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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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   第十幕

 わんっ、と子犬が吠えた。
「あら可愛い」
 ぱたぱた尻尾を振る子犬に、通りがかりの女性や子供や顔を綻ばせた。すると、
「そこの下等生物、刺激が足りない顔をしてますね? 気分転換に芝居を観たら如何ですか!? 最高の刺激を与えましょう!」
 飛び出してきたのはとんでもない毒舌で、頭を撫でようとした女性は、思わず硬直してしまった。
「御用とお急ぎでない方は、立ち止まって見て行って〜!」
 すかさず東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が声を張り上げた。
「ああ、父上……」
 女物の着物を着、髪を結いあげたキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)が泣きそうな顔で言った。――と言っても演技は専門ではないので、泣き顔だか不機嫌なのかよく分からない上、セリフは棒読みだ。
「さぞかしご無念だったことでしょう」
 一瞬、状況を理解できなかった通行人たちも、これは余興だとすぐに気が付いた。何が始まるのだと、人の輪が次第に大きくなっていく。キルティスも、これには少し緊張した。
 秋日子が大きな布をキルティスにかける。もぞもぞ何かやっていると思ったら、今度は男髪に結ったキルティスが、袴を穿き、刀を差して現れた。
「おのれ西田耀蔵! 父の仇! どこまでも追って必ず倒す!!」
 見事とは言い難いものの、キルティスの早変わりに歓声が沸いた。キルティスはすぐに引っ込み、また女装で現れた。
「いらっしゃいませー! 染之助一座の新しい芝居『男装剣士仇討旅』本日より上演となります! そこの道行くお兄さん、お姉さん、ちょっと寄って行きませんか!?」
 取り敢えず、道行く人々はそれで興味を惹かれたらしい。何人かが小屋へ吸い込まれていった。
 わんっ、とまた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が吠えた。
「そこの下等生物、刺激が足りない顔をしてますね? 気分転換に芝居を観たら如何ですか!? 最高の刺激を与えましょう!」


 葦原には寺や神社がいくつかある。その内の一つ、御隠支(みかくし)寺前にはいくつか茶屋が並んでいた。お濱(はま)という老婆が切り盛りするその店先で、二人の町娘がきゃぴきゃぴ話し込んでいた。
「染之助一座の新しいお芝居、観た?」
 緑色の目をした少女が尋ねると、青い目の少女――こちらは、どちらかというと「お姉さん」に見えた――が頷いた。
「うら若い乙女が父親の仇を取るため、男装して旅に出るの。もうこのヒロインがステキなのよ!」
「確かに綺麗だったわね」
「それに主役についていく子もね……可愛かったわ。ちょっと可哀想な気もしたけど」
「私はあまり好みじゃなかったわ……何だか外連味がありすぎて」
「あら、そこがいいんじゃない。お芝居は大げさなぐらいで、ちょうどいいのよ。それに殺陣もね! 本当に当ててるのかも、ってぐらいギリギリでいいの! あたし、染之助様のファンになりそう! もう、『葦原よ、これが芝居だ』って言わんばかりの凄さだったわ!」
 へえ、と同じ茶屋にいた何人かが顔を見合わせた。
「それにね、このお芝居、期間限定なのよ」
「どういうこと?」
「五日後には違う芝居をするんだって。だから早く観ないと、終わっちゃうのよ」
 奇しくもマネキ・ングが語ったように、葦原の人間も日本人同様、「期間限定」の言葉に弱かった。そもそも流行に乗らねば、葦原っ子ではない。それ行けとばかりに、立ち上がり、勘定を置いて出て行った。
 ただ一人、東 朱鷺(あずま・とき)を除いて。
 朱鷺は習得したばかりの【八卦の見極め】の訓練も兼ね、立花 十内の探索を行っていた。対象を十秒見つめることでその情報を得る術だが、まだ慣れていないのか、なかなかうまくいかなかった。
 分かっても、多くが普通のマホロバ人だ。中には契約を結んでいる人間も、いるにはいた。――そう、今ここでお喋りをしている二人のように。
「迷惑だよ、まったく!!」
 茶店の主人であるお濱がぷんすか怒りながら、客の茶碗と皿を片付けていた。
「みんな団子も頼まないで帰っちまったよ!」
「ごめんなさ〜い。その分、あたしたちが頼むから許してっ!」
 手を合わせて謝る緑の瞳の少女――これは地球人のようだ。継人類か。もう一人はシャンバラ人で烈士。
 ――なるほど、こうなるのか。
 朱鷺はほくそ笑んだ。使いようによっては、かなり役立つ術だ。さて、どう使うのが有効だろうかと彼女は考えた。
 その横で、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、出て行った客の分まで団子を注文していた。