薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

新米冒険者のちょっと多忙な日々

リアクション公開中!

新米冒険者のちょっと多忙な日々

リアクション




■開幕:サロゲート・エイコーン


 蒼空学園分校、東雲姉弟の通う学園の北側には山脈が位置している。
 その麓にイコンのガレージがあった。
 第二世代機のプラヴァーが並んでいるガレージ内の風景は巨人たちが鎮座しているようにも見える。パラミタ文明から離れて暮らしていた東雲姉弟たち、特に優里にはその光景は驚嘆に値した様だ。
 彼は目を輝かせて叫んだ。
「すごいよフウリー!」
「バランス悪そうな機体ね……」
 子供らしくはしゃいでいる東雲 優里(しののめ ゆうり)に比べて、東雲風里(しののめ かざり)は落ち着いた様子だ。
 ガレージの外、遠い場所に戦艦のようなものが飛んでいるのも見える。
 訓練の様子を撮影するとか話を聞いていたがあそこで撮っているのだろうか?
 自由に動き回っている彼らの様子を見ていたイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)はパンッと手を叩くと口を開いた。
「はしゃぎたくなる気持ちもわかるけど講義の時間よ。こっちに集まってね」
 彼女の言葉に従って二人は整列する。
 イーリャは二人を見やると言った。
「久しぶりね、東雲さん。パラミタには少しは慣れたかしら? 今日は本格的にイコンの実技講習に入るわよ。基礎理論までは前回から座学でやってるわね?」
「天御柱学院が最先端の研究をしてるんですよね」
「ここにある第二世代機以降の機体にはサポートシステムも導入されているとか聞いたことあるわね。複数の機晶石を用いた機体もあるとかないとか」
 東雲姉弟の返答に彼女は笑みを浮かべて頷いた。
「しっかり学習はしてるみたいね。風里さんの言った機体はおそらくジェファルコンよ。専用に加工した浮遊機晶石を用いたフロートユニット、機体の主動力炉、そして補助動力から成る第二世代機の中でも突出した能力を秘めている機体ね。でも――」
 イーリャは言うと鎮座しているプラヴァーに視線を送る。
「二人が今日乗るのはこのプラヴァーよ。第二世代機の量産型、イコンの操縦を学ぶには癖がなくて良い機体よ」
 振り返り、続ける。
「さ、まずは動かしてみましょう。メイン・サブは……今は適当に決めればいいわ。後々乗り換えて操縦してもらうからね」
「イーリャ先生。さっきから気になってたんですけど――」
 優里の視線の先、東雲たちを見ながら顔をほころばせている少女の姿があった。機械的な服を身に着けているその子をイーリャは呼び寄せる。
「紹介が遅れたわね。前に話した私の娘、ジヴァよ。訓練では私がサブ、この子がメインを務めるわ。基礎講習の目標は、私達のプラヴァーに一撃当てること。手段は問わないわ。自由に動かしてみなさい」
 二人に注目されているのに気付いたのか、焦った様子でジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)が言った。
「……ちょ、なに見てんのよ!? イコン特化種のあたしが訓練教官とか異例なんだから、しっかり覚えてきなさいよ!」
 厳しい口調であった。
 しかし何かが嬉しいのだろう、どこか楽しげな様子だ。
「さあ乗り込もうか!」
 優里は喜々としてプラヴァーに乗り込んだ。
 やれやれといった様子で風里もそのあとに続く。

                                   ■

「基礎講習の目標は、私達のプラヴァーに一撃当てること。手段は問わないわ。
 ジヴァ、地上で軽く回避行動をとってみせて」
「準備出来た? じゃあかかってきなさい。新米向け超サービスタイムで装備は同条件、飛行なし、反撃なしで相手してあげる」
 イーリャとジヴァの声に促されるように優里がプラヴァーを繰る。
 イーリャたちの乗っているプラヴァーは優里たちの乗っている機体と同型機のようだ。違いがあるとすれば安定性、操縦者の腕の差だ。
 動くたびにバランスを取ろうとフラフラしている優里たちに対し、イーリャたちの機体は不安定な動きを見せない。
「攻撃は……っと」
 歩きながら右腕を動かし、ライフルをイーリャたちに向け、撃つ。
 光が収束し放たれた。それはイーリャたちのプラヴァーに当たることなく明後日の方向へと飛んでいく。その様子を見ていたジヴァがため息交じりに告げた。
「どうしたの、動かすので精一杯?」
「みたいね」
 風里が優里のあたふたしている様を見ながら続けた。
 言い訳するように彼は後ろに乗っている姉に言葉を投げかける。
「だって指定の位置に動作させるのが難しくてさ」
「頼りない男ね」
 仕方がない、というように風里が言う。
「優里は撃とうと右腕を先行させ続けてるから照準がずれるのよ。撃つ直前に止まるか、少し後方に動いてみれば今よりマシよ、たぶんね」
「オッケー! やってみるかなっ!!」
 相変わらずの千鳥足だがその動きには明確な意思が感じ取れた。
 ジヴァもそれを理解したのか先ほどのように止まったままということはない。
 相手の銃を見ながら射線をずらそうと脚部を動かした。
「これで……」
 キュイッ、という稼働音が聞こえた気がした。
 足を曲げ、腕を動かし、先ほどと同じようにライフルを構えて放った。
「よっと――」
 ジヴァが機体を動かした。流れるような操作だ。
 脚部を横にスライドし機体を斜めに動かす。
 たったそれだけで射線から外れたのだ。
 ジヴァの操るプラヴァーの目の前を光の線が奔る。
 何度か同じように優里はライフルを撃ち込むが当たることはなかった。
「慣れないうちは当てられなくても仕方ないわね。……じゃ、二人とも降りて。優里さん、風里さんとポジション交代。遠慮しないでいいわよ。お互い、操縦やナビに不満があったでしょ? 今度はそれを意識して、もう一度やってみなさい」
「やる気でないわ……」
 ふっ、と優里を見やって風里が小さく笑みを浮かべた。
 一見、本当にやる気がないように見えるが優里には違って見えた。
 確実に自分を小馬鹿にしているのが見てとれたのだ。格の違いを見せてやろう、という意思がそこにはあった。
「御手前拝見」
 サブパイロットとして風里の操作を見ていた優里は肩を落とした。
 彼の視界では風里の放った一撃がジヴァの繰るプラヴァーに当たる姿があった。
「お見事。なかなか筋がいいわね」
 イーリャのお褒めの言葉を受けて風里は言った。
「つまらないわね」