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少女に勇気と走る夢を……

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少女に勇気と走る夢を……

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「美絵華ちゃん、驚かせてごめんね。大丈夫?」
 香奈が恐怖で青白い顔をしている美絵華の元に急ぎ、優しく言葉をかけた。

「……うん」
 震える声でうなずいた。

「とりあえず、ここを離れよう」
 香奈は美絵華の手を握って場所を移動するようにみんなに言い、みんなも異論無しで別の場所に移動した。

 安全な別の場所。
 説得の続きが再び行われた。

「だから、これから先どうなるかなんて誰にもわからない……諦めるな!」

 カンナは熱い言葉を美絵華に言った。その後で心の中でらしくない事を言ってしまったと後悔してしまうが、美絵華の心には通じた。

「……でも」
 言葉を濁す。カンナの言葉はよく分かる。だけど気持ちはそうすっきりしない。怖くて不安なのだ。

「まずは身近な事で美絵華ちゃんは何かやりたいと思う事はないの?」
 香奈が身近な事を話題にして少し元気になって貰おうと説得に加わった。

「マラソン、最後まで走りたい。邪魔されたから」
 香奈の言葉に美絵華の分身は元気よく答え、恨めしそうに邪魔をしたお兄ちゃんやお姉ちゃん達をもう一度見た。

「……だな」
 エヴァルトは苦笑を浮かべた。
「続きは病院に戻ってからだ。その思いをもう一人の美絵華に話してくれ」
 真司も一言。
「……病院」
 美絵華の分身はほんの少し不安そうに顔を伏せた。

「手術なんてすぐに終わるよ。何も怖くないんだから」
 そんな彼女に見習いの医者のローズが不安を取り除こうと加わった。

「……」
 じっと真偽を確かめるようにローズを見つめる美絵華の分身。

「私、見習いだけどお医者さんだから」
 とんと胸を叩きながらローズは言った。

「……分かった」
 ほんの少しだけ心が落ち着いたのか小さく戻る事をみんなに伝えた。

「じゃ、解除薬は僕が預かっておくよ」
 にっこりと分身託が美絵華の分身に手を差し出した。

「……うん」
 助けてくれた人だと認識している美絵華の分身は何の疑いも無く解除薬を分身託に渡した。

「ありがとう」
 礼を言うなり、みんなから離れて解除薬のふたを開け、中身を垂れ流す。

「な、お前、何してるんだ!?」
「解除薬を!!」
「何でそんな事をするの!!」
 エヴァルトに真司とローズは思わず声を上げた。

「何って見ての通りだよ。こんなことをする理由は一つ。楽しいからだよ。それ以上に深い意味なんてないしねぇ」
 分身託は肩をすくめながら当然だと言わんばかりに答えた。口元には悪戯を楽しむ笑みが浮かんでいた。

「……それは俺達も賛成だぜ。楽しいのが一番だからな」
「面白くなきゃ、人生じゃないし。な、ヒスミ」

 悪戯好きのロズフェル兄弟は力強く分身託の言葉にうなずいていた。

「おまえ達がうなずいてどうするんだ!!」
 エヴァルトが事件の犯人である双子に言った。

「もしかして、分身か」
 悪さをする様子から真司は分身ではないかと疑った。

「大丈夫かのぅ」
 異常を察した信長が『ファイナルレジェンド』を分身託の手にある解除薬に向けて放った。この時はまだ忍の分身との戦いの最中であったが、分身が援護をしているので。

「おわっ」
 『行動予測』を持つため分身託は避けた。

「今だ」
 その隙にカンナが解除薬を思いきっり蹴り上げた。
 宙に浮いた解除薬を唯斗がキャッチ。

「大人しくしろ」
 素早い動作で解除薬をかけるが、

「そうはさせないよ」
 分身のふりをしていた本物の託が現れ、分身の盾となって解除薬を防いだ。

「くっ、解除薬が残りわずかか」
 唯斗は中身を確認しながら言葉を吐く。

「残念だねぇ」
 二人の託は楽しそうに笑うが、すぐに二人の顔は歪む。

「……」
 カンナが『悲しみの歌』を歌った。
 歌は見事に託達に効果を発揮し、意気消沈の様子で動けなくなった。

「今だ!」
 唯斗は今度こそ託の分身に解除薬をかけ、分身を消した。

「……楽しかったよ」
 分身は悪戯な笑みを浮かべながら消えていった。

「……それじゃ僕はこれで」
 まずい状況を察した託は痛い目に遭わされる前に脱兎のごく逃げて行った。

「……予想外の展開だったけど、薬は大丈夫?」
 香奈が心配そうに訊ねた。

「……無い。さっきので最後だったようだ」
 中身を確認した唯斗はみんなにも分かるようにと容器を逆さまにした。雀の涙ほどもこぼれない。

「……解除薬は無事か」
 自分の分身を倒した忍が信長の分身と共に現れた。

「何かあったのかのぅ?」
 場の雰囲気がおかしい事を察した信長の分身が訊ねた。

「……薬が無くなったんだヨ」
 ディンスが二人に答えた。
「……薬が」
 そう言い忍は解除薬の容器を見た。

「とりあえず、解除薬の事は後で考えよう。作る事も出来るだろうから」
 ローズは、何とか話を変えた。

「そうだな。今は病院に帰る事が一番だ」
 エヴァルトも賛成し、病院に戻る事にした。

「俺はここに残るよ。またこいつが起きて悪さをしないように見張りたいから」
 忍は気絶している自分の分身を思い出しながら言った。

「しーちゃんが残るのなら私も残るよ」
 香奈も当然残る。

「私も残ろうかのぅ。我が分身と別れる前に一つ敦盛でも舞いたいからのぅ」
「そうじゃな」
 信長の言葉に分身がうなずいた。

「俺は自分の分身が気になるから行くぜ」
「私も行くヨ。分身が目を覚まして信用落としていないか心配だからネ」
 唯斗は空になった霧吹きをエヴァルトに渡しディンスもここで別れる事にした。

 この他のメンバーはこのまま美絵華の分身を連れて病院に戻る事にした。


 病院、中庭。

「みんなが帰って来たよ」

 零が解除薬と美絵華の分身を連れて戻って来た協力者に気付き、声を上げた。

「全て無事かのぅ」
 ルファンが美絵華の分身と解除薬の無事を訊ねた。
 その言葉に戻って来た者達の顔色は芳しくなった。

「……何かあった?」
 涼介が理由を訊ねた。

「……美絵華の分身は無事なんだが解除薬は」
 真司は、美絵華の分身を見てエヴァルトの方に視線を送った。
 
「この通りだ。トラブルに遭ってぶちまけられた」
 真司の視線を受け、エヴァルトは解除薬の容器を逆さまにして答えた。
 これは残っている者達も予想外だったのかざわついた。

「そりゃ、まずいな」
 残った者を代表してウォーレンが感想を口にした。

「だから、今から解除薬を作ろうと考えてるんだけど」
「二人なら早く作れると思うから」

 ローズは一刻も早く騒ぎ解決のため解除薬製作を名乗り出た。分身の言う通り二人なら早く出来上がるはず。

「それなら私も手伝うよ」
 涼介がローズの手伝いを申し出た。人手は多い方がいいという事で。
 何よりこれ以上事態を放置しておくわけにはいかない。

「それならダリルに声をかけたらいいよ!」
「今日、仕事で来てるから。仕事が終わってたらきっと手伝ってくれるよ!」
 美絵華の横にいるルカルカが三人目の協力者を紹介し、分身がダリルがここにいる理由を簡単に話した。

「ありがとう、声をかけてみる」
 ローズはうなずき、涼介と共に一度病院へ入った。
 別の場所に移動する時間が惜しいので病院で解除薬製作をする事にした。