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リアクション
■ 魚釣り!!! ■
船の上でフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)はちょっと苛々していた。
ちょっと以上にそわそわしていた。
パートナーの意向で高円寺海の救出に来たのだが、集まってきた魚影の数を見て彼なら大丈夫という信頼が心配に擦り変わっているらしく、そわそわと落ち着かない。
「ああ、もうっ」
焦燥感に声が漏れた。
パラミタワカヅマという魚は若くてイイ男が好きだという。
パートナーであり婚約者の彼はその魚達の目からどう見えるだろう。好みが違うというが、これだけ居ればストライクゾーンぶっちぎりという個体もいそうだ。
救出とは言え、愛を知り好みを選ぶメスばかりの魚の中に婚約者が入っていくというシチュエーションにフィリシアのボルテージはぐんぐんと上がっていく。
「ああ、もうっ」
漏れる声が止められない。
考えれば考える程落ち着かなかった。
「海を抜いて、若奥様を天国にイカすのね」
「その表現はちょっと……」
「えっ?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の言葉選びを指摘したダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はSインテグラルナイトと自分を繋ぐ二本の登山用ザイルの様子を確かめて頷いた。
「……よし」
準備万端とダリルはSインテグラルナイトを軽く叩く。
「数が多いわ」
雲間に浮かぶ魚影は先に聞いていた話の通りとても大きい。近場を泳いでいるだろう海を飲み込んだパラミタワカヅマだけを狙おうと思っていたのに、その数はどこから嗅ぎつけたのか増え続け一匹どころの話ではない。
「(今助ける。ダリルが行くからね)」
ルカルカは祈るように海に向かってテレパシーを送るも、弱っているのか反応が返ってこない。
既に何人かが応戦抵抗虚しく食べられている。
海が飲み込まれた魚に目印がついているわけではない。このワカサギにしか見えない巨大魚のどの胃袋に彼は収まっているのだろうか。
それでもダリルは任せろと出発した。
その瞬間を狙ったかのようにパラミタワカヅマがその巨体を大きくくねらせる。
ばくん!
「ダリル!」
Sインテグラルナイトがザイル先の重みに耐えるように逆方向に進路を取る。
別のパラミタワカヅマがダリルを食べたパラミタワカヅマに強烈な体当たりを仕掛けた。ぺッとダリルが吐き出され、すぐさま三匹目のパラミタワカヅマに食べられる。
わかっていたが早速食べられたパートナーに焦ったルカルカは、魚類相手でもモテモテなダリルの壮絶な奪い合いを目にし、三秒呆然としてから、きゅっと唇を引き締める。
せめてもの抵抗にダリルが胃袋や口内に機晶爆弾を放り投げているみたいだが、パラミタワカヅマは器用にもそれを全て吐き出していた。あちこちで機晶爆弾が爆発するが、ダリルを取り合う女性たちに傷一つ付いていない。
どうやら手加減は必要無さそうだ。
雲海を見下ろしてハラハラとしている杜守 柚(ともり・ゆず)の肩を杜守 三月(ともり・みつき)は宥めるように軽く叩く。
「三月ちゃん。海くん、あんな大きな魚に食べられちゃったんですよね」
珍しい魚と聞いているのにたくさんの餌に呼び寄せられてその数は確認出来ただけでも二桁を超えた。
「海くん、無事で居てください」
海が攫われたと聞き急いで駆けつけた現場の、魚類が発する獲物に対する圧迫感に柚の顔は曇ったままだ。
「絶対海を助けだすよ」
「でも三月ちゃん。魚の餌は男の人って聞いてます。三月ちゃんだって危ないじゃないですか?」
状況と説明されていた事柄が柚の不安を煽っていた。動揺で今にも泣きそうな柚に三月は笑ってみせる。
「僕食べられたくないから全力で抵抗するよ」
海だって隙を突かれただけでそう簡単に食べられたりしていなかったはずだ。
「でも三月ちゃん。他の人が何人か食べられたみたいですよ?」
「それは抵抗できない餌役をやってるだからだよ。僕は吊るされてるわけじゃないからね、こう、魚の胃あたりを焼き切ったら結構呆気無く助けられるかもしれな――」
ばくん!
飛空艇がパラミタワカヅマの重さに堪えられず大きく揺れた。
甲板の上には同時に食べられながらも女は要らないとばかりに、ペッと吐き出された柚が、転がった勢いでへたりと尻餅をついている。
「み、三月ちゃんが……」
柚は突然の出来事にふるふると身を震わせた。
「三月ちゃんが食べられてしまいました!」
冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は冬の潮風に髪を靡かせつつ困った顔で両腕を組んだ。
「パラミタワカヅマか。高円寺も恐ろしい魚に捕まったなぁ」
「随分盛んな女の子だよね」
同じく雲海を眺めるアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)は少し楽しそうだ。
海が捕まり、それを自分のせいだと雅羅は負い目を感じて落ち込んでいるし。永夜はここは二人を助けようと考えているが。
「そうだな、魚の好みが若くてイイ男らしいし……高円寺が狙われたって事は、やっぱり若い十代だろうなぁ」
問題が自分たちも捕食対象になっているかどうかに、考えの重きが置かれてしまう。
「俺やアンヴェルは引っかからないとして、白影が、なぁ」
この中で一番若く海と年齢が近い凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)に視線と二人の視線は集まった。
「いや……確かにそうですけど……アレには捕まりたくないです」
船の下で奮闘している契約者達を眺め、白影はむんずと口を真横一文字に結んだ。
「んー、でもどうだろうねぇ。年齢だけとも限らないだろうし、どうやって判断してるのか、匂いか顔か……年齢なら俺は見かけは若いけどねぇ、下手したらパラミタワカヅマより年上かもだし」
それこそ見かけからでは判断できない要素だ。
「そんなこと言われても魚の好みなんてわかりませんよ、分かりたくもないですよ」
「まぁ、何にせよどの魚の中に収まっているのかわからないから手当たり次第になるのか……魔法で上手く釣り上げられればいいんだが」
と、思案しながら前に進んだ永夜の頭上が暗く翳った。
ばくん!
ユグドラシルの蔦を持ち出しエバーグリーンの強化を掛けているエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はそれを網の形に組んでいく。
「出世魚ならニイヅマの時代などもあるのだろうか」
「その名前は実際あるみたいだよ。骨の形とか似てるからもしかしなくてもワカヅマの稚魚かもね。でも、何か考えてしまう命名で、ホンケノツマとかゴクドウノツマとかあったら面白そうだ……よし、できた」
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の疑問に返したエースは手製の網を持って、船の下で垂らされている囮役の面々を眺める。
「愛のパワーって感じだね」
「愛でていたいのに捕食するんだよねぇ」
「さすが肉食系魚類ってところかな」
男性というだけで捕食対象に入る二人は、自分は食べられないだろうが相手が食べられそうだと互いに顔を見合わせた。
エースは突進する勢いで餌に食らいつこうしたパラミタワカヅマに向かって網を放り投げる。
「でもレディだからね。優しく接してあげたいよ」
風術で網の広がりと落下速度を調整するメシエが片眉を跳ねあげた。
「ほう」
「できれば暴れてほしくない、かな。 ――捕まえた!」
「こちらバウアー、パラミタワカヅマの内部に潜入した」
冷静に状況を説明しているのは経験豊富なフィリシアの婚約者でもあるジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)だった。
「食道から胃まで一メートル半、退路を確保する」
彼もまた海救出作戦に名乗りでた一人だ。長年の経験を生かしスルリとパラミタワカヅマの体内へ進入成功したジェイコブは食道の煽動に促されるまま奥へと這い進む。
「なるほど。酸素が確保されているな。呼吸に支障無し」
三日三晩生かし続ける環境はあるらしい。しかしこの空気はどこからきているのか。
胃と思われる部位に到達したのか急に開けた空間に出た。
「ん?」
先客が居る。手探りで探す。猛毒の胃液があると聞いたがそれらしき液溜まりに触れること無く、先客の肩を捕まえた。
「おい、おまえ、大丈夫か?」
軽く揺すってみるが反応が無い。空間は広くなったと言っても食道より開けただけで大の男が身動きするには狭すぎる。ましてもう既に一人少年が横たわっているのだから、狭い。
「呼吸確認、脈拍異常無し、体温はわからないな。おい、大丈夫か?」
介抱しつつ頬を軽く叩くが反応が無い。
そして、ジェイコブの救助活動もそこまでだった。
「な、霧、だ……と」
突然の噴霧をまともに浴びてジェイコブの意識はそこで混濁を迎えることとなったのだ。
胃壁からに胃液が滲み出てくる。
いよいよもって被害者が増えてきた。
そして契約者の手によってパラミタワカヅマが釣り上げられる。