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リアクション
●御曹司を守れ!
「う〜ん、会場はゴージャス、食事はとれびあ〜ん。でも僕のお相手になりそうな素敵なレディはいないようだねぇ」
あっちへこっちへの食事をつまみながら、御曹司はそう愚痴を零した。
付近で彼の警護をしていた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、煌びやかな仮面舞踏会の風景に、つい任務を忘れて目を奪われていた。
そんなうっとりと周りを見ている東雲に、リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)が声をかける。
「ぼうっとしてたら怪我しちゃうよ。ボクにとってキミの安全が一番なんだから、気を付けてよね。さっきから何にそんなに気を取られてるの?」
ルノの言葉に東雲は我に返る。
「あ、ああ。仮面を付けても気品がある人は、っやぱりオーラを感じるなあってね。恋人達も話している雰囲気で誰と誰がそうなのか、分かるよね。それ見て楽しんでいたんだ。そう言えば、父さんと母さんもこういう仮面舞踏会じゃないけどパーティで出会ったって言ってたんだよね」
「そっか……東雲もそういう相手をパーティで見つけたくなった?」
少しだけ真面目な顔でルノが聞くと、東雲はふっと表情を緩める。
「どうだろう? 俺には、そういうものは無縁だと思ってた。恋人になってもすぐに死んでしまうなら無責任だって」
いつになく本音を言う東雲の言葉に、ルノの表情は優しくなる。
そんな2人を遠巻きに面白く無さそうに見てるのはンガイ・ウッド(んがい・うっど)だ、
(う〜、エージェントと白乳金の魔女が難しい話をしてるので、我は暇なのである。空気なのである)
手持ち無沙汰で相手をして欲しいが、東雲達の話しかけ辛い雰囲気に彼女は上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)に電波を送った。
(寂しいぞ、ネガティブ侍!)
そんな構って電波を送ってくるウッドに対し、影虎はふっと目を瞑る。
(この会場に入ってから東雲の雰囲気が変わった。特に術師と話してからはその変化が顕著だ。だったら俺達は黙って、代わりに護衛の任務を全うしてやるのが筋だろう)
そうぶっきらぼうに返すと、そのままンガイを無視する影虎。ンガイは心底面白く無さそうに頬を膨らませる。
そんな2人のやりとりを、東雲とルノは勿論、知る由もない。
「……でも、パラミタに来てから俺の気持ちも変わってきてる。色んな人達の絆を見てきて……羨ましいなって思った。人と心を繋げられたら、それは素晴らしいことだろうなって教えられた。だから……いつか俺にも好きな人が出来たら……素晴らしいことなんだろうな」
東雲が他の恋人達を目で追いながら吐露する中で、ルノは微笑んだまま静かに話を聞いていた。
彼女は恋人を作ろうとしない東雲をいつも気にかけていたが、どうやらルノがどうにかする前に自分で気付けたようだ。
「大丈夫、ボクはどこまでもキミを助けるよ……」
東雲の白い肌を撫でる為に、ルノはゆっくりと頬に手を伸ばそうとした。それとほぼ同時に起こったことは起きた。
「ん! 我の出番が来たようであるな! 相手をしてくれなくて寂しくて死ぬところだった、丁度いい!」
ナノマシン拡散をしていたシロ(もとい、ンガイ)は、近くに寄ってきた男達に気付く。
合図を影虎に送ると、彼は声に反応しライトニングランスで敵を貫く。
「くっ、意外に敵がばらけている! ここからでは全員を倒すのは間に合わない! そちらは貴公に任せたぞ!」
護衛の構えに入った影虎は、自分達よりもさらに御曹司の近くにいた御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)に向けて大声を上げた。
「ふふ、最近は何かと失敗続きですもの、ここで汚名返上させていただきますわ」
ウインクと共に千代は神速の動きで敵と御曹司の間に割り込む。黒スーツの女性がいきなり現れたので、たたらを踏んでパニックになる相手。
千代は敵の隙を見逃さず、その懐に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ!」
「残念ですわ、このような華やかな場所に物々しい格好で参加出来ませんもの。せめてこの鍛え上げた拳、存分に堪能してください」
他のメンバーが少なからず舞踏会の緩い空気に流されていたところに、流石にただ1人、護衛のみに意識を専念させただけある。
「教導団の鋼鉄の女秘書の真価、今こそ最大限に発揮致しますわ!」
いくら襲ってきた敵が大したことのない数だとは言え、その無駄のない殲滅行動は見事だった。
その上に、遠くにいた敵を倒したンガイと影虎が合流する。
3人の連携で、敵はあっという間に地に伏していった。
「スーツ女、中々の腕前だな」
ンガイの言葉にまんざらでもない表情をしながらも、千代は警戒を怠らない。
「さて、これで安心する訳にはいきませんわね。このタイミングで見える敵だけでなく、隠れた追っ手も一気に殲滅したいところですわね」
千代が構えると、御曹司の近くにいたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が前に出る。
セレンフィリティは髪を結い上げたいいところのお嬢様風の格好で、辺りの女性客の中に溶け込んでいたのだ。
「そんなに目をギラギラとさせなくても、私に任せてくれたらいいわよ」
「あら、近くにいたなんてまったく気付きませんでしたわ」
千代の言葉に、セレンフィリティはふっと笑う。
「にわか仕込みのカップルじゃなくて、相思相愛の二人だからこそ違和感なく空間に溶け込めるのよ」
その言葉は、横に立っている恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を指していた。彼女もセレンフィリティに負けない場の違和感のない格好で、こちらは貴婦人といった佇まいだ。
セレンフィリティは女性客、セレアナは男性客と踊ったり交流をしながら、殺気看破で辺りを探る。
「なるほど、私は騒ぎになりにくいように軽装で来たのだけど、そういう方法もありますのね」
千代は踊る2人の服の下から僅かに見えた鉄製の道具を見て、感心した。
ゆったりとしたドレスの中や、結った髪の毛の間に武器を隠し持っていたのだ。
警戒網を張るが、どうやらこれ以上は敵は会場に潜んでいないようだった。表でもかなり厳重に警備をしている為、敵も中には入りにくいようだ。
「な〜んだ、近くにいたらサイコキネシスで足下をすくってやろうと思ったのに」
少しつまらなそうに踊るセレンフィリティだが、余計なことに気を取られた為か、思わずドレスに足をひっかけてこけてしまった。
「あっ……」
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
彼女に差し伸べられる紳士達の手。
「あ、その、すいません」
事情を知らない男性客達の目から見れば、彼女は少しドジな麗しき女性に見えたのだ。
(何、あの男達。私のセレンに色目を遣わないでよ。セレンもセレンで、愛想を振り向かないで)
セレンフィリティの様子を見て嫉妬するセレアナ。当然、愛想振りまくのは任務の為なのだが、恋人である彼女には面白くはない状況だった。
(おっと、任務のことを忘れてしまっていたわ。敵が絶対にいないとは限らないし、まだ御曹司の婚約者の件もあるわね)
嫉妬で熱くなった頭を振ることで冷やしながら、任務に集中するセレアナだった。