薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【●】光降る町で(後編)

リアクション公開中!

【●】光降る町で(後編)

リアクション

 同じ頃の町の片隅では、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)と浩一が合流し、リカイン達合唱隊と共に町を歩いているところだった。ゆっくりとした行進にあわせ、今まで仲間達から集められた情報をまとめつつ、首を捻っている。
「交差した2本の槍は、街の十字路だとして、だ。太陽と月、八つの星座、なあ……」
「残る外周の八つの星座は、絵に記されえていない以上、直接関係はしていない、ということでしょうか」
 浩一も難しい顔だ。
「地下の柱も八本だしなあ」
 呟き、アキュートは肩を竦める。
「それに、あのネットの掲示板の書き込みとやらが言うには”星座の意味は重要じゃない”んだろ」
 順番が大事、ということは、この一筆書きの八芒星のほうが重要だと言いたいのだろう、と推測できる。それに頷いて、浩一はその視線を天井のランタンへと向けた。リカイン達合唱隊は、祭の間こうして星座の順番、つまり八芒星の魔方陣を延々回っていくらしい。本来なら回っている間は、そのすぐ上のランタンが輝きを強めたりするらしいが、今は全てのランタンが沈黙し、代わりに地面が淡い光に輝いている。その、地面に星を輝かせる光は、柔らかく、とても美しい。
「八芒星ってぇと、悪魔でも封じてるんじゃないかと思ったけどな」
 この光の様子や、声の主の言葉から考えて、八芒星そのものは封印ではなさそうだ。
「司さんの言うには、八芒星は完全性、と言う意味もあるそうですしね」
「ああ。まぁ他にも色々意味があるから、どれが正解かなんてまだ判らねえけどな」
 そんなことを言っていると、アキュートの肩からぴょこんと出した頭を揺らすペト・ペト(ぺと・ぺと)が、ぷくう、とその小さな頬を膨らませた。
「ふたりとも、歌のことを忘れているのですよ〜」
 歌の方も重要だと思うのです、と、原文の歌詞を、リカインが歌っている音色にあわせて口ずさんだ。

”八つの柱にて記す 太陽に隠れ星の瞬く
 光をも呑む全くの闇より 点と点を繋ぎて
 古に嘆く者 望まざる眠りのもとへ
 失われしが満つるまで
 明かりを灯せ大地が上 星のごとく
 忌むべき槍の届かぬよう 灰色の天蓋 その奥に隠す
 その眠りの終えるまで 天に連なる者に見つからぬよう
 彼の人は大地を鎚打つ者なれば”

「お、おい」
 慌てたが、幸い口ずさむ程度だったためか、何が起こるでもなく、胸を撫で下ろしながら、アキュートは首をかしげた。
「何か気になることがあるのか、ペト?」
「天に連なる者、のことです。歌では、太陽と月で訳されていたのです」
 そういえばそうだったな、と過去歌姫が約した、という現代の歌の方を思い浮かべる。
「うん、それで?」
 促したアキュートにペトはぴし、と指を天井に向けた。
「きっと、神様のことなのです」
「神様……?」
 浩一が思わずと言った様子で割り込むと、ペトは小さな頭をこくりと頷かせた。
「お空から見下ろしてくるひとから、隠れているんだと思うのです」
 その言葉に、アキュートと浩一は一瞬顔を見合わせると、その顔を難しいものにした。
「……やっぱ悪魔かな?」
「わかりません」
 敢えて冗談めかした声への返答は硬い。アキュートはううん、と唸ると首を捻った。
「原文、と言えば、これに似た文章が、どこかにあったような……」
 確か、と記憶から引っ張り出そうとしていると「ストーンサークルの碑文ですね」と浩一が頷いた。
「そういえば、ツライッツさんが残っているはずです」
 調査のためにも、一旦戻りましょうか、という浩一の意見に頷き、三人はストーンサークルへと踵を返したのだった。




「”八つの意思が示す、点と点を繋いで星の瞬くを描け。古に嘆く者、その繋がりを断絶す。彼が干渉を阻害せんと、太陽の刻印は繕いたる。地の底眠る、彼の眠りを”……ですね」

 三人を迎えたツライッツは、クローディスの訳したその一文を説明する。鳳明たちの人払いによって、ストーンサークルの周辺は、町の中心地であるにもかかわらずやや閑散としている。
「悪魔かどうかは兎も角、”彼の干渉”とは恐らく天に連なる者……この時代の解釈で行けば、神……国家神、と考えてよいと思います」
「国に敵対していた何か、と言うことですか?」
「敵対していたのか、禁じられていた何かをしていた、あるいは所有していたか……」
 ただ、とツライッツは続ける。
「どちらかというと、ニュアンスは邪教的なもののような感じですね」
「邪教……?」
 浩一が問い返そうとした、その時だ。
「――また、こいつの書き込みだ」
 屍鬼乃が思わず、といった様子で呟いたのに、皆がそちらに視線をやった。
「こいつ?」
「地輝星祭が始まった辺りから、頻繁に書き込みしてるヤツが居るんだ」
 首を傾げるアキュートに、理王が簡単に説明する中、天音がモニターをひょい、と覗き込んだ。
「今度は何て?」
「『絵に描いてみたんなら判るだろ』ってさ」
 肩を竦める理王の視線の先の画面では、相変わらず攻撃的な口調が並んでいた。
『単純なモンなんだよ、大掛かりな術ほどな。要素を詰め込めるだけ詰め込んでも、根っこは一本。順番と目的だ』
 ただ星を順番に並べて、地面に星を描き出すことが最大の目的であり、それ以外の要素は全て増幅のための付加要素でしかないのだ、とその書き込みが語る。天音が作り、理王がライブで発信していた図に、事細かな注釈を入れて寄越したその人物の名前に、天音が目を細めた。
「愚者……ね……」
 意味深だね、と呟くのを横で聞きながら、理王が美少女のアバターを使って返事を書き込んでいく。
「そんな大掛かりな術を、二つも作る必要があったの?」
 それに対して、『大掛かりって程じゃねえよ』と、返答は速やかだった。
『二重にしたのは、地下の封印を誤魔化すのに必要だったってだけさ。わざわざ上から削りなおしてな』
 その何気なさそうな一文に、皆がその表情を変えた。
「……地下の情報は、まだ殆ど開示してないぞ」
 理王が呟き、目線で合図を送ると、屍鬼乃は得たり、と頷いてキーを叩き始めた。愚者と名乗る書き込みをした主の、逆探知を行おうと言うのだ。その間、「随分詳しいのね?」と理王が何も知らない風を装って書き込むと、愚者と名乗る誰かは、画面の向こうから笑い声の聞こえそうな文面でこう書き込んだ。
『当然さ。封印を解くための、準備をしたのは、俺だからな』
 皆が声を失う中、愚者は、最後にこんな一文を書き込んで、ぷっつりと掲示板から姿を消した。

『忠告はしておくぜ。起こすなら順番を間違えるなよ。飼い主が眠ったままじゃ、獣の檻だけ壊すことになるぜ』