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リアクション
■蒼空学園女子寮周辺(深夜)
「はい、はい。大丈夫ですので……はい。ちゃんと許可は取ってありますので、ご安心ください」
通報されて駆けつけた警ら隊を真面目な顔で返させると、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が小さなため息をつく。
蒼空学園の女子寮から数百メートル離れた場所にある、家屋とビルの隙間に出来た小さな空き地。
そこには十名近くの人影がこそこそと動き回っていた。緊張した雰囲気や険しい表情で落ち着かない様子である。
事情を知らない近隣の住民が怪しんで通報するのも無理はなかった。
「上手くいったようだな」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が近くに寄ると、ルカルカは苦笑を返した。
「こんなところで騒ぎを起こしたら、犯人を警戒させるだけだからね。あのキロスが辛抱強く見張っているんだから、これぐらいはしてあげないと」
眉を下げながら、そもそと動く人たちの中心に目を向ける。
そこにはどっしりと地面に座り込み、じっと女子寮から目を離さないキロスがいた。
ビルと見まごう女子寮のまばらについた窓の明かりを凝視している。
「異常はあったでありますか?」
「いや、まだ無いな。あの野郎のことだ、時間までは行動を起こさないだろう」
後ろから声をかけてきた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)に、振り向きもせずキロスが応える。
その言葉に、吹雪も女子寮へと視線を移す。
「今度こそは絶対に逃さねえ。これでもお前らの力を当てにしているんだからな」
キロスの言葉にうんうんと頷く吹雪の裾を、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が掴む。
「ん?」
引っ張られるままイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が待機していた空き地の隅まで移動する。
「あなた……一体どうしたの? こんなに仕事熱心に動くのなんて初めて見たわ」
訝しげな表情をしたコルセアの質問に、吹雪はニヤリとした顔を返す。
「パラミタでは漫画やアニメで良くあるパートナーとフラグは起きにくく、何故か別の人とくっついちゃう事が多いのであります。つまり、キロスが香菜の為に頑張るほど……」
「ごくり」
「失恋した際のリア充を憎む心が強くなるのであります」
大盛り暗黒ラーメン邪気増し増しの笑みに、コルセアががっくりと膝をつく。
「お前がくるとはな、三月」
「キミが居ながら香菜の心を奪われるなんて、大失態だったね」
「ほら、ダメですよ。ケンカはいけません」
杜守 三月(ともり・みつき)とキロスが言い争う寸前に、杜守 柚(ともり・ゆず)が割って入った。
絶妙のタイミングによる仲裁に、間を外されたキロスはばつの悪そうな顔でそっぽを向く。
「それで、どうだった?」
キロスの質問に柚の表情が曇る。
「身体的には問題ありません。でも、やっぱり目が覚める兆候は見られないです」
ここへ来る前、柚は女子寮で眠ったままの香菜の状態を見てきたのである。
その柚の報告に、キロスは黙って歯ぎしりをするだけだった。
静かに猛るキロスの様子を、柚と三月は無言で見守っている。
「落ち着かない様子だね、明智君。やっぱり心配?」
キロスの焦りを見かねたのか、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が声をかける。
「だから俺は明智じゃねぇって言ってるだろうが!」
「まあまあ、こんな時はご飯を食べて落ち着くのが一番だよ!」
理沙はそう言うとへにゃへにゃと地面に倒れ込んだ。
「セレスの心が盗まれて、私もひもじい思いをしているのよ〜。外食するとセレスに『めっ』て怒られるし、どうしたらいいのよ……あ〜お腹空いたあ」
予想外のリアクションにキロスが無言でいると、二人の人影が音もなく空き地に現れた。
手には大量のビニール袋を持っている。
「皆のために買ってきた訳じゃないけど、そんな状態じゃユートピアを相手にしたときに力が出せないだろ。これでも食え」
ぶっきらぼうにビニール袋を空き地の中心へ置いたのは匿名 某(とくな・なにがし)だった。
同じように後ろからついてきたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)も袋を並べて置いていく。
中からは大量の食糧が顔を出していた。
「あ、ありがたいっ」
一番に飛びついた理沙が嬉しそうにおにぎりをほおばる。
空き地に散らばっていた人たちも、それにつられて集まってきた。
「お、お前ら、まだあるから騒ぐんじゃない。静かに、静かにだぞ」
一方、その頃。
空き地から女子寮を挟んで反対側の交差点。
そこに隣接する建物の屋上に赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が立っていた。
固く握った拳を見つめながら、ジン・アライマル(じん・あらいまる)の言葉を思い出す。
『アイリスの護衛だったメイまでが心を盗まれるなんて想定外だったわ。頑張ってアイリスとお揃いの可愛い服を着せたのが裏目に出ちゃったのかもしれないわね。……いい? 冷静に行動するのよ? ユートピアを倒しても、あの子たちの心を取り戻せなかったら意味が無いんだから』
「わかって……いますよ……」
溢れ出る殺気を押さえて深呼吸を一つすると、時刻を確認して女子寮の入り口に視線を戻す。
殺気は消せても、脳裏から二人の笑顔が離れることは無かった。
「どんなことをしてでも、二人の心は返してもらいます」
蒼空学園の女子寮を囲む高い塀は、均等に配置された街灯の光に照らされて、頑強で難攻不落な要塞にも似た雰囲気を出していた。
その街灯の照らす光と光の隙間、祓い切れない闇の箇所で、塀にもたれかかる影があった。
力なくうなだれた姿勢で、取り残された様にも何かを待っている様にも見える。
夜だというのにメタリックブルーのビキニにロングコートを羽織っただけのその女性は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
「あたしがついていながら、守れなかった……セレアナ」
強く噛みすぎた唇から、一筋の血が流れる。
やがて、鋭い眼で面を上げると、右手で勢いよく血を拭った。
「ぜっ……」
(絶対に元に戻すからね、セレアナ。ユートピアめ、あたしの心まで盗らなかったことを後悔させてやるんだから!)
大声で叫びそうになるのを自制して、パクパクと口だけを動かしながら月に向かって吠えるセレンフィリティだった。
「そろそろか……」
時計を見て呟くと、身体に力が入っていたのを自覚する。
肩の力を抜いて視線を女子寮へと戻す。
電信柱の上に立ち、暗視ゴーグルに隠れ身を使って潜んでいるのは四谷 大助(しや・だいすけ)と四谷 七乃(しや・ななの)だった。
七乃はすでに漆黒の軍用コートに変身しており、大助を護りながらも同じように息をひそめている。
『マスター?』
「大丈夫、少し緊張しているだけさ。絶対に雅羅だけは守り抜く」
怪盗を捕まえなければ、また雅羅が狙われる可能性がある。
大助にとって、それは何としても阻止すべきことだった。
彼女の不幸体質を、出来る限り事前に防ぎたいと、そう思う。
再び時間を確認する。
予告状で指定された時間まであとわずかだった。
「雅羅を狙う者は、誰であろうと容赦は……しない……!」
手にしたブラックブランドからガチャリと音が漏れた。
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