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リアクション
第7章 食は命・美味なるものならば食らう Story5
「ドレス、もしも私が呪いに落とされたら…。ルカルカたちに知らせてくださいません?」
「あ、綾瀬…何を…?」
中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の突然のセリフに、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が困惑の声を上げた。
「あ…いえ。もしもの場合ですわ。正しくは…操られているフリをするだけですの」
「クローリスを扱える人もいるし、そこまでの不安はないと思うけどね」
「念のために、言っておいただけですわ」
「分かったわ…」
「リトルフロイライン、ケルピーが可視化したら攻撃をしかけてくださいな」
「了解です、綾瀬様!」
少女はぴょんと跳ね、元気よく返事をした。
「午前中の練習の際に、練習した術の効力は継続していますの?」
「少し送っていただければ、問題ありません!切れそうになったら綾瀬様の仲間の方に、供給していただくこともあるかと…」
「定期的に送ってもらいますわ。…それで、いいですわね」
「ルカは構わないけど、大丈夫…?」
「もしもの時は、お願いしますわ」
綾瀬は小さく笑みを向け、ルカルカたちと離れて歩き出した。
「(木々がざわめいている…)」
誘い、惑わすかのように、木の葉が擦れ合う。
「ねぇ…誰か探してるの?」
「(誰の声…?ルカルカたちとは違うわね)」
聞き慣れない声音に足を止めた。
「ジブンたちが、探してあげるヨ?」
「ねー、いなくなっちゃった子たち、探してるんじゃないノ?」
「へぇー、川の方で見たかモ。連れて行ってあげるヨ」
低く囁く声音の持ち主たちは、ひづめの足音を立てながら近づく。
「背中に乗ッテ、すぐにつくかラ」
「姿が見えないと乗れませんわ」
綾瀬は陣たちに聞こえるように、わざとらしく大きな声を上げた。
「でも…その前に。いなくなった方々に、ちゃんと会わせてくださいな?」
「んぅうゥ、そこにいるヨ。おいデ、一緒に楽しいところに行こウ?ここよりも、すごーく…楽しいーところだヨ。そこはネ、痛みも苦しみもなくなっちゃうんダ」
ケルピーは不可視のまま餌を背に乗せ、綾瀬の前に現れた。
「そう……ですの?」
「(―…綾瀬?)」
パートナーの雰囲気がどことなく妙だ。
ドレスは不安になり、ルカルカたちを呼びたくなったが、ぐっと堪える。
「それでは、参りましょうか…」
「あ、綾瀬……?」
「(歌菜ちゃん…)」
「(…はい、陣さん)」
今動かなければ、綾瀬がケルピーの背に乗ってしまう。
彼らは互いに視線を送り合い、魔性へ声が届かないように小さな声音で詠唱する。
「(私のアークソウルの力を、ジュディさんに…)」
トゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)は気を沈め、大地の宝石の引き出す。
『魔を貫く雫よ…』
声を揃えて紡ぎ、アークソウルの力をジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)の裁きの章へ吸収される。
『魔の匂いと魔の真実を暴く元素を抱き、天へ駆け昇り…弾けて混ざれ』
不可視の者を見通すエアロソウルの輝きが、本に与えられ…。
『混ざりし雲よ、我らに全てをさらけ出す豪雨を降らせよ。セット、レイン・オブ・ペネトレーション!』
彼らの声が重なり合い、彼女の章に書かれていない文字が記される。
非物質的な視界エリアに隠れ潜む者たちの姿をさらけ出させた。
「綾瀬、綾瀬!……呪いに落とされてしまったのね」
惑わされるフリだけのつもりが、本当に惑われてしまったようだ。
「ドレスさん、綾瀬さんを止めて!」
「着用している状態じゃ無理よ…」
「餌ならこっちにもいるヨ!実は…、私は今が食べ頃なんだヨ。(あわワ…。凄い牙だネ)」
ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)は綾瀬を押し退け、自分のほうが美味しいはずと主張する。
頭を一噛みで噛み千切りそうなほど、大きな口に怖気づきそうになったが、なんとか恐怖に耐えてケルピーを見上げる。
「私の食べ方はネ、川に沈めずに食べるのがいいんだヨ」
「へー?じゃあ、そうするゥ!」
「(あワッ、こっちに来たヨ。…追いつかれちゃいそウ…ッ)」
ハイリヒ・バイベルを開きながらケルピーから離れる。
脚力強化シューズでは、神速で追いかけてくる相手に接近されてしまう。
ディンスは無我夢中で逃げる。
「お…追いつかれてしまいそうだヨ。…なんか足が速くなったネ?」
「捕まえられなイッ」
「ディンスさん、ゴットスピードをかけてあげたよ」
「リーズさん、ありがとうネ!」
「へ〜んだ、ブサイク馬面半魚〜!」
「ムゥウ、ジブンたちバカにするの、許せなイッ」
怒ったケルピーがリーズたちを狙い水柱を落とす。
「おっと、ひょいっと♪」
リーズはニヤニヤしながら避け、囲まれそうになるとトライウィングス・Riesで空へ逃げ飛ぶ。
「―…リーズ、アルトとネーゲルがっ」
「え?あぁあっ!?」
アルトとネーゲルは自分たちほどゴッドスピードの影響はなく、だいぶ遥か彼方後方にいる。
「歌菜やルカは俺たちがサポートしてやらないとな」
「じゃ…まずは綾瀬の呪いを解くためのサポートだな」
ダリルに頷くと羽純は、歌菜のほうを見る。
彼女は綾瀬の呪いを解除しようと奮闘しているようだ。
「ルカルカさん、綾瀬さんを捕まえていてくださいね」
「う、うん、歌ちゃん。ごめんね…綾瀬」
隠れ身で綾瀬の後をついてきたルカルカは、川へ向かおうとする彼女の背後から羽交い絞めにする。
「それほど深くかかっていなはずですから、時間はかからないと思いたいですが…」
歌菜は宝石に精神を集中させ、綾瀬の意思を支配している呪いを解除しようと試みる。
「きゃぁあ、歌ちゃん。綾瀬の頬から何か出てきたわ」
「それが呪いの形なんだと思います」
「なんか不気味ね…」
「えぇ…。癒しの力に抵抗して、具現化したように見えているんでしょうね」
「掴めない…わよね?」
「無理かと……。呪いを祓う強い力でないと、深く潜っていってしまうかもしれませんし…」
「こ、これが潜るのっ!?いやぁああ…っ」
呪いの影は魚に見えるが蛇にも見え、そんなものが自分の中で形的な姿を得たら…と想像しただけでも恐ろしく、ルカルカは背筋をぞっとさせた。
「すみませんが、少し静かにしててもらえませんか」
「あ、はい。ごめんなさいっ」
歌菜に怒られたと思ったルカルカは、しゅんと沈む。
「で、出てきた…。ぅう…」
彼女はがたがたを震えながら、綾瀬の中から追い出されて消えていくものの最後を見届けた。
「綾瀬…大丈夫?」
「―…う……ん。わ、私…」
意識を取り戻した綾瀬は、ルカルカの声音を耳にした。
「呪いにかかっちゃって、歌ちゃんが治してくれたの」
「そうでしたの?…ありがとうございます」
「どこか具合悪かったりしませんか?」
「大丈夫ですわ。だいぶ眠ってしまいましたか?」
「いえ、そんなには…」
「綾瀬、起きたばかりで悪いんだけど。ケルピーたちを祓わなきゃ」
「は…はい」
ルカルカに助け起こされ、立ち上がった綾瀬はリトルフロイラインの顔を見る。
少女は不安そうに涙を浮かべていた。
「ずいぶんと心配をかけましたわね」
綾瀬は超感覚でひづめの音を感じながら、行動予測しようとする。
「まだ情報が足りませんわ…」
「うっすらだけど見えるネ!」
「ダークビジョンで暗くても平気だし、わりとマシか?」
ディンスは裁きの章で本体の魔法防御力を削ぎ、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が哀切の章を器から本体を祓う。
「お、綾瀬が正気に戻ったか」
「後は私たちが引き付けておきますヨ」
「頼んだぞ」
カルキノスはのっしのっしとリトルフロイラインの方へ向かう。
「しっかし、合体技ってタイミングが難しいのな」
「状況によるかもね?まー、考えても仕方ないし、リトルフロイラインに章の力を供給しなきゃ♪午前中に発動させてる分は継続してるから、ちょっとでいいって」
「ちょっとだけよ、とか言うなよ」
「い、言わないもんっ。ダジャレてないでやるわよっ」
「(緊張感はどこへいった?)」
もはやシリアスは幻さられたのか?とダリルはやれやれと嘆息した。
「最初は裁きの章だったな」
夏侯 淵(かこう・えん)は3人とタイミングを計り、術をリトルフロイラインへ与える。
「次は哀切の章ね♪」
「―……、皆さんの力、いただきました」
少女は4人の力を自分の中に取り込み、最適応化させた。
「綾瀬様、指示を!」
「目で見える魔性を撃ってくださいな」
「了解ですっ」
リトルフロイラインは大きな胴体や足を狙い撃つ。
「離れたな」
ダリルは地面に落ちていく器へ目を落とし、うっすらと姿が見える魔性へ視線を戻した。
反省することもなく逃げるケルピーを、悔悟の章の重力場が捕らえた。
「人を襲わないって約束してないよネ。なのに逃げる気?そんなの許さないヨ」
自分たちがこの村を離れたら、また襲ってくるかもしれない。
野放しにしておけるものかとディンスは、重力の術でケルピーの体力を奪う。
「ランタンを借りた人いなかったんだネ…」
ディンスは光精の指輪の明かりを照明代わりにする。
「トゥーラ、これ預かっておいてネ」
そっと取り出した自分の大切なお宝の名刺入れを、トゥーラに預ける。
「確かにお預かりしましたよ」
「絶対…落とさないでネ?」
「大丈夫ですよ」
「(これでもっと動けるネ。せっかくの初戦だかラ、思いついたことも試してみようかナ)」
ディンスは悔悟の章を唱え、重力の渦が竜巻のように、自分の周囲をぐるぐる移動し、魔性を吸い込むようなイメージをする。
「吸い込むって感じなのは難しいのかナ?」
いつまでたっても接近の気配がなく、残念そうにしょんぼりとする。
「ぶつかってみよウ」
「わ、な…何ッ何ッ!?」
そのままアタックしてきたディンスが纏う渦に、1匹のケルピーが巻き込めれる。
「やっぱり私のイメージとは違うネ…。んーイメージするのって難しイ」
「おや…見えなくなってきましたね。効力がきれかかっているのでしょうか?」
「もう一発いっとくか」
トゥーラの声に術の効果が薄れてきているのに気づき、まだ祓いきれていないものもいるし、使うかと頷いた。
「本日3回目じゃな」
「なんか問題でもあるんか、ジュディ」
「いや、言わないでおこう」
「―…何や…っ」
冷笑するジョディの顔を直視した陣は、気分が若干もやっとする。
再び不可視の状態を剥がされたケルピーの数は変わらないが、そのほとんどは憑依する力を削がれている。
だが、食欲を諦めた様子はまったくないようだ。
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