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【第二章】〜セイレーンとの戦い1〜

「短時間の間によくここまでしましたね」
 眉一つ動かさずに、しかし感嘆の台詞を漏らしたのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だ。
 先に外に出たエッツェルらに続くように彼もまた出口を探して外に出たのだが、戻ってきた宴会場は救護室の体だった。
 真が大助らや宴会場に残った動ける者達によって会場内の物は上手い事移動させられている。
 長テーブルにクロスやタオルで作られた簡易ベッドのような場所には症状の重い者達が寝かされ、双葉 みもり(ふたば・みもり)らがそれに付き添っている。
「何か収穫は?」
 遙遠が戻ってきた事に気付いた真がこちらへやってくるが、遙遠の表情を見て溜息をつく。
「なさそうだね」
 頷きながら遙遠は答える。
「外で会った人達は皆同じ様に答えていましたよ」

 遙遠が会場を出たすぐ後、彼はどこまで続くのか分からないような長く広い廊下で冴弥 永夜(さえわたり・とおや)黒条 冬真(くろなが・かずさ)に出会った。
 彼等はお互い顔を見合わせると話す前にお互いの状況を把握していた。
 出口が無い。
 此処へくるまでは転送装置のようなものを通ったからそもそも出口というものがあるかどうかは分からないが、
 きっと同じ装置を通せば地上に戻れるはず。
 そう思って彼等は”最初の場所”戻っていたのだ。
 しかし所謂玄関のその場所は調べてみたもののだだっ広い空間があるだけで、
何か仕掛けは有りはしないかと柱や飾りを押したり引いたりしてみたもののうんともすんとも言わず、ほうほうの体で廊下に出た所だったのだ。
「参りましたね、これは完全に閉じ込められましたよ」
「ああ、俺も例の入り口をサイコメトリで調べてみたけど、色んな感情が残り過ぎていて分からないんだ」
「感情?」
「多分……ジゼルのだよ。彼女の残した気持ちが酷く強くてなんて言ったらいいか……」
 そこまで言って永夜は口を噤んでしまう。
 あの気持ちはなんだったんだろう。
 分からないながらも、彼女の心に直接触れた自分の心の中には何時しか不安が渦巻いていた。
「早く外に出ないと……何だか大変な事が起こりそうな気がしてるんだ」
 永夜の言う大変な事は直ぐに現実となった。
 話しながら歩いていた廊下の先に、セイレーン達が現れたのだ。

 遙遠がカプセルリストバンドから得物を出している間、冬真がナイフを投げることで怯ませセイレーン達の動きを止めて居る。
 相手は五匹。対するこちらは三人。
 一匹はこのまま仕留める。
 遙遠は取り出した鎌の刃を後ろへ向けると、そのまま考え通りに正面のセイレーンに斬りつける。
 透かさず左右からはセイレーンの爪が迫ってくるが、遙遠が勢いのままぐるりと回転して低い姿勢になった為攻撃は遙遠を逸れて空を切っていた。
「動きを止められますか!?」
「やってみる!」
 離れた位置から永夜の声が聞こえたかと思うと直後、左右に居た四匹のセイレーン達が悲鳴を上げる。
 セイレーン達の身体にはツタが絡みつき、動きを封じて居たのだ。
 遙遠が柄を持っていた左手をそのまま滑らせ右の位置にかえると、鎌は回転し、刃が反対の敵へ向いた。
 一周回る間には左右にいた二匹が刃に襲われて霧消する。
 残った二匹の所へ盾を持った冬真がやってくる。彼が拾い上げたナイフは禍々しいオーラを纏っていて、
二匹のセイレーンを軽く切りつけただけで、闇の力を吸ったセイレーンは悲鳴を上げる。
 しかし一匹のセイレーンは腹部を深く切りつけられて消え去ったが、もう一匹には刃がかすっただけだった。
『キィイイイイ』
 セイレーンの口からは怪音と共に不思議な歌が響いてくる。
 それを目の前で聞いた遙遠と冬真は武器を落としてしまった。
「美しい……」
「なんて歌声なんだ……」
 二人の目は虚ろで、恐ろしい爪を広げたセイレーンに抱えられるように自ら身体を差し出してゆく。
 しかし、そのセイレーンの歌は銃声に遮られた。
 我に返った二人が銃声のする先を見ると、もくもくと煙を上げたマスケットを構えた永夜がくっくと喉を鳴らしている。
「二人ともジュリエットに出会ったロミオみたいに惚けちゃって、大丈夫?」

 あれから二人と別れて遙遠は宴会場に戻ってきたのだ。
 そして真に対峙しながら、再び状況を把握しようとしている。
「さっきテレパシーの通信があって、ジゼルさん達が俺達を嵌めたって……」
「聞きましたよ」
「一体どういう事なんだろう」
「廊下で出口を探していただけなのに攻撃にあいましたから、彼女が何か含むところがあるというのは、
あながち間違っている訳ではないんでしょう」
 遙遠はポーカーフェイスの眉だけ歪ませると、小さく呟く。
「どうやらあちらさんは此処に居る人を無事に返す気は無いようですよ」