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Cf205―アリストレイン―

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Cf205―アリストレイン―

リアクション

「そこまで、方向音痴か……」
 エヴァルトが天井を仰ぎ見た。
 まさか、列車を乗り間違えているなんて。しかも、行き先が地球、上野行き。北とか南とか、地図が読めないとか、見知らぬ土地で迷うとか、アリサがそいうレベルの方向音痴じゃない事を今理解した。
「珍しいな。こんなところにアリサがいるのは」
 食堂車側から入ってくるなり、アリスを見つけて柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は言う。
 本来、アリサは天御柱敷地内から出ないように取り図られているからだ。天御柱生徒でもなかなか会うことができない。が、彼女が誰であるかは特別仕様の赤い制服を見ればわかる。
「アリサさんおひさしぶりですね〜」
 と、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)
「アリスと話したときいらいかしら?」
 フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)も続いて言った。
「君がアリサさん? 風紀員として知って入るけど初めましてだよね」
 その後ろから天御柱風紀委員の榊 朝斗(さかき・あさと)が顔を出した。
「へぇ、あなたがそうなの」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が科学者的興味の瞳でアリサを見ているとアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、
「初対面の人をそんな感じで見ちゃだめですよ」
と、注意する。メガネを光らせている白衣を怖いと思うのはわかるが、ルシェンはこれでも強化人間のカウンセラーをしている。が、アリサを担当したことはなかった為、これが初めての会合となる。
「お弁当にロシアンティーはいかがですか?」
 富永 佐那(とみなが・さな)がジャム入りの紅茶を差し出す。食堂車で買ってきたものだ。持ち運び用に紙コップに注がれている。
「お弁当に合うかわかりませんけどね」
 アリサの開いている格子仕切りの弁当を見てエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)は苦笑した。洋食の弁当もあっただろうに――と。
「ありがとうございます」
 アリサがコップを受け取る。少し熱い。注いできたばかりなのだろう。レディグレイの柑橘の風味にジャムの甘みがちょうどいい。けど、確かにお弁当には合わない。
 佐那が紅茶を啜るアリサを眺めて、気になる事を言った。
「アリサさんの服、私と同じ天御柱の色違いですね」
「これ、学校からの指定なんです。処遇上の判別とかで」
 佐那は青、アリサは赤い制服。何らかの縁を感じなくもない。しかし、佐那の青を安全なるものとすれば、アリサの赤は危険色。処遇上というのは、ひとつは、契約主を持たない強化人間として学校が管理していることの証。もうひとつは、空京を巻き込んで事件を起こしたことによる、危険性をはらんだ要監視対象としての色別の為着せられているのだった。
「赤なら僕のコートとおそろいだよ!」
 【真紅のロングコート】自慢げにアピールする朝斗。ファッションというなら、彼のようなものを言うべきだ。同じ赤でも自分の選んだ色を着こなすことこそ。
 ただ、アリサ、佐那の女性二人にも身長で10cm以上負けていることで、その自慢気な行動が可愛く見えてしまう。
「猫耳つけたい……!」
 ルシェンの口から欲望が漏れだすくらいに――。
「そういえば、あなたの別人格ってどうなったの?」
 真面目に戻り、ルシェンは続けて訊く。
 一応の顛末は知っている。擬似人格チップを美羽によって破壊された為、別人格アリス・アレンスキーは消滅した。しかし納得がいかない。納得がいかないのは、アリサが消えたことではない。ルシェンが納得行かないのは、強化人間的不安定要素を取り除くための模擬人格を失ってもなお、”カウンセリング”が必要ないほどにアリサが安定していることだ。それも、契約主を持たない状態で。
 箸を置いて、アリサは静かに答えた。
「彼女はもういません」
 それを証明するように、前髪かき分け、その下に隠れていた小さな手術跡を見せる。破壊されたスティモシーバーの破片除去手術の痕だ。
「仕方ないわね。二重人格が共存するのは難しいもの」
 フレリアが言う。彼女もアリサと似ていたが、人格をヴェルリアと肉体的に分断することができたが、そうでなかった結果が目の前にある事を認識する。
「そうなの? 僕は《アサト》と共存できてるけど」
 朝斗もまた二重人格者だった。ただし彼の人格が表に見えることはない。
「でもアリサさんが元気そうでよかったです」
 アリスを哀れみつつも、アリサの健在を喜ぶヴェルリアにアリサは礼を述べる。
「ありがとう。ところで――」
 今度はアリサが皆に尋ねる。
「ところで、カナンには後どれくらいで着くのですか? ウエノというところの後?」
 沈黙が訪れる。
 誰しもがアリサの質問にどう答えてやるべきか迷うのだった。