打ち合ったが、徐々に大鋸がリアトリスをコーナーへ押し込める展開へと傾いていく。
「レティ! 入って!」
ミスティの指示を受けて、レティシアが慌ててカットに入るも、大鋸は怯まず、今度はレティシアに猛然とナックルパートや袈裟切りチョップの連打を浴びせてきた。
リアトリスとレティシアは実際の夫婦であったが、このリング上でも夫婦タッグというギミックで参戦している。色違いのチャイナドレス風リングコスチュームに身を包み、夫婦の愛情と絆による抜群のチームワークで観客を魅了する、というスタイルを取っていた。
そんなふたりの愛情と絆を、いささかヒールに走り気味の大鋸がメッタ打ちに切り裂くという図式が、徐々に構築されようとしている。
「良いよ良いよ、ダーくん! そのままそのまま!」
エプロンサイドで、アイドル風の派手なリングコスチュームに身を包んだ美羽が、笑顔を弾けさせて声援を投げかける。
美羽と大鋸のペアは、序盤は大鋸の打撃で相手の体力を削り、頃合を見計らって美羽の足技を駆使して勝負に出るという、明確な戦術を用意していた。
勿論、途中何度か交替し、相手の技を受けると同時に大鋸の体力回復を図る為に美羽もリングインするが、最初から受身に専念している美羽には、リアトリスとレティシアの仕掛ける技は、然程には効いていない。
終盤近くになって、リアトリスが大鋸をパイルドライバーにかけ、その上に美羽をブレーンバスターで持ち上げたレティシアがリアトリスに肩車してくる格好での合体技愛のマッスルドッキングを完成させたものの、矢張り序盤で大鋸に体力を相当削られたのが響いたらしく、美羽と大鋸の上手い受身もあって、フィニッシュホールドとしてはほとんど機能しなかった。
ツイン・ヴァーチュズの技をひと通り受け切った後は、美羽達の番である。
大鋸がリアトリスをアトミックドロップに捉え、尾てい骨へのダメージを受けてリアトリスが棒立ちになったところへ、駆け込んできた美羽がフリルを揺らしながら、光り輝く右脚でのシャイニングウィザードで豪快に薙ぎ倒した。
大の字になって倒れたリアトリスに、美羽が立て続けに放ったムーンサルトプレスが決まり、万事休す。
レティシアがカットに入ろうとしたが、大鋸がこれを阻止した為、3カウントが入った。
「ごめんなさ〜い。カット、出来ませんでしたぁ」
リング中央でのっそりと起き上がったリアトリスに、レティシアが心底申し訳なさそうに両手で拝む。
対するリアトリスは、まだ若干表情がはっきりしないものの、口元に微笑を浮かべてかぶりを振った。
「気にしないで……僕が仕留められることでレティを守れたんだから、それでも十分、満足だよ……」
ふたりが互いにいたわり合う姿が受けたのか、観客席からは盛大な拍手が起こった。
一方、アイドル風コスチュームに身を包みながら、何故かヒールに転落してしまった美羽は、複雑な表情でリングを降りてきた。
すると鉄柵の向こうから聞きなれた声が飛んできて、美羽の鼓膜を刺激した。
見ると、タキシードでドレスアップしたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、笑顔で手を振っていた。
「良い試合だったよ。天井から滑車で降りてくるって演出も良かったし、コンビネーションもばっちり、決まってたね」
「あら……コハクも居たんだ。ところで、聡君、見なかった?」
今回、美羽がプロレスに参加したのには理由がある。
彼女は、地下闘技場に参戦しながら明らかにプロレスへの愛情、所謂プロレスLOVEが足りていない山葉 聡(やまは・さとし)に、プロレスの何たるかを見せつけることを目的としていたのである。
しかし会場を見渡す限り、聡らしき姿は無い。
控え室やモニタールームにも居なかったから、てっきりホスト側に呼び出されたものだとばかり思っていたのだが、しかしホストとしてバラーハウスに顔を出しているコハクも、聡は見ていないとかぶりを振った。
「僕は見てないけど……他のひとにも訊いてみようか?」
と、そこへ先程、アクリトとの試合を終えたばかりのラルクが、今後の参考にとばかりに美羽達の試合を観戦していたのだが、聡の名前が出たところで、妙な表情を浮かべながら鉄柵脇から口を挟んできた。
「山葉の坊やなら、さっき靴下マンに連れていかれたぜ。何でも対戦希望者が居ないから、裏方で仕事しろ、みたいなこといわれてたなぁ」
気の毒な話であった。
ホスト側にも呼ばれず、かといって地下闘技場でも相手に恵まれず、最後には裏方に徹しろ、との沙汰を下されたのである。
美羽とコハクは思わず顔を見合わせて、やれやれと小さく肩を竦めるばかりであった。
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