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オランピアと愛の迷宮都市

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「こちらはレヴィ=エーベルストの中央広場です。騒ぎに巻き込まれていた人々が。無事を喜び合うように続々と集まっております」
 ボイスレコーダーに向かって美夜が実況を始めている。
 適当に目につくものの解説をしながら人の間を歩き回っていたが、ベンチに腰をかけて項垂れている陽の姿に目を留めると、嬉々として駆け寄った。
「ちょうどこちらに、大変な経験をされた旅行者の方がいらっしゃいます。さっそくインタビューしてみましょう」
 いきなりボイスレコーダーをつきつけられて、陽はのろのろと顔を上げた。額にうっすらと血が滲んでいる。
「えー、痛いですかー?」
「うわ、それはちょっと人を選ぶボケだな」
 傍でイリヤとクッキーを奪い合っていたウォーレンが、律儀に突っ込みを入れる。陽は深いため息をついて、陰鬱な声で答えた。
「……はい、痛いです……いろいろと……」
 ぽんぽん。
 また項垂れてしまった陽の肩を、雫澄が慰めるように叩く。
 美夜はレコーダーを戻し、想像上のカメラににっこりと笑顔を向けた。
「一夜の愛は泡沫と消えましたが、どうやら奇妙な友情が芽生えているようですね! ふたりの愛の顛末と今後の展開は、「ぱら☆みた」最新号にて。乞うご期待!」
「やめろおぉぉぉ、このマスゴミがあぁぁぁ!」
「お、落ちついて、ほらミルクティーがこぼれるよっ」
 涙目で美夜に飛びかかろうとする陽を、雫澄が必死で押しとどめる。美夜はくるりと踵を返すと、後ろも見ずに逃げ去った。

「ああ、やっぱり午後の紅茶は格別ですね。特に……運動した後は!」
 嵐山りのんがしみじみと言って、カップに口をつけた。
 結局、散々走り回っても目的の人には巡り会えなかった。仕方なく、彼が愛を語っていたベンチに座ってお茶を楽しむことにしたりのんに、エーリヒがクッキーを差し出す。
「アッシュワース様がご用意になったクッキーです。よろしければ、どうぞ」
 りのんは小皿の中からキリンの形のクッキーを摘んで、微笑んだ。
「ありがとう」
 ……そういえば、ビーストマスターって、キリンも使役できたりするのかな?
 りのんはちょっとそんなことを考えながら、キリンの角を齧った。
 甘くて、美味しかった。

「なんか、お茶会が始まってるぞ……」
 呆れ返ったように海が言った。
 どこからか「町長おぉぉぉぉぉ」という叫び声がして目をやると、例の役立たずの助役氏が恰幅のいい山師みたいな人物に抱きついているのが見えた。
「と、どうしたんだね、姿が見えないと思ったら……ああ、やめんか、暑苦しい」
 抱きつかれた村長氏は目を白黒させて驚き、しがみついてくる助役氏の体を邪見に払いのける。
「そんなぁぁ、あんまりです町長おぉぉぉぉぉ」
 その傍らでは、雅羅と夢悠が疲れ果てたように地面にへたり込んでいた。
「まさか、あの人たち……本気で祭の余興だったとか思ってるんじゃないよね」
 
「どうだろうね。……あ、ブルーズ、こっちにもお茶を頼むよ!」
 人混みの向こうにブルーズの姿を見つけて、天音が声をかける。ブルーズは了解したというように黙って片手を上げた。
 と、シュクレが短いツインテールを揺らして駆け出した。
「海さんのお菓子は僕が用意しますーっ」
 見上げた心意気だった。
 天音の思惑通りにお茶会に突入してしまった広場で、何故か給仕して回っているブルーズは、若干不本意な心持ちだった。
 ブルーズの想像していた「恋人たちの街」「ピクニック」「天音」という三題話が、ひどく強引にねじ曲げられてしまった気がする。
「アッシュワーズ様」
 見ると、エーリヒがカップにお茶を注いでいるところだった。
「こちらは結構ですから、あちらの皆様方にお持ちください」
「いや、しかし……」
 ブルーズは思わず広場を見渡す。続々と増えていく参加者に対して、給仕に回っている人数が明らかに足りていない。広場の回りの出店やカフェも客席にしか人の姿がなく、どうやら店員たちもお茶会の参加者側に回ってしまったらしい。
 その意図を表情から読み取ったのか、エーリヒは微笑んだ。
「ご心配なく。手が足りなければ主人に手伝わせます。あれでも、猫の手程度には役に立ちますから」
 涼しい顔で、注ぎ終えた紅茶をトレーに並べる。
 ……何だろう、この、パートナーとの力関係の差は。
 ブルーズは目眩ににた羨望を感じて、軽く頭を振った。
 たまには、あんなことも言ってみたい。
 ……ご心配なく。手が足りなければ天音に手伝わせます。あれでも、猫の手程度には……
 ぞくり、と背筋を寒気が走り抜けた。
 思わず振り返ると、人混みの向こうから天音がこちらを見ている。
 読まれた……いや、まさか、そんなバカな。
 僅かに緊張してその目を見返すと、天音は不機嫌な声を投げてよこした。
「どうしたの、お茶が来ないよ」
「……今、行く」
 仕方なくそう答えて、ため息をつく。
「アッシュワース様」
 顔を上げると、エーリヒがお茶の並んだトレーを差し出していた。
 そして、いかにも同情に堪えないという瞳で、じっとブルーズを見つめていた。
 ブルーズは、一瞬でこの男が嫌いになった。

「……聞こえてたわよーヘッツェルさんー」
 人混みをかき分けて器用にお茶を運んでいくブルーズを見送って、エーリヒの背後から美夜が言った。
「誰が猫の手だ」
「……おや」
 振り向いたエーリヒが、美夜の手にティーポットがあるのを見て意外そうに片眉を上げた。
「進んでお手伝いにいらしていただけるとは、意外でした。喜ばしい限りでございます」
「……んー、他に何か感じない?」
 意味ありげな美夜の言葉に、エーリヒは僅かに思案の素振りを見せる。が、すぐに答えた。
「特にございません」
 美夜はため息をついて、エーリヒのかつての運命の相手に目を落とした。
「可哀想だけど、こーゆー奴よ。あんたも過去は忘れて、強く生きなさい」
 ティーポットを慰めている美夜に冷たい視線を送って、エーリヒはガレットとフィナンシェの載った皿を手に取った。
「それでは美夜様、これは奥のテーブルの皆様へ。どうぞ、猫の手程度に役に立つところをお見せください」
「……今回はクソの役にも立たなかったあんたに、言われたくないわ」
 毒づいてぷいと横を向き、そっと身構える。
 しかし、エーリヒは小さくため息をついただけで黙っている。
 思わず「中」でのひ弱なエーリヒを思い出して身震いし、美夜は根負けしたように呟いた。
「何か、言いたいことがあったら言えば?」
「……それでは、僭越ながら申し上げますが、美夜様」
 エーリヒが言った。
「クソのお手伝いは、致しかねます」
 エーリヒ・ヘッツェル復活。
 美夜は歓びと絶望の入り交じった気持ちを込めて、怒鳴りつけた。
「んなもん、一人でできるわよ、バカ!」