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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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   第七幕

 トンテンカン、
 トンテンカンカン。

「おい、今日は休みか?」
 道から声を掛けられ、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は手を止めると声の主を屋根から見下ろした。
「ええ、明日から新しい芝居がかかります」
 答えたのは、下で吹雪に指示をしていた上田 重安(うえだ・しげやす)だ。
「何だ、そうか、あっちのが買えなかったんで、こっちにしとくかと思ったんだがなあ」
「ぜひ明日、お出で下さい。なかなかの傑作ですよ」
「今日じゃなきゃ、意味がねえんだよ。どうすっかなあ」
 中年の男は懐手をし、ぶつぶつ言いながら小屋の前から立ち去った。
「奥さまへのプレゼントとかかしらね」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が、伝票を手に小屋から出てくる。
「間が悪かったですね」
「もったいないことしたわ」
 客を一人か二人、逃したかもしれない。
 コルセアは一座の出納をざっと確認したのだが、なるほど、これでは小屋の持ち主が出て行けと言うのも仕方がないと思った。必要経費を差し引いた場合、売り上げが四割を切ると完全な赤字で、持ち主には儲けがなくなるのだ。
 小屋の改修にかける金もなく、やむなく三人は、自腹を切る羽目になった。もっとも、金は出したくないという吹雪の猛反対に合い、材料の木材や塗料は明倫館からこっそり拝借した次第である。
「ここはどうでありますか?」
 吹雪が上から声を掛けた。
「ああ、うん、いいかな。いや、もうちょっと右、いやそれがしから見て右。そっちからは左です」
 重安の指示で、吹雪は看板の位置をずらすと、かかっていた布を剥ぎ取った。
 一枚目には、剣を構えた染之助の姿があった。
 二枚目なく、三枚目、四枚目、五枚目と続く。
 三枚目は和泉 暮流(いずみ・くれる)――女役だった。


「な、なぜ私がこんな恰好を……」
 娘役の着物を着せられた暮流が、わなわなと震えている。
「動くんじゃありません!」
 ぴしりと瀬田 沙耶(せた・さや)が叱りつける。
「これは女性アレルギー克服のためですのよ。黙ってやり遂げるのです!」
と言いつつ、沙耶は嬉々として暮流の顔にメイクを施していく。
 何だか間違っている気がする、と暮流は思った。思ったが、沙耶には逆らえない。耐えろ自分、これも試練だ……と膝の上で拳を握り締めた。
「こら暮流! 女性がそんな拳を握ったりしないように!」
 今度は手の甲を叩かれた。
「は、はい」
 思わず手の平と背筋が伸びる。
「あの、ところで」
 微動だに出来ないので、目だけを僅かに動かし、傍らでやはり化粧をしている染之助に尋ねた。
「殺陣というのは、 実際に戦闘するときのつもりでやってもいいものなのですか?」
「全て寸止めでお願いします」
 染之助はきっぱりと言った。
「しかし、それぐらいが迫力があっていいのではないでしょうか。木刀で練習すれば危険はないでしょうし。あとは本気で当てないことくらいですか。身のこなしに関しては本気でお教えしますよ」
 染之助は暮流に向き直った。暮流も正面を向きたいが、動けないので仕方がない。
「もちろん、当たっているかもしれない、と見えるぐらいにはお願いします。ですが、これはお芝居なのですよ。見に来る方も、お芝居と分かっているのです。お気持ちはありがたいですが、がらりと変えてしまったら、それは――もう私の一座ではありません。染之助一座には一座の良さと伝統があります。それを守った上で、新しいことはいくらでも取り込みましょう。それに」
と、そこで染之助はにっこり笑った。
「今日一日の稽古で、怪我でもしたら、明日から舞台に上がれなくなりますからね」
「そうですか……折角ですからこれまで以上の殺陣を身に付けて、今後の演技に活かしていただきたいと思ったのですが……」
「それは追い追いやっていきましょう。今はともかく、皆さんが台本を覚えることの方が先ですからね」
 暮流は言葉に詰まった。そう、殺陣よりも何よりも、暮流たちが台本をきちんと覚え、明日には舞台に立つことが何より肝心なのだ――。
 そう考えると、ちょっと泣きたくなるのだった。