波羅蜜多実業高等学校

リアクション

場所：式場厨房

　すっぽんの生き血ワインまたはオレンジ割り
　前菜５種盛り合わせ
　季節のサラダ
　すっぽんのスープ　季節の野菜を添えて
　若鶏のコンフィと甘鯛のソテー　柑橘ソースで
　牛フィレのシャリアピンステーキ　シャンピニオンソース（ニンニク抜き）で
　ガトーショコラのブラッドオレンジパッションソルベ添え

「……こんな所でしょうかねえ」
「素晴らしい！　君に頼んで良かったよ！」
　式場の厨房で、支配人が絶賛しているのは佐々木　弥十郎（ささき・やじゅうろう）。
　彼はとある伝手で、式場の料理人のヘルプとして来ていた。
　そしてそのまま式の全メニューを担当することになった。
　式を挙げる両家とも、金は出すが式や料理そのものにさほど関心がなかったからこその抜擢でもあった。
「吸血鬼さん用の料理ということで、すっぽんの生き血を使ったスープなんかいいねぇ」
「スープだけだと上手いが物足りないな。もっと食感を出すために……クワイなんかどうだ？」
「なるほど、さすが兄さん」
　試食しながらあれこれ口出し、もといアドバイスをするのは佐々木　八雲（ささき・やくも）。
「生き血は焼酎も使ったらどうだ。綺麗な色になるぞ」
　しかしどのアドバイスも的を射ており、二人の力で料理は次々と洗練されていく。
「こっちの皿はもう片付けてしまっていいんでしょうか？」
「ああ、そこのはもう使わないからしまっておいて」
「はーい」
「おい、そんなに持つと危ないぞ。半分よこせ」
「ありがとうございます、レイスさん」
　厨房で手伝っているのは神楽坂　翡翠（かぐらざか・ひすい）とレイス・アデレイド（れいす・あでれいど）。
　せっせと働いているはずの翡翠より、いつの間にか手伝うだけだったレイスの方が多く動いているのはいつもの事だろうか。
「おー、ひすいんにれいすん、ここにいたのか」
　そこに通りかかったのは不動　煙（ふどう・けむい）。
　翡翠とレイスがここで働いていると聞き、あえてその時間に合わせてブライダルイベントに顔を出したのだ。
「ああ、煙さん……と、わ、ああああっ！？」
　がちゃがちゃがちゃーん！
「あ……」
「うわあ……」
「うわぁああああ！？」
　余所見をしたレイスがつまづき、皿を取り落しその拍子にスープの入った鍋がひっくり返ったのだ。
　更に間の悪い事に、そのスープの直撃地点にいたのがレイス。
　幸いにして試作品冷製スープだった為火傷は免れたが、赤いスープを頭から浴びレイスは大変な事になっていた。
「うわぁああっ、すいませんすいません！　大丈夫ですか？　怪我は？？」
「あ……ああ、大丈夫だ、全部スープだ……っくしょん！」
「早く着替えた方がいいね。こっちは任せて」
「ええ、後片付けはやっておきますから」
「ああ……そうさせてもらう」
　弥十郎の申し出をありがたく受けるレイス。
　翡翠は慌てて割れた皿の片付けをはじめる。
　そして煙は……
「災難だったねぇ。大丈夫かい？　手伝うよ」
「て、手伝うって……」
　急ぎ着替えに向かったレイスに付き添って行ってしまった。

　　　◇◇◇

「レイスさんも煙さんも、遅いですね……」
　一通り片付き、落ち着きを取り戻した厨房。
　弥十郎達は再びメニューの話に戻る。
「コースはだいたい決まっているけど、何かもうひと押し欲しいねぇ」
　それを聞いた八雲は、ふと厨房に入る前に支配人たちがスタッフとしていた話を思い出す。
「例えば……人の愛情に働きかける料理、とか？」
「何だい、いいねぇソレ」
　薬学研鑽が趣味の弥十郎は乗り出してくる。
「ハーブで良ければローズやアップルチップのような物もあるけど……それほど顕著な効果があるものはないねぇ」
「そこで、これなんかどうかな！」
「え？」
　突如として厨房に現れたのは、花嫁の使用人として準備を進めていた歌菜。
　羽純も心配そうに付いて来ている。
「それは？」
　歌菜の手には、支配人の部屋から持ってきた『好きな相手に対しての愛情をより強力に感じさせる薬』の原液が握られていた。
「そんなわけで、この薬を入れるとそういう効果があるわけなのよ」
「ふぅん、どれほどの効果が見込まれるのか分からないけど、少しだけなら使ってみる価値はあるかな」
　元々薬効に興味のあった弥十郎は、あっさり歌菜の提案に乗っかる。
　もちろん、歌菜は料理に関心は無い。
　あるのは、新郎新婦の本当の幸せだけ。
（これで、新郎新婦に素直になってもらって結婚式を円満に破局させてみせるわ！）
（いや、円満に破局って……矛盾してるだろ）
　自信たっぷりの歌菜に対して、難しい顔をしている羽純。
（だけど、まあ……歌菜の言い分の方に理があると思うしな。ここは歌菜に任せてみるか）
　こうして、新郎新婦をはじめ参列者の飲み物にはたっぷり薬が……