薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

リアクション公開中!

ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4 ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

リアクション


8 チルチルとミチル、家に帰る

「私を青い鳥と認めたのだな。よろしい。
 それでは、しあわせの青い鳥としての役割を全うするために、チルチルの肩に乗せてもらうとしよう」


 よっこらしょ、と掛け声を発して、チルチルの肩に乗るコア・ハーティオン、ブルーバードバージョン。

「さあこれでいい。いざゆかん、きみの家へ――」

 って。

「う、わあああああああああああああーーーーーーーッ!!!!」


 あまりの恐怖に絶叫しながらコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)扮するチルチルは飛び起きた。
 そこは自分の部屋のベッドの上で、足元には投げ出されたばかりの上掛けがクシャクシャのひと固まりになっている。
 鎧戸が上がりっぱなしになった窓からは鳥のさえずりと早朝のまばゆい白い光が入ってきていて、もう少しでベッドにいるチルチルのところまで届きそうになっていた。

「ゆめ……夢だったのか…」
 おそろしい夢だった、と額の汗をぬぐっていると。
「夢であんなに驚いたのか。そりゃびっくりだ。どんな夢だったんだ?」
 と、となりから声がかかってきた。

「あ、うん。実は巨大なメタルロボみたいな化け物鳥が自分は青い鳥だと言い張って、僕のか、た、に――……」
 まだ夢の恐怖が冷めやらないまま、さして注意も払わずとなりを向いたチルチルは、そこで横になっている巨大な鳥を見つけて、絶句してしまう。

 夢の鳥ではない。
 たしかに巨大だけど、真っ白いし、くちばし黄色いし、真ん丸だし、膨らんでコロコロしててまるでボールみたいだし。
 体に比べて細くて小さい足、とんがり頭(え?)、ヒゲ(ええ?)、ゲジゲジ眉毛(えええっ?)もある。
 でもデカい。
 チルチルよりデカい。
 コハクより。

「そりゃー夢とはいえ災難だったな! まあ、ドンマイドンマイwwwwwww」

 しかもしゃべる! 笑う! 人間みたいに! ウィンクまで飛ばして!

 これは夢だ、そうに違いないとほおをつねってみたが鳥は消えず、チルチルのほおが痛くなっただけだった。
「な、なな、ななな……」
「なんで俺がここにいるかって?」
 チルチル、蒼白顔でこくこくうなずく。

「こまけーこと気にすんなよ、おまえ男だろ男! ちゃーんとついてるだろーがよ! そんなしみったれた考えじゃあ男がすたるぞ!」
 クワックワックワッ。
「それにな、よーく考えてみろよ? この真っ白い鳥の羽根! ほらほらっ、いーから触ってみろよ? ふわっふわだぞ? つまりこれは羽毛布団だ羽毛布団。しかもただの羽毛布団じゃない、どこにでもあるって代物じゃないんだ。なんと「生」羽毛布団だぜ!」
 ぐいぐい、ぐいぐい。
 伸ばした翼(手)をチルチルのほおに突き刺さんばかりに押しつける。

「ンモー布団ってな! 鳥だけどンモー布団ってな! 聞いたか? ンモー布団だとよ! あっはっはっはっはっはっは!!」

 鳥、自分で言ったセリフに自分で大ウケ。
 大爆笑。

「………………」

 ここでコハクはようやく思い出した。
 そういや2ページ目の最後あたりで「青い鳥と一緒にアホい鳥も探してきてくれませんか?」と、どさくさにまぎれるようにして言ってた女性がいたな、と。


「ああそうか。やっと僕にも分かったよ。
 実は飼っていたハトがアホい鳥だったんだ。アホい鳥ははじめからそばにいたんだ――って、そんなわけないだろーーーッ!!

 くらえ! シーリングランス!!

「おっとどっこい」
 アホウドリアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は鳥にあるまじきトンボ返りでそれを避けると窓に足をかけた。

「ふはははは! どうやらきみの元にしゃーわせのアホウドリは不要なようだな! では私は私を求める者の元へ向かうとしよう! サラバだーーー!」

 とうっ!! とかっこよく窓から飛び立てたと思った直後。
 無防備な背中を氷の飛礫が散弾銃さながらに襲った。

「うーーーーーひゃっひゃっひゃーーーーーッ!」

 奇妙な鳴き声(?)を上げながら、はるか上空へ飛ばされるアホウドリ。最高高度に達した彼は、今度は自由落下で墜落を始める。キリモミ状態で落下した先は、チルチルの家からはす向かいにある家だった。


「うぐおおおおおッ! 背中がッ! 後頭部がッ! 全身いてえっ!」
 両手を後ろへ回し、痛い箇所をさすりながらごろんごろん床を転がって痛みの軽減を図っていたアホウドリは、やがてその場にいるのが自分だけでないことに気がついた。

 突然空から降ってきて、屋根を突き破って現れた変な生き物に声も出ないほど驚いているルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)扮する病気の美少女。

 彼女を見た瞬間、アホウドリは直立し、何事もなかったようにかっこつけた。
「おやおや、美しいお嬢さん、これはみっともないところを見られてしまったようで…」
 キラッキラと、無意味に光の粒まで飛ばしている。
「ときにあなた、何かご病気で?」
「えっ? ええ……まあ」
 少女はベッドの上に身を起こし、警戒しつつも答える。
 キラリとアホウドリの目が光った。

「おお! これはまさに神のお導きに違いない! 私はしゃーわせのアホウドリ! 私と合体する者はもれなくしゃーわせになれるという言い伝えを現在作っている最中の鳥なのです! ちなみに目下のライバルは青い鳥です!」
「はあっ!?」
「ぜひあなたもひと役買っていただきたいっ! そう! 俺と一緒に伝説になろうではないかッッ!!
 とゆーわけで、まずは本当に病気か触診触診っとー ♪ 」

 指に見立てた羽根をグニグニうねらせながら飛びかかってくるアホウドリのみぞおちに、少女は容赦なく蹴りを入れた。
 これがまたうまくカウンターで入ったものだから、アホウドリはきれいな弧を描いて飛んだあと床をごろんごろん転がって、したたかに壁に背中を打ちつける。

「ぐはッ!!」
「リストレーションの最中に、何をふざけておるか! この変態めが! 全年齢対象の童話をR−15指定にでもする気か!!」
「だっ、誰が変態だ! 見ろ、この俺の姿を! 全裸だぜ! これほど真剣な覚悟があるものか! これぞまさしく裸の付き合――」


「こんのドアホウがあああああああ!!! いっぺん死んで星になってこーーーーーーい!!」


 ごうと音をたて、少女を中心に猛吹雪が吹き荒れた。
 強烈な雪風が部屋で渦を巻き、アホウドリを包むと一瞬で屋根に空いた穴から空の彼方へ吹っ飛ばす。

「あの、お調子者めが……外へ、戻ったら、説教じゃ!」
 ぜいはあ、ぜいはあ。

「一体何事ですか!?」
 家が壊れんばかりの衝撃が立て続けに2度も起きて、あわてて部屋に飛び込んだベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、入った直後はまるで竜巻が発生したかのような娘の部屋の惨状に目を奪われて絶句したが、すぐにベッドの横に仁王立ちしている娘に気付いて両手で口元をおおった。

「ああ、神様…!」
 大きく見開かれた目から大粒の涙がこぼれる。

「あ、いや、母上どの。これは…」
「再びあなたがこんなふうに自分の足で立つのを目にする日が来るなんて…。ええ、もちろん信じてはいました。信じてはいましたけれど…」
 ほおを伝う涙を懸命にぬぐう。
「一体、何があったんですか?」

「…………」
 ルシェイメアは視線を天井へ投げた。2つ空いた穴は、まるで異国の漫画のようにくっきりはっきり鳥の形をしている。ごまかしは利かないだろう。
「実は…」
 観念して、先ほどあったことを話した。



 一方、チルチル宅では。
 アキラ扮するアホウドリをアイスエッジで吹っ飛ばした緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が、窓から外の様子をうかがっていた。
 アホウドリがはす向かいの家に落下したのを見届けて、部屋のチルチルへと向き直る。
「大丈夫ですか? チルチルさま」

「あ、えーと……はい」
 彼はどんな役回りなんだろう? どう対応すればいいか分からず、コハクはちょっと引き気味に答える。そして次の瞬間、ハッとした。

「美羽!!」

「え?」
「美羽だよ、僕のパートナーの――って、あー、今はミチル役やってるんだっけ。ややこしいなあ。
 とにかくミチルがいないんだ! 一緒に寝てたはずなのに!」

 しかしとなりに寝ていたのは、あのアホウドリだった。

「ミチル! まさかあのアホウドリに何かされて、どこかにかどわかされたんじゃ…」
 すっかりプチパニを起こし、ばたばた、あわあわしているコハクの横をすり抜け、遙遠はベッドに近付いた。

 ベッドはドアのある壁際にあり、壁とベッドの間には隙間がある。
「チルチルさま、ミチルさまはこちらに落ちておいでです」
 遥遠の想像したとおり、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)扮するミチルは、上掛けを握り締めたままそこに挟まっていた。
 大方、寝ながら転がり落ちたのだろう。落ちたことにも気づかなかったのか、そのままくぅくぅそこでしあわせそうに眠っている。

「美羽! ……よかったぁ」
 脱力し、へなへなとベッドの上に座り込む。
 そのとき、ミチルが目を覚ました。

「うーん……もう朝なの?」
「おはようございます、ミチルさま。お目覚めのご機嫌はいかがですか?」
 眠そうに眼をこするミチルにまずは礼をして、卒なく彼女を隙間から助け起こす。

「あ、ありがとう。
 あのね、私、不思議な夢見たんだ。お兄ちゃんと、<光>と、チローやチレットと、いろんな国を旅する夢。青い鳥を探してるの。すっごくリアルだった。てっきり本当にあったことかと思ったんだけど、夢だったんだね。残念」

「それ、僕も見たよ! ミチルも見たの!?」
「うん! って、じゃあ私たち、同じ夢見たの? 不思議だね!」
 手を取り合い、笑顔で向き合う。
「そういやあの2匹はどうしたんだろ?」
 チルチルがいつもの寝床のベッドの下を覗くと、2匹はうす暗いそこで丸まって、小さくいびきをかいて眠っていた。
 ミチルは夢中になって遙遠に旅の話をする。子どもらしく、話はいろいろと脇道へそれたり、飛んだりしたけれど、遙遠は根気強く話に耳を傾けていた。

「――でもね、最後に行った『未来の国』でも青い鳥は見つからなかったの。それらしいのがついて来たんだけど……お外へ出たとたん、赤い鳥になっちゃったんだ」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ。お兄ちゃん、覚えてないの?」
 チルチルはアホウドリの印象が強くて、でも無邪気なミチルに何も言えず、笑顔を少し引きつらせた。
 もちろん遙遠も言わない。そのかわりに、こう言った。

「そうですか。お二人とも持ち主をしあわせにするという青い鳥を探していらっしゃったのですね」
「信じてくれるの!?」
「もちろんです。
 しあわせとは、ひとによって感じ方が違うものです。遙遠が思いますに……夢の中で見てきた青い鳥は、その世界のしあわせを具現したイメージなのではないでしょうか。そこにいた青い鳥が黒くなったのであれば、チルチルさまミチルさまの影響でその世界の幸せが失われたのかもしれませんね。お二人ともその世界の住人ではないのですから。余所者が入れば快くは思われないでしょう。
 いなかったというのであれば、その国はしあわせを必要としない国なのかもしれません。もうすでに全員が幸福であるなら、しあわせは必要ないでしょう。
 その世界の幸せは、その世界の住人が探し得る物なのですよ。チルチルさま、ミチルさまがしあわせをお探しになるのであれば、次は夢のなかではなく起きているとき、現実の世界でお探しにならないといけないかもしれませんね」

「そうなの?」
「ええ。ですが、くれぐれも他人のしあわせを傷つけぬよう、それだけはお気を付けください。ひとのしあわせを奪うことほどひどいことはありません。あなたも奪われたり、傷つけられたりしたら泣いて怒るでしょう? 相手のことを嫌いになりますよね」
「泣いたりしないよ! だけど……うん。遙遠の言ってること、分かるよ」
「私も、絶対しない!」
「いい子ですね」
 遙遠は微笑し、さらりと頭をなでた。



「……ふーん。つまり、あの子たちは結局……青い鳥を見つけられなかった、ということですね」
 窓の外で壁にもたれ、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はうーんとなった。

 もう見つかっていたなら良かったのに。そうしたら、自分はリストレーションなどせずに、外でリンド・ユング・フートの知識を存分に読みあさることができたのだ。
 あの、ふよふよと空中を飛んで、漂っている無数の本。なかにはきっと、失われたとされる古王国時代の知識もあるに違いない。かなり低確率の、レア中のレアだろうけど。それでも読んでいれば、いつかはたどり着ける可能性はある。
 それはかなり魅力的だった。

(でもきっと、読んだところで、目が覚めればまた忘れてしまうんでしょうし)
 と、前回のリストレーションを振り返って苦笑いを浮かべる。
 翌朝目が覚めたときも、それからも、近遠はリンド・ユング・フートでのこと一切を覚えていなかった。もちろん一緒にいた3人のパートナーもそうだ。
 こうして再度訪れたことで、そのときの記憶はよみがえったが…。

 意識世界に持ち出せない知識は、あってもしかたがない。
 ここで読んで得たところで、目覚めればまた忘れてしまう。
 そう思って、後ろ髪ひかれる思いながらもパートナーたちと一緒に本のなかへ入ったのだった。

「では、われわれは青い鳥とやらを探しに行くか」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が言った。
 それを受けて、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)がほほ笑む。
「そうでございますわね。先ほどの方のお話では、青い鳥さんはこちらの世界におられるようでございますし」
「アルティア、べつに青い鳥には「さん」付けも敬語も使わなくてもいいと思いますわ」
「え? そ、そうでございますか? それは失礼しました」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)からのツッコミにアルティアは少しあせりながら答える。
 ほおがほんのり赤い。
「謝ることではありませんよ。気にしないで、アルティア。
 それに、かわいいです、それ」
「まあ。ありがとうございます」
 近遠からのフォローに、アルティアは頭を下げた。

「それで……皆さん、青い鳥は、どこにいると思いますか?」

「そうねえ……この世界にいるのは間違いないのですよね。世界と言いますととても広く感じますけど、ここは本の世界ですから。せいぜい今見えているぐらいしか、世界は存在しないと思われますわ」
「以前の『マッチ売りの少女』でもそんなふうでございました。ですのできっと、ユーリカの言うことは正しいかと存じます。アルティアはユーリカに賛成でございます」
「イグナさんは、どうですか?」

「鳥というからには、森にいるのではないか」
「ああ。そうですねえ」
「街にいる可能性もなくはないが、もしそうであればあの兄妹も、どこぞで見かけていたと初めに思うであろう。そうでないということは、あの兄妹の身近にはいないということなのだろう」
「すばらしい洞察です、イグナさん」

 近遠に褒められて、イグナは照れたのを悟られまいと視線をそらす。
 そしてさっさと歩き出した。

「行くぞ」
「あっ、待ってください、イグナさん」

 大股で颯爽と歩くイグナについて行こうと小走りに駆けていく近遠の背中を見ながら、ぽつっとユーリカがつぶやいた。
「でも青い鳥って、具体的にどんな姿をしているのでしょう? あたし、思い当たりませんわ。
 全体的に青いのでしょうか? それとも部分的に青いのでしょうか? アルティア、知ってます?」
 ちら、ととなりのアルティアに視線を向ける。
 アルティアは優雅なしぐさで首を振った。
「いいえ。残念ながら、アルティアも目にしたことはないのでございます。ですが、とても希少な鳥のようですし、しあわせをもらたす鳥という不思議な存在ですから、おそらく見れば分かるのではございませんか?」
「それもそうですわね」
「ええ」

 そんなふうな会話をしながら、4人は森のなかへと入って行ったのだった。