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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【十一 舞い降りた貴婦人】

 シェリエ案内の対菌抗錠運搬チームはまず最初に、シャッターを締め切って、大勢の一般市民が籠城しているアミューズメントコーナーへと足を運んだ。
「フェイ! シェリエ!」
 シャッターを押し開いて中に入ってきたシェリエ達を、某が出迎えた。
 隣には、シェリエが今回の事件勃発時に、何が何でも守り通そうとしたあの幼女の姿もある。
「ねぇ、パパとママは居た!?」
 その幼女の面には、必死の色が浮かんでいる。シェリエとフェイは、両親を探してくると約束していた。
「大丈夫、ちゃんと見つけてきたよ。今は他の避難場所に居るから、心配しないで」
 フェイはそっとしゃがみ込み、幼女の華奢な体躯を優しく抱きしめた。
 嘘ではない。
 事実、フェイはこの幼女の両親を探し当てていたのである。
「それで、ここの石化してたひと達は全員、解除してあるのか?」
 カルキノスが問いかけると、ひとだかりをかき分けるようにして、誠一、オフィーリア、ジェライザ・ローズといった面々が慌てて駆け寄ってきた。
「特効薬を、持ってきてくれたのかい?」
 誠一の問いかけに、カルキノスが手のしていたジュラルミンケースを目の前に掲げた。
「この中に入ってるのが、対菌抗錠って呼ばれる特効薬だ。丁度良いところに居るな、九条先生。投薬を頼まれてくれるか?」
 カルキノスが広げたジュラルミン・ケースの中を、ジェライザ・ローズが興味深そうに覗き込んだ。
 自動注射器が数台と、液状のまま小分けされた対菌抗錠がそこにあった。
「これなら、医者でなくても投薬出来そうだ。私が手本を見せるから、覚えて貰いたい。他の避難場所にも行くのだろう?」
 ジェライザ・ローズの言葉に、シェリエ達は頷いた。
 誠一とオフィーリアも自動注射器を手に取り、取扱説明書にさっと目を通す。
「ところで、彩羽さんは居る?」
 シェリエが周辺をきょろきょろと見渡しながら訊くと、思わぬ人物から指名を受けたのが意外だったらしく、彩羽が目を白黒させながら進み出てきた。
「意外なひとからご使命を受けちゃったわね……何か手伝えることがあるの?」
「うん……他のポイントに、同行して欲しいの。感染が拡大していないか、投薬すべきひとの見極めをしていきたいから」
 成る程――彩羽は小さく頷き返す。
 そういうことなら、断る理由は無い。
 赤涙鬼の群れに襲われてはかなわないからということで、スペシアと素十素も護衛として同行していくことになった。
「他に後、こういう隠れ場所は幾つあるのかしら?」
「大きいところで、あと三か所ってところかな」
 その三か所のうち二か所は、石化などでレイビーズS2型の症状進行を遅らせている一般市民が大勢る、というのである。
 このアミューズメントコーナーや大型冷蔵室といった辺りは彩羽が屍躁菌感染者の振り分け実施したから、石化対象者の選定が出来たのだが、他はそうはいかなかったらしく、全員が石化や氷漬けなどの処置を施されているとのことであった。
「君達も、この自動注射器の使い方を覚えなくて良いか?」
「あ、それなら大丈夫。同じ型を、天学で見たことあるから」
 ジェライザ・ローズの問いかけに、彩羽は笑って答えた。実際、天学ではこのような医療器具は意外と、使用する場面が多かったのも事実である。
 そういうものか、とジェライザ・ローズは妙に感心した様子で彩羽の面を眺めた。
「ねぇ、その注射だけど……痛くないの?」
「これかい? いや、そりゃ多少は痛みがあるかも知れないが、普通の注射に比べると、随分と軽減されている方だ」
 円の問いかけに、ジェライザ・ローズは自動注射器のボディを軽く叩きながら答えた。
 医学の進歩というものは、時として科学技術の進歩と歩調を合わせることがある。この自動注射器などは、その典型であった。
「試しにひとつ、打ってみるかい?」
「うっ……結構です」
 ジェライザ・ローズに注射器の先端を向けられ、円は慌ててかぶりを振った。

 大型冷蔵室では、北都とクナイ、更にはセレンフィリティやセレアナ、日奈々といった面々がシェリエ達を出迎えた。
 が、ここではアミューズメントコーナーのように、安穏な雰囲気で投薬が進められなかった。
 というのも、防御線の守りが甘かったらしく、対菌抗錠の投薬が開始しようかというタイミングで、赤涙鬼が一斉に雪崩れ込んできたからである。
「折角、希望の灯がもたらされたんだ……ここでその灯を消させる訳にはいかない」
 北都が珍しく、先頭に立って迎撃態勢に入る。
 するとセレンフィリティとセレアナが素早くその左右に並び、北都に負けじと臨戦態勢を取った。
「ここで私達が呑気に眺めてたんじゃ、国軍の名が泣くってものよ」
「国軍以前に、ひととして、ってところじゃないの?」
 セレアナに突っ込まれても、セレンフィリティは全く気にした素振りも見せない。
 この局面にあって尚、女性同士の夫婦漫才のようなやり取りを聞かされる破目になるとは――北都は苦笑を禁じ得なかった。
「処置の方は、お姉さん方に一任するよ。クナイを助手に使って良いから、早めに頼むね」
「……ありがとう」
 北都に軽く頭を下げながら、シェリエ達は大型冷蔵室の奥の方で恐怖におののく一般市民達の方へと駆けてゆく。
 そこでは日奈々とクナイが最終防衛ラインを構築して、シェリエ達を出迎えた。
「では皆さん、今から投薬を開始します。投薬後はすぐにここを脱出する為、護衛のコントラクター達と一緒に移動の準備を始めてください!」
 シェリエの説明に対し、しかし一般市民達はどうにも反応が鈍い。
 矢張り、赤涙鬼の群れがすぐ近くにまで迫ってきているのが、彼らを恐怖で凝固させてしまっているのだろうか。
 これは拙い――シェリエが焦りの色を見せたその時、大型冷蔵室の外側から、赤涙鬼の背後を強襲するコントラクターの一団が現れた。
「はいよ〜、お待たせ〜! っていうか、その対菌抗錠を待ってるんだから、こっちが待たされ〜って感じかしら!?」
 理沙がいつもの陽気な声を響かせて、赤涙鬼の群れの向こう側から叫んだ。
 セレスティアがその隣で苦笑しているのも、いつもの姿であろう。
「あちらも、対菌抗錠の到着を今か今かと待ち望んでいます!」
 続けて真人が、理沙の隣から大声を放ってきた。
 どうやら、シェリエら対菌抗錠運搬チームの存在を知り、待ち切れなくなって迎えに来た、というのが真相のようである。
 理沙や真人の登場で、大型冷蔵室の赤涙鬼殲滅は随分と戦局が楽になった。
「悪いけど、あっちも急いでいるようだから、自動注射器の使い方だけを教えていくね」
「了解しました。見たところ、簡単そうですね……」
 いいながら、クナイがジュラルミンケースから自動注射器のひとつを取り出した。
 が、隣では日奈々が、若干悲しそうに俯いている。目が見えない彼女では、如何にコントラクターとはいえども、この自動注射器を扱う訳にはいかなかったのである。
 そんな日奈々の姿が余りに気の毒だったものだから、結局この場にスペシアが残って、投薬担当を受け持つこととなった。
「まぁ、そう気を落とさず」
「はい……今後はちゃんと、注射出来るようにします……」
 そういう問題ではないのだが――スペシアはついつい、苦笑して頭を掻いてしまった。
 一方、対赤涙鬼戦は程無くして、ほぼ殲滅という結果が見えてきた。
「大体片付いたようだから、後は北都さんやセレンちゃん達に任せてさ、早くこっちに来てくんない?」
「理沙……そんなに急かすものじゃありませんよ」
 セレスティアにたしなめられながらも、理沙がまたもや陽気な調子でシェリエに呼びかけてきた。
 シェリエとて、あまりここで時間を費やすつもりはない。ノーブルレディ投下までには、もうあまり時間が無いのである。
「残りは俺の持ってる分だけだな……円殿、ヴィゼント殿、ここで赤涙鬼の討伐を頼んでも宜しいか?」
 淵の言葉に、円とヴィゼントは揃って頷いた。
 スペシアを含めて合計三人、ここに置いていくこととなる。
 シェリエ達は再び、スーパーモール内の移動を開始した。

 入れ替わる形で、シェリエ達に理沙と真人が同行することになった。
 セレスティアとセルファは、大型冷蔵室に残る格好となったが、こう入れ替わりが激しいと、最早誰がどこに居るのか、正確な位置情報が分からなくなってくる。
 次に向かったのは、喫煙ルームとトイレが隣接し合う狭い一角だったが、ここではアキラ、ルシェイメア、セレスティアといった面々の他に、飛都も一般市民を守る為にその身を置いていた。
 だが、ここでは赤涙鬼の群れこそ現れなかったものの、更にそれを上回る深刻な事態が生じた。
『カルキ、まだ投薬に時間がかかりそうか?』
 不意にダリルが、カルキノスに無線で呼びかけてきた。
 曰く、ノーブルレディの投下がもう間もなく始まる、というのである。
『カイが送ってきた暗号解除キーでロックシステムのアンロックは出来るんだが、ロックコードが一秒おきに切り替わるから、アンロックステータスを維持するだけで精一杯で、起爆コードを触る余裕が無い。そっちに、起爆コードに接触出来そうな奴は居ないか?』
 ダリルの言葉を、カルキノスはそのまま、その場にいる面々に伝えた。
 すると飛都が、若干の戸惑いを浮かべながらも手を上げてきた。
「無線網さえ使えれば、何とか出来るが……」
『それなら、これから君の携帯電波だけを拾って解除する。すぐに取りかかってくれ』
 いうが早いか、飛都の持っているノートパソコンに、デザリングでの通信網経由で起爆コードアクセス用のアカウント情報が送り込まれてきた。
『良いか、今から指示する起爆コードを、一分以内に書き込んでくれ。でないと、そこに居る全員が焼け死ぬことになるぞ』
 いっている本人は何気なくいったつもりだろうが、飛都は内心で、
(冗談じゃない!)
 などと戦慄の念を抱きながら、慌てて両手の指先をノートパソコンのキータッチ上に走らせる。
 その一方で、シェリエがアキラ達と協力しながら、石化を解除されたひとびとに対菌抗錠の投薬を開始していた。
「ほうほう、これが対菌抗錠か〜。幾らで売れるんだろ?」
「……阿呆なことを抜かしておる場合か!」
 アキラの場違いな台詞に、ルシェイメアがいつものように一喝している。
 この場だけを見ると、切羽詰まっているのかどうか、よく分からない。
 だが少なくとも、理沙や真人といった面々が慌てに慌てて自動注射器を操っているところを見ると、矢張りほとんどのコントラクター達は相当に焦っているのがうかがえる。
「ノーブルレディって、そんなに凄い爆弾なのか?」
「……いくら何でも、呑気過ぎるだろう」
 最早、ルシェイメアも怒る気力が無くなってきていた。
 ともあれ、対菌抗錠の投薬自体は、滞りなく進められている。
 残るは、ノーブルレディの対処と赤涙鬼の殲滅だけであったが、一番骨の折れる作業が残っている、ともいえた。
「この起爆コードは……なぁ、そのノーブルレディとかいう爆弾を、起爆させないようにするって訳じゃないのか?」
 飛都の問いに、無線機の向こうのダリルは一瞬、沈黙した。
 いうべきか、いわざるべきか――少し、迷っているようであった。
『黙っていても、いずれ分かることだな……そこに居る全ての者達に、話しておこう』
 ダリルの声には、いつになく緊張感のようなものが漂っている。
 流石にカルキノスや淵も、その堅い声音に喉を鳴らした。
『まず、今打ってもらっているのは起爆停止、ではない』
「え? 爆破すんの?」
 ダリルの言葉に、アキラが間の抜けたひと言で応じたが、そんなアキラの声など、誰も聞いていない。
 一同の意識は全て、無線機から聞こえてくるダリルの声だけに集中していた。
『起爆は、する。だが、これは必要悪だと、割り切ってもらいたい』
 安穏ならざる言葉が飛び出してきたことに、その場の全員が一瞬、凍りついてしまった。