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サクラサク?

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サクラサク?
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第5章

 マーガレット・アップルリングがライトアップしている桜の木の下で、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、ガイドブックを握りしめている。
「ガイドブックにも載っていた名物の桜が咲いてない……もののけの仕業ですの! わたくしには、わかりますわ。闇の気配を感じますの!!」
 楽しみすぎて、前日良く寝れてないので、テンションがいつも以上におかしい。満開で迎えてくれると思ってた桜が咲いてないことに憤慨して、ひとり騒ぐイコナに、リースもおろおろするばかり。
「あの……ええと、お客様、今、飾り付けしてますし……もう少し待っていただければ、きっと……」
 小さな声で、リースなりに、一生懸命に話しかけるが、イコナは構わず、悪者捜しをはじめた。
「何と言う邪悪……見つけましたわ!」
 ビシィッ! とイコナが指さしたのは、ぶらぶら彷徨っていたゴン・ゴルゴンゾーラ(ごん・ごるごんぞーら)
 もちろん、桜とはまったく何の関係もないのだが、「ちょっとからかってやろう」という気になったゴンは、ダッシュして、イコナに体当たり。
「きゃあっ!」
「イコナちゃん!?」
 悲鳴を聞きつけて、お守り役のティー・ティー(てぃー・てぃー)が駆けつけてきたが、「あの白狐が桜が咲くのを邪魔してるのですわ」というイコナの主張は、まったく信じようとしなかった。
「狐さん。可愛い……イコナちゃんが、悪者扱いするから、怒ったんですよ」
「もう、どうして、わたくしより初対面の白狐の味方をするんですの!?」
 ティーには無害そうに振る舞うゴンだったが、警戒を緩めないイコナには、面白がって、
「ククク……良くぞ気づいたな……」
 などと、すれ違いざまに、そっと耳打ち。
「な、何をたくらんでますの……」
「さてな。ククク……間抜けな人間どもだ」
 そうやってイコナで遊んでおきながら、自分を気に入った様子の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)には、おとなしくもふもふされているゴンなのだった。
「露天風呂の修理が終わったらしいよ。一緒に、旅館名物のグルメめぐりに行こう!」
 ローズに連れて行かれたゴンを見送りながら、イコナは、
「わ、わたくしが皆を守らなくては……」
 と、見当違いな決心をするのだった。

 仕切りの塀が修理された後、女性陣の皆と一緒に、露天風呂に入り直した清盛は、脱衣場の外の廊下で、ローズに声をかけられた。
「もしかして、平清盛?」
「ああ、私が清盛だ」
「私は、九条 ジェライザ・ローズ。 日本にも住んではいたけど、温泉は初めてだ! これが温泉! これが温泉旅館! 何もかもが素晴らしい! この床のフローリングも、滑らなくて素晴らしい!」
「使い込まれているだけだろう……」
 初めての体験に興奮しまくっているローズに、清盛のツッコミは届かない。
「清盛が食べているものは、何だ?」
「これは、温泉卵だ」
「私も食べたい」
 清盛が売店の場所を教えると、ローズは、温泉卵とフルーツ牛乳を買った。ジュースの類の飲めないゴンには、温泉卵と、飲用の温泉水を用意する。
「不思議な卵だな、固まっているようないないような……牛乳をフルーツと混ぜるのも斬新だ……」
 そう言いながら、ひとくち、ひと飲みした途端。
「な、なんという味わい! まったりとしたコク、爽やかな充実感! きつねさん……ここは天国だろうか!?」
「大袈裟だなあ」
 涙を流して感動するローズに、ゴンも清盛も、苦笑するしかなかった。
「ところで、これからが本番の温泉だが、ひとつ聞きたいことがある」
 ひとしきり流した涙を拭い、ローズが、真顔で清盛に尋ねる。
「何だ? 私でわかることなら、教えるよ」
「水着売場はどこだ?」
「はあ?」
 ぽかんと口を開けた清盛の代わりに、ゴンが、温泉では裸にならなければならないことを教えなければならなかった、
「な、なんだってー! ジャグジーとは違うのか……」
「ちなみに、湯に入るときは、タオルもマナー違反だから」
 今までで一番の衝撃を受けたローズは、女湯に残っていた音々の指導を受け、初めての露天風呂に浸かり、さらなる感動を味わうことになるのだった。

 マーガレット・アップルリングとナディムの飾り付けを終えるころには、五月の太陽もようやく傾き、西の雲も茜色を帯び始めた。
 兵学舎の面々に誘われて、慰安旅行にやってきた佐野 和輝(さの・かずき)が、早めにやってきた宿泊客たちで賑わう大広間に座ると、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、ぴったりと横に寄り添った。アニスは、極度の人見知りで、和輝が、
「久しぶりにノンビリしたいから、風呂には行かない」
 と、言ったときには、
「え〜、アニスお風呂生行きたいのに〜……う〜……えと、精神感応でずっと繋がってて。アニスお風呂に行きたいから」
 などとせがんできたほどだ。
 松永 久秀(まつなが・ひさひで)だけでなく、兵学舎の屋良 黎明華(やら・れめか)が一緒だったせいか、珍しく別行動をするなら、と了承したのだが、こういった場面での精神感応というのは、なかなか厄介で……、
「にゃは〜♪ おっ風呂〜♪ おお〜、おっき〜いお風呂だ!! 凄い! 泳げるぐらいに広いよ、和輝♪」
 という程度なら、まだ良かったが、
「あっ、あの人の胸、おっきい! 黎明華よりも久秀よりも、ずっとずっとおっきい〜!」
 などと聞かされて、相当に困ることとなった。
 そんな和輝の前に、酒の盆を持ってきたのは、やはり兵学舎の源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。
「ん? 酒ですか?」
「厨房が忙しそうだったから、自分で選んで、もらってきた」
 風呂では、貴仁や黒羽に身体の傷痕のことを聞かれて、
「階段で転んだんだ」
 と、彼なりのジョークのようなもので誤魔化した鉄心だった。実は、地球の紛争地帯に居た頃の銃創や、榴弾・地雷の破片で負ったものの名残なのだが、そんな話は、のんびりと楽しみに来た温泉旅行には、相応しくないだろうと考えたのだ。
 死んでもおかしくない傷を負いながら、幸か不幸か、悪運強く生き延びてしまって、ティーと出会って……「花よ、やすらえ」というが、今、こうして過ごせる時間も、同じように大切にしたい、と鉄心は思う。
「さまざまのこと思い出す桜かな……と歌ったのは芭蕉だったか。彼にとっては、桜は、思い出をよみがえらせる花だったんだろうかね」
 まだ花をつけていない枝を見上げながら、和輝の杯に酒を注ぐ。
いつかは、今日のこと思い出す日もあるのだろうか……ティーやイコナ……付き合ってくれた皆にとっても、良い思い出になれば良いな。
「あら、もう飲んでいるの?」
 どこかしんみりとした和輝と鉄心の酒盛りは、身支度を調えてやってきた久秀、黎明華、それから、黒羽に引っ張られてやってきた貴仁の乱入で、たちまち、賑やかな宴になった。
「悪いな、久秀と酌み交わすと言っていたのに、先にはじめてしまった」
「良いわよ。今日の久秀は機嫌がいいから、特別に許してあげる」
 クスクスと笑いながら、久秀は、自分が選んできた酒を、まず和輝に、それから成年済みの者に注ぐ。
「久秀が選んだ銘柄だから、外れはないわよ?」
「へぇ、珍しいな。久秀が、俺以外を酒の席に招くどころか、酌をするなんて……まあ、久秀も楽しんでいるなら俺も嬉しいけどな」
 クスクス笑い続けている久秀は、見た目の年齢にそぐわない蠱惑的な色気をもっている。どうやら、今夜は、ウブな男性陣を弄ぶことに決めたようで、かなり危険な存在となりそうだ。
 黎明華は、兵学舎の皆と出掛けることになったこの旅行を、一日千秋の思いで待ち焦がれていた。
「みんなで温泉♪ 楽しかったのだ〜〜! 温まった後は、この日の為に、黎明華が用意した、秘蔵のキマク名産の日本酒を『まぁ、一献』なのだ〜! 未成年の子にはキマク生搾りオレンジジュースをどーぞなのだ〜!」
 当然、返杯も貰って、黎明華も飲みまくる。イイ感じに酔いがまわってきたところで、
「ここらで一発、日頃の感謝をこめて、マッサージしてあげるのだ〜〜」
 と、言い出した。
「失恋して凹んでいる貴仁さんを励ます為にも、一生懸命がんばるのだ〜〜!」
「うわ、痛い痛い、強すぎます〜」
「静かに飲んでいる佐野さんは、明るく楽しく揉んであげるのだ〜」
「いや、俺は結構です……うわっ!」
「あ、そこにやってきたのは、貧……で悩んでいる九条ろざりぃぬたん! 手が滑って胸を揉んで上げるのだ〜」
「やめてくれ〜」
「鉄心さんには、ロリ気質を矯正させる為にも、大人の女の魅力たっぷり、お色気たっぷりでひゃっはあっ! なのだ〜♪」
 酔い酔いハイテンションの襲撃を、鉄心が素早く避けて、黎明華は畳に激突!
 ズザザッ!
「ふにゃ〜なのだ〜」
 そのまま、夢の中へと旅立っていった。