薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

リアクション公開中!

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4 ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

リアクション


7 チルチルとミチル、未来の国へやって来る


 突如現れた化け物に追われるように、チルチルとミチルは『贅沢のごてん』をあとにしました。
 『贅沢のごてん』にはしあわせそうな裕福な人たちがいて、<幸福>の精たちもいましたが、残念ながら青い鳥はいませんでした。
 青い鳥は一体どこにいるのでしょうか?




「はあはあ、はあはあ」
「お、お兄ちゃん、ワタシ、もう、だめでございますっ」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)扮するミチルが最初に根を上げた。
 前を行くチルチルの上着のすそをしっかと掴み、ブレーキをかけさせる。
「うおっ!?」
 いきなり後ろから引っ張られて少しあせったが、チルチル役の新谷 衛(しんたに・まもる)もどうにか足を止めた。

「うあー、にしてもびっくりしたぜ。まさか『贅沢のごてん』にあんな化け物がいたなんてよ」

 ――こらこら2人とも。ちゃんと役作りしてください。



「わーってるって。
 にしても、ここどこだ?」
 息を整え終えたチルチルは、初めて周囲に意識を向けた。

 いつの間に入ったのやら。青い青い、真夏の空のような青色の宮殿のなかに2人はいた。
 ドーム状の丸い屋根はトルコ石。それを支えるように立つサファイアの丸い柱が両側に規則正しく並び、どこまでも続いているように見える。
 柱の間に立つ灯篭から放たれる光も青なら床の敷石も青。濃淡の差こそあれ、何もかもが青一色で埋め尽くされている。

「センスがいいのか悪いのか分かりゃしねえ」
「同じ色しか使わないのは、ばかのひとつ覚えでござりやがりますよ」
「ジナ、口調口調」
「うっ…。善処するでございます…」
 2人は気付いているかどうかは知らないが、手をつないで、周囲を警戒しつつ奥へと進んで行った。



「つか、今気づいたけど、後ろに<犬>たちがいないぞ?」
 と振り返って後ろをうかがっていると。

「あら? 旅人さん? こんな所に人が来るなんてめずらしいわね」
 青い服を着た――でもスーツ姿の――巨乳美女、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が彼らに気付いて声をかけてきた。
「いらっしゃい。ようこそ『未来の国』へ」

「『未来の国』だって?」
 少々棒読みだが、衛はチルチルの役をこなそうとする。
「そうよ。ここは、新しい命が産まれていく場所」
 そう言って、鈿女は前方の大広間を指し示す。
「終わった命がまた新たな命として産まれていくのか、それもとも別の場所に行くのか…。はたまたどれでもない道を探すのか。
 とにかく、道を選んだ命のうち、また産まれることを選んだ命はここに来るの」



「よーし。やつら、無事ここまでたどりつけたようだな」
 鈿女の説明を受けている2人の様子を柱の影でうかがって、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)はつぶやいた。
「あの様子だとリストラも失敗してなさそうだし。
 ……にしても、マルティナちゃん、どこ行ったんだ? ドアくぐるとき、たしかに後ろに続いてたと思ったんだけどなあ」
 ま、いーか。そのうちどっかで見つかるでしょ。
「とりあえずはリストラリストラ、っと」
 3人に背を向けて、メルキアデスは大広間に駆け込んで行った。

 大広間はその名前の通りだだっ広く、扉がある壁以外、三方は青白く霞がかかったようになっていて壁のようなものは見えなかった。まるで戸外にいるようだが、上を見上げればしっかりトルコ石製の天井がある。
 廊下と同じで、サファイアの丸い柱が何列も等間隔に並んだその広間には、数えることも不可能なほど大勢の赤ちゃんがいた。
 立ってたり座ってたり、歩いてたり、泣いてたり。クスクス笑っている赤ちゃんもいる。
 肌の色も、目の色も、体格も全然違っている赤ちゃん。その全員が、やはり透き通った青い裾長のドレスのような服を着ていた。

 ぐるっと室内を見渡して、メルキアデスは何人かで固まって話し込んでいる様子の赤ちゃんたちに検討をつけて話しかける。

「やあやあきみたち、暇してるー? よかったら俺様とお話ししない?」

 なるべくフレンドリーに、にこにこ笑顔で愛想よく話しかけたつもりだったのだが。
 返ってきたのは無表情の沈黙と、軽蔑を含んだ冷ややかな眼差しだった。
(……あれ?)

「ナンパ? 赤ちゃんにまでナンパかけるの? この人」
「ええー? さすがにそれはちょっとひくよねー」
 赤ちゃんに扮した布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が、メルキアデスに視線を固定したままこれみよがしにひそひそ話をする。
「俺、守備範囲広いんです、って言ってT学生でもOKとかいう男だってひくのに、赤ちゃんって」
「いやー、ないわー」

 ここでようやくメルキアデスにも事態が飲み込めた。

「ちがっ、違うから! 俺様そんなつもりで声かけたわけじゃないからっっ」

 ――ここで認めたら即タイーホですよね、メルキーさん。



「じゃあどういうことなの?」
「一応聞いてあげるから言ってみてよ」
 まだかなり疑っている様子をありありと見せながらも、エレノアと佳奈子は譲歩を見せた。

「え、えーとだな…」
 内心やりにくさを感じつつも、メルキアデスは話し始めた。




「……あーあ。まったく。何をやってるんでしょうね、隊長ったら」
 本の外。リンド・ユング・フートでスウィップの開いたページを覗き見しながら、マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)ははーっと息を吐き出した。
 片手で顔を覆い、視線を飛ばす。
「やっぱり私も行くべきでしたか」
 最初はマルティナもそのつもりだった。
 メルキアデス1人で行かせるのは心配だったし、リストレーションが大切なのは分かっていたから。
 だが本に入るためのドアをくぐる順番待ちをしている間に、やっぱり残ろうと決めたのだった。

 だんだん、話してくれている間じゅうのスウィップの様子が気になりだして、仕方なくなって。
 多分、こんな気持ちでリストレーションに向かったって、だれのお役にも立てない。足を引っ張るのが関の山だ――そう思った。

 でもこうして外からうかがっていると、やっぱり歯がゆい。

「隊長、しっかりしてくださいよ」
 ちょっとやきもきしつつ、マルティナは再び本のページを走る金の文字に見入った。




 そして再び本のなか。
 マルティナが本の外ではらはらしながら見守っているのも知らず、メルキアデスは2人の赤ちゃん相手に説得をしていた。

「ふぅん。つまり、私たちに今からやってくるその子どもたちと話してほしいってことなのね」
「そうそう」
 うんうんとうなずく。
「なんか、かなり貧乏で苦労してるらしくってさ。生きることってつらい時もあっかもしれねぇけど、それだけじゃないってことを教えてやってほしいんだ。……それが分かれば、少しはジーナも現実と向き合う気力が湧くかもしれねーし」


(隊長。言動が面倒くさくて疲れるばかりの人と思っていたんですけど、ちゃんと考えてたりしたんですね…!)

 ――マルティナのなかでピコリーンとメルキアデスの印象が少し上がった。



 エレノアと佳奈子は確認し合うように一度視線を合わせ、それからメルキアデスを見上げた。
「べつにいいけど……それだったら、私たちじゃだめかも」
「え?」
「だって私たち、生まれるのイヤなんだもん」
「ええ?」
「だって、おかしいわよね? 生まれる場所も、親になる相手も、私たちには選べないなんて。生まれてからも、なんにもよ? いつ、どうなって死ぬかも決まってる。そんな場所へ行って、何が良いのかしら? 何かうれしいことがあるかしら?」
「エレノアの言う通りだよね。あなたもそう思うでしょ? 生まれる時代も、どんな体をして生まれるのかも。それこそ病気になったり事故にあったりするのも決められてて、全部宿命だからしょうがないになっちゃうの。それっておかしくない? そんな場所へ行くのなんて、私いや」

「え……ええ? まいったなぁ…」
 ぷん、とほおをふくらませた赤ちゃん2人を前に、メルキアデスは頭を掻くしかなかった。


(隊長……赤ちゃんに言い負かされないでください)
 マルティナはガクッと肩を落とす。

 ――マルティナのなかでヒョルルルルとメルキアデスの印象がかなり下がった。



「え、えーとな。それはつまりアレだ。規則がないものなんか何もないし、あったって面白くないんだぜ?」
 メルキアデスは脳をフル稼働させて、必死に説得を試みる。
「規則っつーのは絶対あるんだ。これはもうどうしようもねえ。どうしようもねえことでだだこねて、目をそむけたり現実逃避したりしたってなんにもならねぇし、おまえたちだって一歩も前へ進めねえ。
 おまえたちの言い分も分かる。結末が最初っから決まってるってのはいやだし、受け入れがたいよな。けど、だからって結末までの道程を無為なものと決めつけて捨てるってーのはもったいないと思うぜ」

 ――マルティナさん、マルティナさん。メルキーさんがかっこいいこと言ってますよ。――あ?
   ………………
   ………………
   ………………。
   残念ながらマルティナさんは現在スウィップや外に残った皆さんと仲良くお茶してるようです。残念でしたね、メルキーさん。




「……それは、そうかもしれないけど…」
 メルキアデスの言葉に、佳奈子が不承不承同意する。
 目は「なんでこんな赤ちゃんスキーな人に説得されなくちゃいけないのかな」と、不満たらたらだ。
 もちろんメルキアデスは気付かない。
「だろー?」
 ニカッとメルキアデスが笑った、そのとき。

「ちょっとちょっとそこーーー! 何か問題発生ーーー?」

 身長30センチ、羽根を生やした妖精ラブ・リトル(らぶ・りとる)が、様子がおかしいことに気付いてあわてて飛んできた。

「なによ? あなた。どこから来たの!? ここは赤ちゃんだけが入っていい場所なんだからねっ」
 腰に両手を添えてプンプンと怒る。
「赤ちゃんたちに用があるなら、まずこのあたしを通してもらわなくっちゃ! あたしがここでは赤ちゃんの世話を任されてるんだから!」
「わりぃ、わりぃ。ちょっとした頼み事で、すぐ済む簡単なことだと思ったんだよ」
 ラブの癇癪をなだめるように、両手を上げてまあまあとつぶやく。
 ラブはじろじろとメルキアデスの上から下までを何度も往復して、及第点をつけたようだった。
「まあいーわ。
 それで? この子たちに何の用なの?」
「あのね、ラブちゃん」
 と、説明を始めたのはエレノアだった。
 エレノアは簡潔に、要領よく、分かりやすくまとめられた完璧な説明をラブにする。

「なるほどねー。うんうん、分かった。あなたたちがそういうふうに思うのも当然ね! これはひとつ、<時>のおじいさんに訊いてみましょ」
「え? <時>のおじいさんに?」
「<時>のおじいさんとお話しができるの?」
 佳奈子とエレノアがびっくりするのも当然だった。
 ここにいる赤ちゃんは何千、何万といるけれど<時>のおじいさんはただ1人。ラブのような世話係の妖精はともかく、ただの赤ちゃんでは<時>のおじいさんのそばに近寄ることすらなかなかできない存在だったからだ。

 驚く2人を見て、ラブは堂々と胸を張る。
「ふっふっふー ♪ あたしを何だと思う? 蒼空学園の最強アイドル――じゃなかった、ここを取り仕切る役割を与えられたプリティキュートな神様の使いの妖精、ラブちゃんよ〜 ♪ あたしにできないことはないっ!」
「じゃ、じゃあ、お会いできるの?」
「まっかせなさーーーい」
 期待に満ちた目で自分を見つめる佳奈子にVサインをして、ラブは先導するように部屋の一角へ向かって飛んで行った。