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リアクション
●夜の帳、闇の囁き
「うげぇ! なんでアンタが出てくるのよ!」
「うげえって……私も同じことを言いたいですよ、老子……」
中国古典『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――シャオ――と、中国古典『論語』(ちゅうごくこてん・ろんご)――重仁――が言い合っている。
それをこめかみを押さえながら、セルマ・アリス(せるま・ありす)がいさめる。
「何でって……こんな事態だからこそ少しでも人手は必要だろ……」
はあっと思い切りため息をついてセルマは言った。
セルマの傷はなぜか完全に回復していた。癒しの術式は効果が無いように見えていたのだが、どうやら細胞を活性化させ回復効果をもたらす技法については問題なく機能していることが原因だろうと、シャオと2人で結論付けていた。
「はあ、魔道書の状態から顕現してはもらったけど……」
この調子である。うがうがと言い合いを続けている。やれ、別に助けろなんて言ってないや、やれ、なぜ助けなければいけないのですか、などと。
緊急事態ですぐさま呼び出せるのが重仁だけだったのだが――
(人選誤ったかなあ……)
セルマは心中で項垂れる。
いやしかしと、かぶりを振って、
「彼女の一撃は強力だから真っ向から受けたらダメだ。それに近寄ったとしてもほとんど詠唱の無い高威力の魔法で迎え撃たれるから気をつけて」
重仁に戦いの中で気づいた点を伝える。
「死角無し……ですか」
「それに、命をなんとも思ってないわ。防御は完全に捨てたカウンターが一番怖いわよ」
シャオが補足をする。思いしながら話すシャオは少しだけ震えていた。
「全く怖いなら素直に言えばいいじゃないですか」
そんな重仁の軽口に、
「怖がってたら、今この場に残ってなんか無いでさっさと逃げてるわ」
はあっと深呼吸にも近いため息でもってシャオは返す。
「焼け石に水程度かもしれないけれど」
シャオと重仁のやり取りをぶった切って、セルマは二人に【幻獣の加護】を施す。
それから、その場を離れ休息している全員に加護を施しに行った。
「そんなに強いのですか」
「この惨状を見てその台詞がはけるしげひとがすごいわ」
「しげひとではなく、重仁――ヂュンレン――です。……まあ、大体は分かりました。腹をくくりましょう」
重仁が辺りを見回して、静かに言った。応急手当こそしてあれ、確かに負傷者が多かったのだ。
「ああ、わかった。そっちは接触できたんだな」
リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は電話越しに話をしている。
話し相手は、現在蒼玉石の元で説得のようなものを行っている、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)。
「はは、なんだそれは。協力するつもりなのか、時間を引き延ばしてるのか分からないな」
ヴィナの話を聞きながら、リュースは自身がどう動けばいいのかと考える。
力の制限については少しだけ緩和されているかもしれない、といったところで本調子にはまだ程遠い。
「定時連絡をしてもらって悪いけど、そろそろこっちも本腰を入れないといけない。何とか時間を稼ぐから頼むよ、ヴィー」
連絡を追え、前を見据える。
下がったはいいものの、あの檻が崩壊するところをありありと見た。
ここまでやってくるのも時間の問題だろう。
だからこそ、動ける人間が動くべきだ。と思った。
リュースは[バラの花束]の匂いを嗅ぎ、精神を落ち着ける。そして、やってくる剣に宿る怨念を見た。
くすくすと小さく笑いながらやってくる彼女を。
夜が加速的にやってくるこの時間帯。既にあたりは暗く夜の帳が落ちている。
風で森がざわめき、視界を狭める闇がくすくすと囁いているようだった。
ぎらりと銀色が光った気がする。
そしてぬっと出てくるミルファの姿。
剣と手を布でしっかりと巻きつけなおし、ダメージを負っていないように見えるその体がゆらりゆらりと揺れながら近づいてくる。
「……結界が壊れるまでの時間稼ぎだ」
リュースは静かに呟いてミルファの元へと向かう。
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