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リアクション
第2章
中庭では、フォンデュ祭りの準備が、着々と整いつつあった。
桜の木の前のステージを仕上げているのは、人外をこよなく愛する奇人、フルフィ・ファーリーズ(ふるふぃ・ふぁーりーず)と彼が引き連れてきた仲間のオーケー・コラル(おーけー・こらる)、旅芸人のネタ帳 『偉大で強力な仕掛』(たびげいにんのねたちょう・ぐれーとあんどぱわふるぎみっく)。
前回の宿泊で散々な目にあったにも関わらず、風船屋の事をいたく気に入ったフルフィは、大きなイベントがあるということ、女将の音々がアイドルデビューするということを聞きつけ、「それはそれは、面白そうな事じゃん! フルフィたちが、是非、力添えをしたいねよねぇ」と、前日から泊まりがけで働いている。
「ミーは、女将さんたちのCMソング作戦に、お金の匂いを感じとったネー! 成功するよう全面的にバックアップするヨー!」
お金が何よりも大好きで、大体の事はお金優先で考えるオーケーは、たとえ自分に一銭も入らなくても、成功すれば大金が稼げるかも、という大博打な仕事に関わるのも大好き。ステージを盛り上げようと、演出に使えそうな打ち上げ花火やらスモークキットやらを、色々と持ち込んできた。
そんなフルフィとオーケーのふたりを、言葉遣いこそ丁寧だが、終始偉そうに命令して、こき使っているのは、流離いのマジシャンが書き留めていた手品のネタ帳、『偉大で強力な仕掛』。正式名は、『グレートアンドパワフルギミック』、利便上『ギミック』と名乗っているこの魔導書は、自称『最も偉大で強力な魔導書』で、重度に自信過剰だ。自分の為のステージを自力で制作してた為か、建築にも精通していて、フルフィからステージのことを聞いたときから、ウズウズしていた。
「この偉大な私も、参加させて頂けます? 完璧なステージを仕上げてみせますわ!」
昨日の到着早々、自信満々にアピールされた音々は、てっきり、出演者として手品を披露するのだと思ったが、希望したのは、設計と建築だった。
いの一番に名乗りを上げたことが幸いして、ステージの建設を任された彼女は、
【土木建築】の特技と、常に持ち歩いているマイ大工道具を駆使し、仲間のフルフィとオーケーの力を最大限に引き出して、素晴らしいステージを完成させようとしている。
「これなら間に合いそうですわ。フルフィもお疲れ様。巨大ひよこの小屋に目もくれず、よくがんばりましたね」
「そりゃあ、この前、ナデナデできなかった巨大ひよこのことも気になるけどぉ、女将さんたちのアイドル作戦、うまくいってほしいしぃ」
「CMソング、売れてほしいヨー!」
いつになく真剣に仕事に打ち込んだフルフィ、建築仕事の合間にステージ演出の打ち合わせもこなしたオーケーと、最後の飾り付けを仕上げながら、『ギミック』こと『偉大で強力な仕掛』は、満足げに微笑んだ。
中庭に設置したチョコレートファウンテンにスイッチが入り、コポコポと甘やかな音を立てて、チョコの泉が噴き出す。チョコ風呂は庭から一段高く設置されていて、片側はファウンテンに手が届くように狭く、もう片側はチョコがすくい取れるように広く作られていて、大きなスプーンと、雪で冷やしたアイスクリームが並べられていた。
リースとマーガレットは、チョコレートファウンテンの近くに置いたテーブルに、マシュマロなどのお菓子を詰めたバスケットとフルーツの皿を置き、具材を刺すフォークと、アイスクリーム用のスプーンに、リボンを巻いた。
「その……可愛いかな? って思ったので」
「赤と白、黄色と白、青と白。3種類のストライプ柄のリボンを用意したんだね」
「えと、種類があった方が、賑やかに見えると……」
「すごくカワイイよ!」
マーガレットに励まされて、リースが最後のリボンを結び終わったとき、甘い香りに誘われるように、客たちが、中庭に集まってきた。
エンパイアーパラミタホテルから呼んだ有名パティシエの限定チョコショップ、音々と源さんが手配した金魚すくいやヨーヨー釣りなどの屋台も呼び込みをはじめて、いよいよ祭りのはじまりだ。
「何をコンセプトにした旅館か、分からなくなってきたな」
「え、えっと……季節感重視?でも、お客さん楽しそうだし!」
「今の世らしい、なんとも女子好みの祭りで、よいではないか」
高柳 陣(たかやなぎ・じん)、ティエン・シア(てぃえん・しあ)、木曽 義仲(きそ・よしなか)の3人は、まず、屋台から見てまわることにした。
「なんだ、この甘ったるい匂いは! 苦手とまでは言わないが、野郎にはきついぞ」
まだフォンデュのチョコ風呂からはかなりの距離があるのに、陣はかなりきつそうだ。
それでも、義仲とティエンの保護者として、つかず離れず、しっかりと見守ってくれる陣に、今日は、感謝の気持ちを送りたい、とティエンは思う。
「甘い香りがいっぱいで、なんだかふんわり気分だね」
限定チョコショップをのぞいてみると、きれいにラッピングされたかわいらしいチョコレートが並んでいてた。
「お兄ちゃんや義仲くん、それに……んと、欲しそうな人にあげる分。みんな楽しまないとね」
様々なチョコレートが並ぶ中、ティエンは、今や風船屋のマスコットとなったひよこの形のチョコセットを選んだ。
「お兄ちゃんには、ビター中心で……義仲くんは、ミルクチョコを多めに……」
温泉でゆっくりと温まってきた完璧少女の仁科 姫月(にしな・ひめき)と成田 樹彦(なりた・たつひこ)は、フォンデュ素材のテーブルで、まず最初に、アイスクリームの器を手に取った。
「チョコレートの香りって、なんだか、ドキドキしちゃうよね!」
「フォンデュは、その場で作りたてのチョコ菓子を食べるようなものだからな。楽しみだ」
すかさず、マーガレットが、紙エプロンを配る。
「お洋服にチョコが垂れたりして、お客さんのお洋服が汚れちゃうかもしないから、これを使ってね」
「紙エプロン、無地じゃなくて、模様があるのね」
車椅子に乗って移動してきたセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)が、感心したように言った。
「模様のある紙エプロンの方がカワイイーって思うから。折角バレンタインなんだし、ハートとかお花とかがプリントされてる紙エプロンを用意してきたよ」
「ありがとう。わあ、お花のエプロン、かわいいですぅ」
リースから紙エプロンを受け取った佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)に、セリーナが紙皿を渡す。
「俺としては、花柄とかハート柄のエプロンは、ちょっと恥ずかしいな」
そう言ったスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)には、マーガレットが、無地のエプロンを差し出した。
「男の人には、模様のない方がいいよね。もちろん、白や紺、チョコレート色の無地のエプロンも用意しているよ。好きなのを選んでね」
「私、鉱物は肉なんですが、甘いものもいいですね」
見た目が丸っこい兎のゆる族、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)は、ハート柄のエプロンをつけて、チョコレートを絡めたクッキーをモグモグ食べている。
「女将さんや有志の方のライブもありますから、沢山楽しんでいって下さいね」
皿を配りながら、客に声をかけるセリーナは、後片付けのことも考えて、紙皿や紙エプロンを捨てるゴミ箱も用意していた。
「お片づけが大変になると思うから、燃えるゴミと燃えないゴミの箱を分けておいたわ」
「セリーナさん、ありがとうございます。リースさん、マーガレットさんも。皆さんのおかげで、可愛らしいお祭りになりました」
一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)を案内して中庭にやってきた音々が、嬉しそうに頭を下げた。マーガレットとセリーナが目配せしたのを合図に、リースが、やや緊張した面持ちで、音々に近づく。
「お片づけまで、きっちり私達がやらせて頂きますから、女将さんは、ステージの裏に行ってください」
「でも、ウチと清盛はんの出番は、まだまだ先で……」
「隆元さんが待ってるんです、会いに行ってあげて下さい!」
ステージの裏の桜の木には、まだ、蕾の兆しすら見えなかったが、フルフィたちが、フォークやスプーンとお揃いのリボンを結んだおかげで、まるで、色とりどりの花をつけているように、華やかに見えた。
その幹にもたれるようにして待っていた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に、音々が、小さな包みを差し出す。
「あのう……これ……」
今回の祭りに特別参加したチョコショップで、散々迷った末に買った桜の花の形のチョコレート。けれど、隆元は、首を振って、受け取らなかった。
「わしは、音々に謝らねばならん。音々が、わしに好意を寄せている事を薄々感じていながら、気付かぬフリをしていたことを。音々の好意は、わしへの憧れか尊敬の気持ちを誤解しているだけであろうと思ったからな」
「それは……」
ちがう、と言いかけた音々の言葉を、隆元は、手を上げて遮った。
「わしが音々に度々会いに来たのは、マホロバにあるわしの旅館の女将と音々を、勝手に重ねて、世話を焼きたいと言う己の自己満足を満たしたかっただけだ、と言う事も、謝らねばならぬな」
「……」
うつむいて、隆元の言葉を胸に納めた音々が、さっと顔を上げて、笑顔を見せる。
「隆元はんのこと、いままでも、これからも、ずっと、尊敬します」
まだ幼いとはいえ、女将として風船屋を切り盛りしてきた音々は、それで、自分の気持ちに整理をつけることができたのだった。
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