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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

 7.――



     ◆

 楽器とは、即ち奏でる為にあるものだ。確かに観賞して楽しめるだけの作りを持った物も中にはあるが、しかしそれはある特定の物のみであり、その全てに該当する訳ではない。
この時、このタイミングで以て部屋にある楽器(それ)は、観賞して楽しむだけの魅力を秘めているわけだが、音楽に多少なりとも携わった事がある存在であれば、観賞するよりも実際にその音色を楽しみたいと思うだけに、一種オーラの様な物を纏っていた。
「とりあえずはハープがある部屋は見つけたんだけど……って言うか目の前にあるけど……」
 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は足を踏み入れた部屋の中を見渡しながらにそう言うと、部屋の中央に据えてあったハープに近付き手を伸ばす。部屋に三つある窓にはそれぞれ、ハープに手を伸ばしている東雲、彼のパートナーであり、東雲同様辺りを見回しているリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)。リキュカリア同様彼のパートナーであるンガイ・ウッド(んがい・うっど)の姿が映っていた。
「ねえ東雲。それって勝手に触ったらまずいんじゃないの?」
「あ、やっぱり? でもさ、ランドロックさんの姿見えないし……ほら、それにこの感じ。やっぱり音聞きたいからさ」
「暫し待たれよ、我がエージェント」
 東雲が手を伸ばした先、ンガイがハープと彼の手の間に割って入り、言葉を発する。
「確かにそなたの気持ちもわからんではない。これはそう言う類の雰囲気を持ってる。が、だからと言って他人様の物を勝手に触り、あまつさえそれを使うと言うのは違うきがするぞ? よしんばそれをこの持ち主が了承したとして、しかしそれはあまりに不躾。我がエージェント。その他がこの持ち主とどういう関係性を築いているか、我は知らんがしかし、どうあれ親しき仲にも礼儀あり。ぞ」
「おいシロ勝手に住み付いてるお前が言うな」
 言い終ったンガイの頭をむんずと掴み、リキュカリアが顔を近づけながらに言った。
「ご主人……今日は随分乱暴だな。若干頭が痛いのだが?」
「痛くやってるんだから当然でしょ! っと……でもまあ、シロのいう事も一理あるし、東雲、ボクとしても、勝手に触ったり弾いてみたりって言うのは、あんまりおすすめできることじゃないよ」
「まあ……そうだよね。じゃあランドロックさんが来るまで待ってる事にするよ」
 ため息をつきながら、彼は近くにあった椅子を引き、それに腰かけた。視線は常にハープを据えながら。
「へぇ、盗みに来たわけじゃないんですね」
 三人の会話が、東雲が着席した事によって終局を迎えた次のタイミングで、声がする。
声の主は部屋の中にあった調度品の陰から現れると、何やら興味深そうに三人を見て、更に言葉を繋げる。
「ああ、でも確かに教えて貰ったのは三人組みですけど、皆さん女性、って仰ってましたね。あのお兄さん」
「で……でもさ、もしかしたら変装してるだけも、だよね……」
 調度品の陰から現れた彼女の後ろに更に隠れながら、違う声が聞えた。
「それはないと思いますよ? 話を聞いていたらどうやら、あのお姉さんのお知り合いさんみたいですし。ああ、そうでした。名乗り忘れていましたが、私、本宇治 華音(もとうじ・かおん)と言います」
「僕はマーキー・ロシェット(まーきー・ろしぇっと)……です」
 華音とマーキーが名乗ると、きょとんとした顔の三人へと向かい、華音が歩み寄った。
「んー……それで? 貴方達があのお姉さんのお知り合いなのはわかりましたけど、何故このタイミングで此処に?」
「いや、ウォウルさんに呼ばれたんだよね。なんでも良いハープが手に入ったから、って。それで聴きたいって言ったら、此処に呼ばれたんだよ」
「まあ、ただ聞きたい、ってだけではなかったけどね」
 東雲の言葉を補完するようにリキュカリアが良い、隣でンガイが数度頷く。
「兎に角。僕たちは呼ばれただけで、一体此処で今何が起こってるかはわからんだ」
「そうでしたか」
 華音は納得すると、今までいた場所まで戻ってマーキーの隣に立ち、人差し指を立てて説明をし始める。
「ではまず、現状をお伝えします。貴方達もそれは、聞きたいでしょう? 何せ自分たちを呼び出した人たちがいないんですから」
「それはまあ、そうだね。ボク達だってずっと待ってられるだけ暇じゃあないから」
 リキュカリアの言葉に頷いた華音は、説明をする為に再度口を開いた。
「今このお屋敷の中では、ある物を盗もうとしている泥棒さんがいます。事前にわかっているのは三人組みであること、そしてその三人が女性である事。想定しておくこととしては、協力者がいると言う事。そしてその協力者がコントラクターである、と言う事です」
「何だか話がややこしいね………それで? 盗もうとしてる物ってのは一体何なのさ?」
「それですよ」
 天井に向けていた人差し指を、手首を返して三人の方へと向ける彼女。厳密には、三人に向けた訳ではなく、自分たちと三人との間に鎮座する、ハープを指している彼女。
「ハープ……? これを盗むの?」
「ええ。その様です。昨晩、犯行予告があったそうなので、目的は明確です。更にこの家の主であるあのお姉さんが、偶然その姿を見ていて、恐らくある三姉妹なのだろう。と言うところまでは行きついています」
「ほう。そこまでわかっているのであれば、自ら犯人を捕らえに行けば良いではないか」
「それがね、私を始め、皆さん思ったみたいなんです。でもね、あのお兄さんはにやにやと笑顔を浮かべてこう言いました。“それじゃあ全く面白くないじゃないですか”」
「……言いそうだね」
「ホント……この前もそんなこんなで探偵ごっこしてたし」
 東雲とリキュカリアはその“彼”と面識がある為に含みながら苦笑する。
「そうなのか? ご主人様よ」
「……うん、結構癖が強いって言うか、何でも受け入れちゃうっていうか。まあ、ボクたちもそこまでの付き合いではないんだけど。でも初対面でまずそう思ったもの。仲良くなっても多分それは変わらないから、断言できると思う」
 リキュカリアの説明に数回頷いたンガイが華音の方を向いた。
「ならばまあそれはいい。ならばそなた等は此処で一体何をしているのか。家主やその男は何処にいる」
「お姉さんは見回りと警備、お兄さんは知りませんよ。屋敷の規模から考えても、とてもとどまって守る事は出来そうにないですから」
「だから、僕たちが此処でこのハープを見張っていたんです」
 静かだったマーキーがハープに近付きながらに言う。何処かおどおどしていたのが嘘の様に、ハープをまじまじと見ながら声を弾ませている辺り、どうやらハープをまじまじと見てみたかったらしい。
「これがはーぷ、という物ですか! 綺麗ですね!」
 声を弾ませているマーキーの隣、東雲が穏やかな表情で近付くと、ハープを見ながらに口を開く。
「これは楽器、なんだよ。とても素敵な音色の楽器。こうやって見ているだけでも綺麗だな、と思うけど、音色を聞けばもっと嬉しい気持ちになれるんだ」
 この世界。人間が普通としているものであっても、それを知らない存在と言うのも中にはいる。それを知っているからこそ、彼はそうマーキーに説明した。恐らくは知らないだろうと踏み。恐らくはわかっていないだろうと思い。彼は優しくそう教えた。
「楽器……ですか。それは音がするものなんですか?」
「そう。音を楽しむ物。聞いてる人の心を、気持ちを弾ませる物。だから俺は、多分ディーヴァになったの、かもね」
 何かの為にする事は、それが必ずしも偽善であるとは限らない。相手が、全てが喜んでいれば、それが幸せだと感じる存在も確かに居るのだ。それは必ずどこかにいる 。否、どこにでもいるのだ。彼はマーキーの肩に手を置いて、ただただハープを眺めている。

 そこから暫くは、部屋にいる彼女たちと彼等の会話が続き、いつしか親睦を深めていたり。当然敵対するべき相手ではない。と、お互いに理解しているから、なのではあるがしかし。既にハープを抜きにしても、旧知の仲とでも言えるように、話題が途切れる事がなかった。唯一途切れるとするなれば、それは第三者がその空間に入ってくる、と言う行為それのみであり、そしてそれがあったからこそ、彼等の部屋は一瞬の元に静まり返った。
「あら、皆様こちらに居ましたか」
 声の主は、ラナロック。この家の持ち主であり、間接的にではあるが、東雲たちを此処へと呼んだ本人が一人。
「ランドロックさん! 待ってたよ……こんな時間に呼ばれて、まあこの敷地なら音とかを心配する必要はなさそうだけど……。でもなかなか来ないからちょっとね」
「すみません。ちょっと取り込んでいたもので……」
 ラナロックは苦笑しながらにそう言うと、後ろ手で扉を閉める。
「さて、物語も一段落着きそうなので、そろそろご要望にお応えしようかしら。ふふふふ」
 笑いながら部屋の中央へと歩く彼女は、その手に何やら小さな発信機の様な物を持っていた。ハープが立てかけてあった椅子の上へと置き、椅子に立てかけてあったハープを動かすとその椅子へと腰かけた。
「私もあまり得意、と言う訳ではないのですが、それでもいいですか?」
「うん。大丈夫だよ!」
「いや、って言うかなんか動き手馴れてるようね!? あれ!? 得意じゃないんじゃなかったの?」
 “得意ではない”と言いながらも、平然とハープを弾き、音色を確認しているラナロックへと全力でツッコミをいれるリキュカリアに対し、ラナロックはただただ含みのある笑顔を向けるだけで、返事をする事はない。
「曲は何かご要望が?」
「ううん、特にはないけど……そうだね、まあ無難なところで、良く聞く歌が良いかな。俺も歌詞、わからないからさ。専門的なやつだと」
 ラナロックがふんふん、とハープを奏でながらに数度頷き、音が取れた段階でその動きを止める。止めてから――。
「わかりました。それじゃあ……うーん」
「なんだ。呼んでおいたわりには準備が悪いのだな」
「シロ。そう言うの良いから。要らない発言だから」
「ふぎゃー!!! こ、これご主人様、抓るでない! いたたたたたっ!!!」
「うわぁ、ちょっと興味本位で来ただけなのに、まさか即興の演奏会が始まっちゃいますかぁ……。楽しみですねっ! お得な気分です」
「凄いですよ! 音が! 綺麗な音が出ています……! 感動です!」
 今まで立っていた華音、マーキーも近くにいあった椅子を引いて腰を降ろし、瞳を閉じてその音色を確認する。堪能し、満足げな笑顔を浮かべていた。
「わかりました。今宵はとってもお空が綺麗なので、この曲にしましょう」
 何かをひらめいたラナロックが弦を弾き音色を奏で始めると、どうやら東雲も何の曲であるかを理解したらしい。ラナロックと目配せして笑い、歌を歌い始める。


“星に願いを掛けるとしたとき
 みんながみんな、心にそれを思うとすれば
 きっと願いは叶うんだろうな。


もしもし心からの願いであれば
それはきっと難しい事なんかではなくて
だから星に願いを込めれば
きっとそれは叶うんだろう“


 随分と穏やかな空間に声と、ハープの音色のみが響き渡っている空間に、ふと華音が瞳を開く。
「あれ、これって――」
 その歌は――地球では日本語として理解されている言葉ではない。だから皆が皆、理解せずに聞いていた。響くだけの音だった。が、彼女は気付く。意味を持つ。
「どうしたんですか?」
「私の知ってる歌だなぁって、そう思ったんです」
 首を傾げるマーキーに返事を返しながら、華音は思わず、口を開く。
それは東雲と、そしてラナロックの奏でるハープと共鳴する様に響き渡り、辺りに新たな音色を作った。
歌っていた東雲がそれに気づいたのは、彼女が口を開いてから暫くしてからの事であり、彼は徐に華音へと近づくと、彼女の手を取ってハープの近くへと連れて行く。

 三人の協演。三人の共演。

     その場全員の――饗宴。