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リアクション
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さて、校長室である。監視カメラの映像やシステムのアクセスログなどから地道に調べる中、涼司のテンションが高い。うざいほどに高い。ヤケクソ気味に高い。ふざけた放送許すまじと、多分に私怨を含んで気勢を上げるが、特にできることもなく、
「どうだ!?」
涼司に声をかけられて、凶司はまたかよと思う。前回の「どうだ!?」からわずかに一分。一分でなにが変わるものか。
「目ぼしい情報は特には」
うんざりした思いを隠しもせず、ノートPCに向いたまま凶司が答えた。
「生徒名簿とも照らし合わせてるが、今のところは放送委員の入室は認められない」
ダリルが補足し、次に涼司はルカルカに向き直った。
「そっちは!?」
「んーこのボールじゃ姿まではちょっと難しいかな」
ルカルカは申し訳なさそうに涼司にボールを返す。サイコメトリは自分が望んだ情報を必ずしも引き出せるわけではない。犯人もこうしたスキルを警戒して、なんらかのカモフラージュを行っていれば思うように情報も引き出せない。例えば、筆跡をごまかすために、利き腕とは逆の腕で書いたために歪んだ文字にになっているとか。
「でも、結構長い間引き出しにあったみたいね」
となると突発的な犯行ではなく計画的な犯行か。それにしてはやることが愉快犯じみていて腑に落ちないところがある。
そこでスピーカーがやけに大きいノイズをもらした。耳障りな音に顔をしかめてスピーカーを見上げる。放送機器もろくに使えないなら放送ジャックなんかするな、益体もない愚痴をこぼそうと口を開く。
『モテない人々よ……聞こえてるか?』
涼司が口をつぐんだ。ノートPCの画面を覗き込む校長室の面々が視線を上げた。放送室を目指してずんずん進む放送委員の足が止まった。教室でひたすら山葉校長への要求を回答として送り続ける一団が不気味なほど静まり返った。
もったいつけるように間を空けてスピーカーが声を発した。
『自分は否定人間をも兼ねて、妬み隊隊長等を勝手に気ままに名乗らせて貰っているもんや』
明らかに違う声で放送されていた。
『「何故アイツばかり」「何故、自分は違う」「何故、平等ではない」……諸君等の中にこう思った者は決して少なくはないだろう。
しかし、それは正常だ。全くもって当たり前の事である。
妬め、恨め、嫉妬しろ!
諸君等にもきちんとモテるを手段を、そして環境を、手にするべきだとは思わんか!?我々は愚かで、しかしモテたいと真摯に思っている。
立ち上がれ(アップ)、立ち上がれ(アップ)、立ち上がれ(スタンダップ)、だ! 今こそ、そう今こそ立ち上がる時だ! 拳と武器に責め問い合う言を、防具とその身に抗議の念を! ──諸君等に希望の未来を!
安心しろ。何が起こっても諸君等は気にする事はない。
妬み隊隊長こと否定人間のこのオレは、諸君等の最低と最悪、そして降り掛かる最厄さえもこの身に担うと!』
なんだこれ。
涼司は頭を抱えた。その隣で驚いて目を瞬かせている加夜が言った。
「これは、あれですか」
呆れ顔で凶司が続けた。
「予想すべきではあったかもしれませんね」
ルカルカが苦笑して、
「便乗犯ね」
瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は自らの演説に満足して、ぐっと手を握った。会心の演説だった。校舎を揺るがす歓声の響きを足の裏で感じる。さっそく廊下がどたどたと騒がしい。早くも馳せ参じたであろう同士の姿が目に見える。さあ、両の手を広げて同士を迎えよう。
裕輝がマイクからドアに向き直ると同時、音を立てて放送室のドアが開いた。
「あなたが犯人!?」
鬼気迫る様子の放送委員と諦めきったアデリーヌを引き連れたさゆみが裕輝に詰め寄った。
「おお、さっそくオレのファンが」
なに言ってんだこいつ、なによりも雄弁に語る目を向けて、さゆみは再度詰問した。
「正直に答えて。わけわかんない放送で私のライブを邪魔したのはあなたなの? 答えないなら痛い目見るわよ」
放送委員が前に出る。どのみち、放送室に無断で入った以上、放送委員的に見ればはっきり有罪である。拘束は確定事項で、あとは罪の程度の問題だ。
「さゆみ、抑えて」
おずおずとアデリーヌが割って入った。む、とさゆみがアデリーヌに向き直る。
「この人はきっと今の、その、モテるとかモテないとか言ってた放送の人ですわ。最初のアンケートの人とは明らかに違う。だから、さゆみの邪魔をしたのはこの人ではありませんわ」
ふむ、と裕輝は言った。
「その通りや。オレは学園内が妙な騒ぎになってるから、そのどさくさ紛れにちょっと放送室を借りただけで、アンケート云々とは無関係やな」
さゆみはうさんくさげに裕輝を睨んで、それから、
「なるほど、私もどさくさで今歌っちゃいましょうか」
「さゆみ」
「冗談よ。人様の邪魔をしたやつにしかるべき報いを与えるのが先決だものね」
そして、放送委員的には結局無断放送に変わりなく、はっきり有罪なのは覆せない事実である。
放送委員が左右から詰めて拘裕輝を束しようとする。裕輝はそれを確認して口を開いた。
「まぁちょっと聞いてくれへんか」
返事を待たずに、
「放送委員のみなさんは、どうも見たとこ数が少ないみたいやね。その人数で放送室全部押さえるってのは、なかなか苦戦してるんと違うか? そんでオレを拘束するにはさらに人数を割く必要がある。そんな余裕もないのにな」
全くの言葉通りで、もともと放送委員はさほど数が多いわけでもない。さらに今は旭らとともに二手に別れて放送室を押さえていっているから一層人数不足を痛感する。
苦々しげな顔を作った放送委員を見て、裕輝が笑みを浮かべた。
「オレならそれを解消できる」
言葉とともに顎でドアを示した。振り返った先には野次馬の群れ。興味津々で放送室を覗き込んでいた。その中には、異様な熱気を発する男子生徒が何人も見える。
裕輝は続けた。
「あそこにオレの演説に共感してくれたやつらがいる。オレならそんなやつらに指示を飛ばすことができる。アンタらが捕まえたい相手を捕まえるのに、人数が多いのは役立つはずや」
どや、裕輝は選択を迫った。
放送委員は躊躇を見せる。放送委員でもなんでもないさゆみには考えるまでもない。即答した。
「乗ったわ」
目的はあくまでライブを邪魔した者だけ。言ってしまえば、その他のことは知ったことじゃない。
「成立や」
「なんだか妙なことになったわねぇ」
裕輝が示した野次馬の群れの中にセラフはいた。そこで見た一部始終を校長室の面々に報告する。ろくでもないことになりそうな予感をひしひしとと感じながら。