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第9章 そして、兄弟は

 夜の帳に包まれて。
 世界中に、たった二人。
 そんな錯覚さえ感じられるほどの静寂。
「……先に入って、待っていて」
 家庭教師用に与えられた部屋の前で、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は恥じらいながらムティルに告げる。
「ここまで来て、焦らす気か?」
 クリスティーの顎に手を当てる。
「時間は取らせない。すぐに……」
「駄目だ」
 クリスティーの肩を乱暴に掴むと、ムティルは部屋に入る。
 そのままベッドに向かおうとした時。
「兄さん……っ」
 部屋の奥から聞こえた声に、ムティルの体は強張る。
「ムシミス……?」
 その隙にムティルから離れるクリスティー。
 暗闇の中から、ムシミスの声が響く。
「……クリストファーさん、ありがとうございます。やっと、兄さんとこうして直接会うことができました」
「いいんだよ。もし上手くいったら……そうだね、お礼に君たちと一夜限りの契りってものを結んでみたいかね」
 ムシミスに答えるのは、クリストファーの声。
 クリストファーとクリスティーは、この部屋で兄弟が対面するように、更に出来れば一歩関係が深まるように、画策していたのだ。
「ムシミス、何だ、これは……」
 戸惑うような兄の声。
 兄の鋭いまなざしを感じる。
 それに怯えながらも、弟は言う。
「兄さん、僕、僕は……!」
「あっ……」
 それ以上は、言葉にならなかった。
 感情が、行動を後押しする。
 愛しい兄の肩を抱き、そのままベッドへ押し倒す。
 ムシミスの意外な行動に、抵抗できないまま組み敷かれるムティル。
「兄さん、兄さん……っ」
「ムシミ……ん、ぐっ」
(おやおや、これは……)
 そのままムティルの唇を奪うムシミスを見て、クリストファーは少し意外そうに微笑む。
(思ってたのとちょっと違う展開だけど、ま、上手くいったかな)
 これ以上はお邪魔かと、部屋を出ようとしたクリストファーの背中に、ムシミスが声をかける。
「待ってください」
「ん?」
 振り返ったクリストファーが見たのは、ムティルを組み敷いたまま、蠱惑的に笑うムシミスだった。
 その笑みには、ぞくりとするような色気が含まれている。
「先程言いましたよね。お礼に一夜限りの契りを……って」
「ああ、できれば、な」
「それは、今からでもよろしいでしょうか?」
「三人で、ってことかい?」
「おい、ムシミス……っ」
「ふふ」
 下から聞こえる兄の声に小さく笑って返すと、ムシミスは続ける。
「こんな機会を作ってくださったあなたには、感謝してもしきれません。よろしければ……ね、兄さん、どうでしょう」
「……っ、す、好きに、しろ……っ」
 ムティルの声が、小さく聞こえた。