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【薄闇の中の傍観者】

 ムッシュW
 紙袋で首から上をすっぽりと覆い隠し、上質なタキシードで、はち切れんばかりの豊満な胸を覆い隠す、(一応)謎の人物。
 笑いを笑いで叩き潰す地獄の競演、仁瑠華壮聖五十連制覇にコントラクター達を招き入れたムッシュWの真意とは、一体――。

 雅羅タウン・IN・学生寮内の、薄暗い一室。
 ムッシュWは乱雑に並べ置かれた幾つものディスプレイモニタに対し、紙袋に穿ったふたつの穴を通して、エメラルドグリーンの瞳から放たれる視線を次々に這わせてゆく。
 そのいずれもが、これから熾烈な戦いが繰り広げられるであろう予選ブロック会場内の様子を、様々な角度から映し出している。
 幾分緊張気味のコントラクター達が、各会場にぞろぞろと姿を現す光景を、ムッシュWは目線の中で静かに、そして満足げに小さく頷く。
「いよいよでありんす。コントラクター諸君、己の中に秘めたるエクセレントな笑いの力を、大ォ〜いに出し切るが良いィ〜」
 最後の辺り、何故か某料理番組の美食アカデミー主宰のような口調になっているのは、このムッシュWが変なところで日本通だからであろうか。
 それはともかく、ムッシュWはこのモニター室内に茶室のような畳敷きの小上がりをこしらえ、そこに肉厚の尻をどっかと押し付ける形であぐらをかいている。
 その小上がりのすぐ脇に、ピンク色の長い髪が可愛らしく揺れる月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)の姿があった。
 しかしあゆみは、いつものあゆみではない。
 ムッシュWと同様、紙袋で首から上をすっぽりと覆い隠し、目もとにふたつの穴を穿って、どんぐりのような眼差しを袋の内側できょろきょろと動かしている。
 いわば、今の彼女はムッシュWに近侍するムッシュ・レンズマンであり、各ブロックの詳細な状況報告から、三時のおやつの手配までをも任される、ちょっとした秘書のような存在であった。
 採用試験の際、あゆみは、
「秘書の秘所って書くと、ちょっといやらしいよねっ」
 などと意味不明なアピールをしてみせたのだが、これが不思議とムッシュWの琴線に触れたらしく、即決で採用に至ったという経緯が、いや、あったのかどうかも、よく分からないのだが、とにかく何となくそんな雰囲気で、このモニター室に呼び置かれる運びになったようである。
「ムッシュ・レンズマン。各ブロックのギミック設置は、どんなもんでござっしゃろう?」
「はいっ。どこもかしこもパァフェクト超人、アイアムナンバーワン! ってな感じです、クリアエーテル」
 紙袋着用の為、声が幾分くぐもって聞こえるものの、ムッシュ・レンズマンの応えには腹の底からの自信が迸るようにみなぎっており、これにはムッシュWも更なる満足感を得た模様。
「結構でありんす。それでは、これより開会を宣言するでありんす」
 いってから、ムッシュWはスタンドマイクを用意させ、僅かに紙袋を押し上げた。
 艶のある唇が露出すると、喉の奥から凛と響くような声がマイクに向けて放たれる。
「あぁー、聞こえるかね諸君。これより仁瑠華壮聖五十連制覇の各予選バトルロ笑イヤルを開始するでありんすよ。各自最高のパフォーマンスで勝負に臨まれることを期待するでありんす」
 我ながら、良い挨拶だと悦に入ったムッシュWだが、しかし、
「ムッヒュダブヒュ、スイッヒはいっへまへん」
 肉まんを頬張りながら、音声機器の操作盤を眺めているムッシュ・レンズマンの非情なひと言が、ムッシュWの出鼻を完全に挫いてしまった。

 出だしからかなりグダグダ感たっぷりではあったが、ともあれ、仁瑠華壮聖五十連制覇の開幕である。
 と同時に、各予選ブロックのバトルロ笑イヤル開始を告げるゴングが、高らかに鳴り響いた。