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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   二

 第一班受験者:フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)瀬山 裕輝(せやま・ひろき)東 朱鷺(あずま・とき)

 試験会場である屋敷に足を踏み入れた途端、フレンディスは言いようのない不安感に襲われた。周囲は暗く、蝋燭の灯り一つない。気のせいか、頭痛や吐き気までしてきた。
 困ったことに、フレンディスたちの誰一人として、暗闇を進む術を持っていない。
「ここは私にお任せを……」
 フレンディスは緊張と気分の悪さを、無理矢理押さえつけた。
 彼女の目的は、明倫館で優秀な成績を収めることだ。だが、その自信が未だに持てない。そのせいか、試験は苦手な方だ。それを克服すべく、この補習にはパートナーを置いて一人で参加していた。今日の試験は、その総決算。何としても、
「私が請け負う部分は私自身の力で何とかせねば……!」
と考えていた。
 まずは目を閉じ【トレジャーセンス】で、目的の品である巻物の場所を探す。
「こちらです」
 次に【壁ぬけの術】で、その方角へ向かって真っ直ぐに進む。
 ――フレンディスの姿が見えなくなると、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が顔を出した。
「今のアリ?」
「アリでしょ」
 セレンは屋敷の見取り図を参考に、最も長くかかるルートを用意していた。その上で、必ず通る場所に待ち構えていたのだが、フレンディスはそれを無視して突き進んでしまった。しかも屋敷を壊さずに。
「さすが忍者……」
 肩を竦め、二人は次の受験者を待つことにした。


 巻物が置いてある部屋には人気はなかった。燭台もあるが、ここにも灯りはない。
 しかし、フレンディスは巻物のありそうな場所をすぐ見つけた。「捜索」は彼女の特技だ。
 それは、掛け軸にあった。下の軸棒が、明らかに普通のそれより太かったのだ。
「太巻き棒ぐらいありますね」
 仕掛けが心配だったが、幸い、何もなかった。フレンディスは、巻物を瀬山 裕輝に渡した。
 第一班が出て行った後、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は拍子抜けした顔で腕を組んだ。
「うーん、もうちょっと捻るべきだったかな……?」


 裕輝は、次の東 朱鷺に巻物を渡すべく、廊下を急いで――いなかった。そもそもが暇潰しで参加しているので、受かろうが落ちようが、どちらでも構わない。
 ふと、灯りが見えた。どうやら見回りの女中らしく、片手に油の灯りを、もう片方の手には薙刀を持っている。裕輝は、咄嗟に天井に張り付いた。
 この屋敷は試験用に借りたものだが、そこにいる人間全てが試験官であるかどうかまで、明言はなかった。つまり、何も知らない、本当にただの女中である可能性もあるわけだ。
 とはいえ。
「運が悪かったと思うてな」
 ふわり、裕輝は女中の背後に飛び降りた。手刀で気絶させようと腕を上げたとき、その女中の袖が翻った。――【しびれ粉】だ。
 素早く鼻と口を覆うが、いくらか吸ったものらしい。くらりと目が回る。
 ――あかん。
と、裕輝は思った。得意とする連撃も、要のスピードが落ちては威力が半減する。
 だがその女中は薙刀を捨て、突然、裕輝に抱きついてきた。これにはさすがの裕輝も驚いた。
 女中は裕輝の背に腕を回し、力いっぱい抱きしめたまま、彼の目を覗き込む。じ……っと。
 五秒ほど経ったろうか。
「ていっ」
 裕輝は膝頭を女中の鳩尾に叩き込んだ。
「!?」
 腕の力が緩むと、すとんと腰を落とし、足払いをかけた。女中がよろめき、薙刀に手を伸ばすのを見逃さず、こめかみに手刀を食らわせる。
「がっ、は……!!」
 更に後頭部にトドメの一撃を食らわせ、気絶したのを確認すると、
「何やったんやろなー。オレに惚れとったんかなー?」
などと呑気に呟きながら、裕輝は朱鷺との合流地点へ向かった。
 しばらくして、女中――宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は起き上がった。
「まったくもう……」
 後頭部やこめかみを擦りながら、
「何あの男!? 女相手にここまでする、フツー!?」
と腹を立てている。それから、胸元から小さな袋を取り出した。紐を通して、首にかけてあったのだ。
 中から出てきたのは、小石ほどの水晶だった。<漁火の欠片>だ。あの女と同じように目を覗き込み、棄権するよう念じてみたが、効かなかったらしい。欠片の力は、別ということになる。
「仕方がないわね……」
 別の試験官と交代すべく、祥子は立ち上がった。衝撃は相当なものだったが、思ったよりダメージは小さかったらしく、痛みはほとんどない。
 だが祥子は知らなかった。裕輝が殺る気満々で攻撃していたことを――。


 朱鷺は巻物を受け取り、屋敷の外へ向かった。ゴール地点が定められており、そこに届ければ試験は終了だ。
 無論、試験官はどこからか仕掛けてくるだろう。冷静に対処せねばならない。
 人気の少ない場所を選び、塀を乗り越えた。飛び降りたとき、足元がやけに柔らかいことに気付いた。【歴戦の飛翔術】を使い、咄嗟に飛び上がる。着地しても、何かが迫ってくる。朱鷺はとん、とん、とんと後ろへ飛び下がっていった。
「フラワシですかね……」
 確認する術はない。またその間もなく、背後から六連 すばる(むづら・すばる)が攻撃を仕掛ける。朱鷺はそれを【体術回避】で避け、八卦術・八式【兌】を使った。
 玄武、白虎、青龍、朱雀、麒麟が現れ、すばるに襲い掛かった。
「殺しはしませんよ」
 朱鷺は呟き、踵を返すとゴールを目指して駆け出した。

 第一班 全員合格