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リアクション
3
「とにかく、このままずっと此処に居る訳にもいかぬじゃろう」
ルファンの言葉に、雫澄がうなずく。
「とにかく、相棒たちをどうにかしないと……僕の胃がもたない」
「うん、私も神経が持たない……力をあわせて何とかしよう」
美夜がそう言ってチラリとエーリヒを見ると、それに気づいたエーリヒは悲し気に目を伏せ、ティーポットを抱きしめた。
「あああああ、嫌だ、こんなヘッツェル嫌だぁぁぁ」
「お、落ち着いて、美夜さんっ」
「……ご、ごめん」
ぜいぜいと肩で息をしながら、美夜が謝る。
あまり影響を受けていないように見えたが、案外これが彼女の「混乱状態」なのかもしれないと、雫澄は頭の隅でチラッと思った。
嵐山 りのん(あらしやま・りのん)は、角を曲がったところで足を止め、大きくため息をついた。
「ああ、もう! また違うところに出ちゃった」
さっきから広場を目指して走り回っているのだが、ドアを開けたり角を曲がったりする度に別の場所に出てしまい、一向にたどり着かない。
彼女の目的はひとつ。
さっき広場で見かけたあの人にもう一度会いたい。
別に、運命の出会いだとは思っていない。ただ……一緒に、午後のお茶をしたい!
「だって、好みのタイプだったの!」
誰にともなく、りのんは主張した。
「黒ずくめなのも、嘆美っぽいのも、電波くさいのも、めちゃ好みだったの!」
「……お嬢さん」
「なんですかっ!」
力説していた勢いで、りのんは振り返った。
浴衣姿のお姉さんが、満面の笑みを浮かべてりのんをのぞき込んでいた。
思わず、綺麗に切りそろえられた前髪の下の黒い目をぱちぱちと瞬かせると、お姉さん……眠美影は頬を紅潮させて身悶えした。
「あああん、か、可愛いっ」
そして、その緑の瞳をきらめかせて、りのんを見つめて言った。
「……お姉さんと一緒に行きましょう」
美人だった。
超デレデレだったが、いやらしいところは微塵もない。
思わず、りのんの心が揺れる。
しかし。
「美影っ、だめだよっ!」
「ああん」
お姉さん……美影はぐいと後ろに引っ張られて情けない声を上げる。その背後から、テテが顔を出した。
「すみません、おじゃましましたっ」
「あ……いいえ」
そして、美影を引きずるようにして去っていった。
……何だったんだろう、今のは。
ちょっと考えたが、すぐに気を取り直して顔を上げる。
「まあ、いいや。あたしには、会いたい人がいるんだから」
そして、キッとばかりに路地の次の角を睨みつけた。
今度こそ、広場に行く。
心に誓って、りのんは駆け出した。
「もう美影、見境なくナンパしちゃダメだってば」
「だってぇ、可愛かったんだもん」
邪気のない顔で、今声をかけた女の子のことばかり話す美影に、テテは苛立っていた。
「ダメだよ! ここから出る方法をみつけるんだから。行くよ、美影!」
「はうー……テテったら、今日はいつもと違うわよね。カッコイイ……でもそんな所も可愛い……大好き」
いきなり美影に抱きつかれて、テテの感情が爆発した。
「美影っ、いいかげんにしろよっ!」
思わずその体を押し退けて怒鳴りつけたた。
「……嫌いだよ。今の美影は嫌いだっ」
言ってしまってから、目を丸くしてテテを見つめている美影を見て、すぐに後悔した。
美影が悪いんじゃない。何があったのかはわからないけれど、美影はぜったい何かに影響されてるだけだ。
「ごめん、美影……でもオレ……」
何かを伝えたいのに、言葉が見つからない。
ぜったい美影を助けると決心したのに、どうしていいのかわからない。
悔しさにテテが唇を噛み締めた、そのとき……ふいに声がした。
「アナタは、しあわせではないの?」
美影を背中に庇うようにして振り返ると、見覚えのない少女……オランピアが立っていた。
警戒して睨みつけるテテの瞳を不思議そうに見る。
「ここでは、みんな、しあわせ……愛に満ちた夢の中で、みんな……」
「ふざけんなよ、しあわせな訳ないだろっ!」
思わずテテは叫んだ。
「こんなのが愛なもんか! こんな美影、嫌だ! オレは絶対ここを出て、美影を元に戻すんだ!」
感情の希薄だったオランピアの顔に、驚きの色が広がる。
その表情を見て、テテは本能的に、この少女が何か……街と美影の異変について、何かを知っていると感じた。
美影は、ぼんりとテテとオランピアのやり取りを眺めていた。
……テテ、どうしたのかな……なんだか、怒ってる?
あたしは、しあわせだよ、テテ。
可愛い子も、可愛いものもいっぱいで。カッコいいテテもそばにいて、しあわせだよ。
どうして怒ってるのかな、テテ……。
美影をオランピアから庇うように立っていたテテの背中がふいに動き、美影は、はっと息をのんだ。
テテが、オランピアに飛びかかろうとするように見えた。
そして、それを止めるように、オランピアの白い手が上がり、テテの前に伸ばされた。
その指先に魔力が集中するのを感じた美影は、テテの名を呼んで飛び出した。
「……テテっ!」
「うわあぁぁっ」
短い声を残して、目の前から二人の姿が掻き消える。
そして、周囲に静寂が戻った。
オランピアは前に差し伸べていた手を、ゆっくりと下ろす。
咄嗟に空間をねじ曲げて、別の場所に飛ばしてしまった。さほど切実な脅威を感じた訳ではなかったのに、何か……動揺のような感情が、オランピアを捉えたのだ。
誰もいなくなった空間に、オランピアはもう一度聞いた。
「しあわせでは、ないの……?」
答えはなかった。
「……美影?」
テテが、美影の体を揺する。美影はぼんやりする頭を押さえて、ゆっくりと体を起こした。
「美影、ごめん……オレ、美影が好きだから。いつもの美影が、大好きだから。だから……早く元に戻ってよね……!」
テテの唇が額に触れたことに気づいたのは、テテが美影をきゅっと抱きしめた時だった。
美影の思考が止まる。ぽかんと目を見開いたまま、テテの照れたような大きな声を聞いた。
「……小さくても頼りがいがある男って見せてやるから!」
自分が真っ赤になっているのがテテに気づかれなくて良かった、と美影は思った。
そして、テテは、小さくても頼りがいがある男だな、と、思った。
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