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リアクション
■ 魚釣り! ■
パラミタの大陸を囲う外の海は空の海。
濃淡豊かな幾重もの雲の波を重ね、遥か先で空の水平線を作る。
雲間に揺れる如意棒に括りつけられたザイルの先にこちらも括りつけられているブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は見るからに、餌、だった。
「いくら雲海魚類がパラミタ種族を好物にしていると言っても、この扱いはだな……」
ブルーズの鱗に、釣り上げるには申し訳なさすぎる小魚達が貧弱な突きを繰り返してた。
果てさてどのくらいの大きさの獲物が来たら上で太公望を決め込んでいるパートナーに知らせるかと考え込んでいるブルーズへ向かってその魚影は静かに近づいてきていた。
自分の連絡で駆けつけてくれた面々を眺め、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は真横一文字に唇を引き締めたまま一人頷いた。
仮にも契約者である高円寺 海(こうえんじ・かい)を一瞬で飲み込み連れ去ったパラミタワカヅマが泳いでいるだろう雲海を睨み決意に拳を握りこむ。
リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は胸に本を抱いて、そんな雅羅に近づいた。
「高円寺さんを飲み込んだパラミタワカヅマがどの方角に、と、飛んでいったのか教えて、ほ、欲しいのですが」
「方向? そう言えばどこへ泳いで行ったのかしら」
本当に一瞬の事で雅羅は全く知らない。
「あっこの方だべ」
助け舟を出すように漁師が指を指した。
「あっこの方へ泳いでったぁ。んだば、この時期さぁそげな遠くばいがん」
訛りの強い口調で大陸付近を泳いでいるだろうと言い添える。
生態がよくわかっていないが、ワカサギの仲間であるのならあそこら辺に居そうだとリースは告げ雅羅とふたりで場所の特定を始めた頃、ケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)とアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)が共に砂浜を蹴った。
「しゃねぇ! (自称)イルミンの(馬術同好会に所属している)女共にモテモテな俺様が海を助けだしてやるぜ!」
張り切って駆けるケルピーの横を超小型飛空艇アペシュに乗り込むアガレスは己を悲観していた。
「おぉ……何と言う事じゃ、だんでぃさと(外見年齢的)若さ、そして気高さを兼ね備えた(自称)大英雄の我輩は必ず狙われてしまうではないか――!」
大体の位置を決定したリースはその方角に飛んでいく二つの勇姿を眺めながら隣に来た桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に疑問の声を投げかけた。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「アガレスとアハイシュケでは餌は愚か囮にもなるまい」
「た、隆元さん?」
ふたりでは心許ないと判断した隆元は先に手を打っていた。ケルピーの胴とアガレスが乗る飛空艇に主食と聞いている魚を刻み入れた袋をそれぞれ括り付けていたのだ。獲物として狙われなくともこれなら撒き餌として十分役目を果たしてくれるだろう。
そんな魚臭い物を背負っていながら気づかぬ二人を、二人が見送った。
「パラミタワカヅマはわからんが、パラミタニイヅマならこう尾びれの方から……」
飛空艇を操る男から説明を受けているのはパートナーをパラミタワカヅマに食べられた黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。骨格等が類似し実は稚魚なのではと噂されているパラミタカッコイイワシで釣れるパラミタニイヅマの話を聞かされていた。
「んで、運が良ければこうポロっと吐き出してくれるはずだ」
だいたい十三回に一回くらいの確率で綺麗に吐き出してくれるそうだ。
「(ブルーズ、大丈夫?)」
「(鱗に覆われているからか、ましな方だと思うが。目の周りが少しぴりぴりしてきたぞ)」
鱗の有無だろうか。テレパシーを送り合えるだけ元気なパートナーを確認して天音は次の行動に移った。
契約者達が揃ってあのパラミタワカヅマを釣ろうという話を聞き、これは面白そうだと手持ちの中で一番大きな飛空艇を出してくれた男達と、酒場まで行って事情を話それを用意してくれた天音に雅羅は頭を下げる。
「いや、いいぜ。どうせ今日は荷物運びも無いし。パラミタワカヅマに食われても助かる人間はいるからその友達ってのも助かるといいなぁ」
大陸の港から港へ日々海の上で過ごす男が操る船は静かに雲海の中を進んでいく。
冬の潮風は冷たく、乾燥した肌がピリピリと痛んだ。
男を襲って食う漁師も恐れる巨大魚パラミタワカヅマ。
本格的に釣り上げるならまだましも、たったの一匹を狙い定めようというのだから、変わった話だ。まるで大物のパラミタマグロを狙う冬のドキュメンタリーのようではないか。
甲板あたりが賑わい始める。
「ちょ、た、確かに何でもするって言いましたが〜!!」
「てンめえ、覚えておけよッ! 今晩も襲いに行って啼かしてやるからなー!」
訂正する。賑わってはいなかった。情けないルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)の声と五十嵐 虎徹(いがらし・こてつ)が昼とは思えない台詞を叫び、大の男二人が全力で抵抗していた。
括りつけられた巨大魚専用の釣り針から逃げようと体をゆっさゆっさとせている。
ルースは、そう、最初は軽い気持ちでイケメンが食われて悲観している女性をナンパもとい慰めて元気づけてあげようと声をかけたのが、確か始まりだった。
金の髪も見事な此花 知流(このはな・ちるる)に「どうしたんですか」と声をかけたのだ。
「そんな悲しい顔しないでオレと美味しい食事でもどうです?」
「食事、でありんすか?」
「そうそう。かわいこちゃんと居られるなら食事は勿論、ドライブしたり買い物したりなんでもしますよ〜」
「なんでも、でありんすか?」
「なんでも言うこと聞いてあげますよ〜」
知流がパートナーのルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)へ視線を流した。ルゥは頷く。
「本当に本当でありんすか?」
「本当に本当! なんでも言うこと聞いちゃうよぉ?」
フラグ!
「くそ〜、餌にするぐらいなら、その胸揉ませろ〜!!!!1」
と、(フラグ発生地点の)回想が終わって絶叫するもルースの体は釣り針からは逃れられない。
「いいじゃない。ちょっとの間だけよ」
釣り針が外れないか点検するルゥは屈めていた背を伸ばした。背を正しルースを見て、きょとんとする。
「た、助けてくださいよ〜」
「ちょっとの間だけよ。大丈夫大丈夫」
縛り上げられて身動き叶わず、パラミタワカヅマの話を聞き青ざめた顔で命乞いをする、既に半泣きのルースに安心してと宥めるルゥは、自分の奥底の触れてはいけないスイッチが見え隠れしていて落ち着かない。言葉を変えてもっと泣かせたくなってくる。黙っていれば渋い大人の、その顔を歪ませたくなってくる。
「ねぇ、虎徹……美味しい魚を食べる前に……ちょっとだけ、俺を味見して……」
なんて吸精幻夜の淫靡な甘い挑発の誘惑の罠にGOGOな虎徹が掛からないわけがなかった。根回し済みの釣り針に括りつけられたことに気づいても後の祭りである。
虎徹を縛って、しげしげと眺める城 紅月(じょう・こうげつ)はにこっと笑った。
「パラミタワカヒトヅマって? 美味しそうだよね!」
「それはどっちの意味で、だ!」
なんとかして逃れようとゆっさゆっさとさせているが、要所要所を抑えられているのか釣り針と一緒に変なダンスを踊っているだけでワイヤーが一向に緩む気配がしない。
人を欲で釣ったツケをきっちり 体で 支払ってもらおうじゃねぇか、と虎徹はぎりぎりと眦を吊り上げる。
「すごい……気合ね」
若い男が好みときいているのに、用意しているのは若いというよりは渋い男が二人。ぎゃいのぎゃいのしている餌役を手早く準備している二人に雅羅は唖然としていた。
「だって巨大魚の退治なんでしょ?」
言うルゥに雅羅は目をぱちくりとさせた。
「ルゥ・ムーンナルからパラミタワカヒトヅマを釣り上げるって聞いたよ? だからルースの兄貴と虎徹を連れてきたんだけど」
ルゥから連絡を受けた紅月の言葉に雅羅はやはり目をぱちくりとさせた。すぐさま半眼になる。
「ルゥ。あなた、ダウトよ」
「ちょっと、そこ! どうしてダウト言うの!?」
「ダウトは冗談だけど、ルゥ、私、海をパラミタワカヅマから助けたくて連絡をいれたのたのよ? いつの間に話が魚退治になって対象がパラミタワカヒトヅマになってるの?」
簡単に今回の経緯を伝える雅羅にルゥは片手で口を覆った。
「え、怪魚に飲み込まれた高円寺を助けてって依頼だったの? そんな、先に言ってよぉ〜」
「言ったわ」
「う。 ……あ、そうよ。小さなことに拘っちゃダメよ雅羅、何事も結果オーライよ、ね? ね?」
なぁなぁにしようとするルゥ達を紅月は無邪気な微笑を浮かべ成り行きを見守っていた。
どちらにしろ二人は雲海に垂らすだけである。
囮が空を駆ける。撒き餌も十分に撒いた。本命を垂らして、あとは獲物を待つばかりであった。
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