薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

アフター・バレンタイン

リアクション公開中!

アフター・バレンタイン
アフター・バレンタイン アフター・バレンタイン

リアクション


第2章 チョコレートパーティ!

 雑貨屋ウェザーの中庭。
 真ん中に置かれた台の上にはチョコレートの滝が溢れ、その周りのテーブルにもチョコレートケーキにクッキー、ホットチョコなどそれぞれが持ち寄った趣向を凝らしたチョコレート菓子が並ぶ。
 チョコレートの在庫活用とは思えないほど爽やかな、チョコレートパーティーが開催された。

「サニーさん、久しぶり」
「サニーさん、元気そうでよかった」
「三月さん、柚さん、来てくれたの! この間は本当にありがとう!」
 パーティー会場の中をパタパタと走り回るサニーを見つけ、声をかけたのは杜守 三月(ともり・みつき)杜守 柚(ともり・ゆず)
 柚と三月は以前に、病気だったサニーの看病をしたことがあったのだ。
「こっちこそ。遊園地に行こうって誘ったけどなかなかタイミングが合わなくてごめんね。よかったらサニーさんも一緒にパーティーを楽しまない?」
「わ、遊園地、覚えててくれてたんだ! 嬉しいけど、コンテストの支度が……でもちょっとくらいならいいかな……」
 顎に手を当ててんー、と考え込むサニー。
「そうだ、サニーさん、よかったらこれ」
 可愛らしい袋に入ったものをサニーに手渡す三月。
「これは?」
「クッキー」
「え、私に?」
 頷く三月に、サニーは急におろおろする。
 それを見て、三月は心配そうに尋ねる。
「あ、もしかしてクッキーは苦手だった?」
「ううん、大好き。ありがとう……というかごめんなさい。前にいっぱい迷惑かけちゃったのに、プレゼントまで貰っちゃって。あ、ちょっと待ってて!」
 急いで店の方に走っていくサニー。
 戻って来た時、彼女の手には立派な箱が握られていた。
「お礼、言わなきゃって思ってて。お店のもので悪いけど、よかったら受け取って!」
 雑貨屋で並べられている中でも、かなり高価な部類に入るチョコレート。
「いや、こんな高価そうなの」
「ううん。こんなのお礼のうちにも入らないんだけど……そうだ、今度私もお菓子作るね!」
「ありがとう」
「姉さーん、準備放ったらかして何やってんだ?」
 三月とサニーの間に割って入ったのは弟のレイン。
 それでも、姉の恩人の三月たちには一応敬意を払っているらしい。
「準備って言ってもあとはコンテスト待ちでしょ? レインも一緒にパーティー楽しまない?」
「けど……」
 逡巡するレインの前で、柚がほわあっと笑顔を浮かべる。
「あのチョコレートファウンテンって素敵ですね。イチゴとか、チョコにつけるとおいしかったです」
「バナナもいけるのよねー」
「どれもおいしいんですけど、カロリーが……」
「そ、それを言われると……」
 ぴた。
 柚とサニーの会話を聞いて、チョコを食べる手が止まった人物がいた。
「どうしたの、雅羅?」
「い、いえ。やっぱり今日はこのくらいにしておこうかな、って」
 不思議そうに覗き込む白波 理沙(しらなみ・りさ)に、戸惑ったように返す雅羅・サンダース三世。
「もしかして、カロリー?」
 理沙に図星を突かれ、う、と言葉を詰まらせる雅羅。
「雅羅さんも、ですか?」
 その様子を見て柚が声をかける。
「三月ちゃんも海くんも太らないんですよね……羨ましいです」
 どよん。
 女子組の一角が暗くなる。
「ま、まあ、今日くらいはいいですよねっ」
「そうね、食べた分ちゃんとカロリー消費すればいいんだから」
 柚の言葉に理沙が頷く。
「そうそう、せっかくのパーティーなんだもん」
「ええ、今日は特別ね」
 サニーと雅羅も同意する。
 活気が戻り、再びチョコを消費し始める女子一同。

「……今日くらいは、って単語俺すごく何度も聞いた事があるような気がする」
 女子組の騒ぎを目の前に、レインがぼそりと呟く。
 それを聞いた三月が慌てて窘める。
「ま、まあ皆気にしすぎだと思うよ、ねえ海」
「あぁ。体重だけでなく、筋肉量や体脂肪率など総合的な面も見ないとな」
「いや、そういう事でもなくて」
 高円寺 海の生真面目な返事に三月は困ったように頬を掻いた。


「海、ゲットぉ!」
「うわ!?」
 突如、海の腕がぐいと引っ張られた。
 左腕に絡みついてきたのは大谷地 康之(おおやち・やすゆき)
 そのままずるずるとパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)結崎 綾耶(ゆうざき・あや)たちの所へ引きずっていく。
「海連れて来たぞーっておぉ、ルカルカさんもいる!」
「やあ! 海くん康之くんこんにちは!」
「ルカルカさんち〜っす! そしてサインください!」
「わお、ルカルカので良ければどうぞ☆」
「……何なんだ一体?」
 引きずられてきた先でルカルカ・ルー(るかるか・るー)たちの騒ぎに巻き込まれ、いまいち状況がつかめない海。
 そんな海に某が声をかける。
「やあ、海もチョコパーティーに来てたのか。ちょっと意外だなぁ」
「ああ。雅羅がチラシを貰ったとか言ってやってきて、気が付いたら」
「あー、俺も康之に引きずられてきたんだ」
 海の言葉にどこも同じだな、と苦笑する某。
「まあこれも何かの縁だ。一緒にパーティーを楽しもうぜ」
「そうそう、これ、定番の友チョコでーす!」
「おお、ルカルカさんからのチョコ! あざーす」
「ありがとう」
「悪いな」
 喜んで受け取る男性陣。
「海くんもどうぞ」
「ああ」
 ナチュラルに差し出されたチョコを受け取る海。
「で」
 海がチョコを受け取ったのを確認し、ぐぐいと海に詰め寄るルカルカ。
「本命チョコは貰ったの?」
「……む」
 視線を逸らす海。
 あまり突っ込むのも気の毒かなと、早々に追及の手を弱める。
「ルカは彼氏に本命あげたよ。本命チョコでも友チョコでも、喜んで貰えたら幸せだよね」
「そういうもんかな」

「ああ、もう始まってますね! 遅くなってすみません!」
 大きなバスケットを持った高峰 結和が走りこんできた。
「あ、結和ちん、こんにちはー」
「ごめんなさい。差し入れを作ってたら遅くなってしまって」
「おお、差し入れ! それはありがたい」
「お口に合うといいんですが……」
 結和がバスケットを開ける。
 それを覗き込んだ一同は、硬直する。
 謎物体だ。
 どうしてバスケットに【閲覧注意】と書いておいてくれなかったんだろう。
 苦悩する一同を前に、結和が申し訳なさそうに告げる。
「わ、私、お料理はそんなに得意じゃないんですけど、よろしければ……盛り付けはいまいちですが、味は普通、なんです」
 盛り付けとかいうレベルじゃないよ! 全員が心の中でツッコム中、女の子にこれ以上弁明させてはいけない! 某が立ち上がる。
「よし、じゃあまずは俺が味見しよう。俺の後は海な」
「おい……」
「遠慮せずに食うがいいというか食え」
 海の文句をスルーして某はバスケットに手を伸ばす。
 手に取り、一瞬の躊躇の後、ぱくり。
「……なるほど、なるほど……」
「おいそれはどう受け取ればいいんだ」
 呟く某を海が揺さぶる。
「次は海さんの番ですね」
 全く悪意のない笑顔で結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が告げる。
 覚悟を決めた海が、謎物体を手にする。
 もぐもぐ、ごくり。
 飲み込んだ次の瞬間、海の身体がぶるっと痙攣した。
「な……」
 何だこれはと叫ぼうとして目の前に作った当人がいるのに気付き、急ぎ某の手を引いて後方に下がる。
「何でこんな味だって言わなかったんだ!」
「ふはははは君の油断が悪いのさ」
 棒読みで返答する某。
「俺は『なるほど』としか言ってない。つまり、そういう事だ」
「くっ……」
「ちなみにお前に食べさせるためだけに『セルフモニタリング』を使用した」
「思い切り故意じゃないか」
 海と某が言い争っている間にも、犠牲者は増えていた。
「こ、これは……」
 一口食べて、言葉を失うルカルカ。
「ええと、ほら、この味は……」
「個性的な味、ですね」
「そう、それ!」
 綾耶の言葉に大きく頷くルカルカ。
「び、ビターってやつだよな。すごいぜ!」
 康之も続けてフォローしようとする。
 しかし。
「そ、そういう訳ではないんですが……」
 困惑した結和は、自分でも謎物体を味見してみる。
「あう」
 言葉を無くす。
「ううう……味見では平気だったのに……ごめんなさいー……」
 じわり、と結和の瞳に涙が浮かんでくる。
「わわわ、泣かないで結和ちん。何かの間違いだよ。こんなの絶対おかしいよ」
「あ、ああ。ほら、この会場のチョコは皆甘いですから、口直しになりますよ」
 慌てて慰めるルカルカと綾耶。
「ああ。毒ではないし問題ない」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が全く慰めにならない慰めを口にする。
「ううう……」
「だ、大丈夫! オレたちが残さず食べるから!」
「ああ、海、がんばるぞ」
「……巻き込まないでくれよ」

 結和が持ち込んだパニックに、一同目を白黒させながら謎物体チョコ菓子を胃袋に運ぶことになった。
 ダリルはその医療スキルで気分が悪くなった者が出ないかスタンバイしていたが、幸い大事に至った者はいなかった。

「皆、楽しそうだな。海は取り込み中だから挨拶は後にして、雅羅の所に行くかな」
 その様子を面白そうに見ていたのは雨宮 湊(あめみや・みなと)
 後方ではパートナーの無書 無名(むしょ・むめい)が黙々と給仕をこなしている。
 出しゃばらず、隙のない身のこなしで参加者を持て成すその様子はまさにプロ。
「うわ、すいません! 参加者の方にこんな裏方の仕事をやってもらって……」
 無名の仕事に気づいたレインが慌てて駆け寄り、謝罪する。
「いいえ、好きでやっている事ですから謝らないでください」
「それでも……いや、ありがとう」
 一瞬の逡巡の後、レインは素直に頭を下げた。
「君のおかげでたくさんの参加者が気持ちよくパーティーを楽しむことができたよ」