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リアクション
第8章
「昼の花火も、美しいものじゃのう」
ステージを飾る打ち上げ花火を見上げて、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)が微笑む。
ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)は、ファラの横顔に見とれた。事故で重傷を負ったウィルは、ファラに助けられ、恩義と運命を感じて契約を申し込んだ。
「素晴らしいステージでしたね」
「貴公は優しいのう……ウィル。祭りに誘ってくれたこと、感謝しておるぞ」
一緒に歩き回るふたりを、祭りのざわめきが、優しく包む。
白い雪とのコントラストが美しい椿の木の前で、ふと、足を止めたファラは、手作りのチョコレートを取り出して、ウィルに差し出した。
「えっ、ぼ……僕にくれるんですか?」
「私の故郷では、恋人や愛する者にだけ渡すものじゃ」
ファラは、ウィルに抱きつき、彼の手にチョコを置いた。
「だから貴公に渡す……嫌か?」
「そんなことありません! あ、ありがとうございます。その……とても……嬉しいです」
そう言ったウィルも、チョコを取り出す。
「実は僕も……作ってきました。僕のチョコも、よろしければ……受け取ってください」
「……嬉しいのう」
受け取るファラの頬は、赤く染まっていた。
恋人の雰囲気で会場を歩き出したふたりの前を横切って、大型のチョコファウンテンが運び込まれる。
「それは……?」
「フォンデュ用のチョコ風呂が、本当にチョコ風呂になってしまったからな。こんなこともあろうかと、音々さんが用意しておいた新しい機械を運んできたんだ。今度は、不埒者が飛び込まないように、テーブルの上に設置するぞ」
ベルクが押すチョコファウンテンの台車が通り過ぎると、食欲をそそる香りが漂ってきた。
「メキシコ料理のモーレです」
リースたちが運んできた涼介の料理を、客たちが、歓声を上げて迎える。
「どんなお料理なんですか?」
涼介をステージに上げたワイバーンドールズの理沙が、マイクを向けて尋ねた。
「バレンタインスペシャルということで、鶏肉のピリ辛チョコソースがけです」
「解説をお願いしますわ」
反対側から、セレスティアもマイクを差し出す。
「カカオ分の強いチョコに、唐辛子、シナモン、クローブ、コショウなどのスパイス、トマト、玉ねぎ、パン、ナッツ、バナナ、レーズン、ごま、塩などの材料を混ぜてソースを作り、焼いた鶏肉にかけて熱々を陶板焼きで提供しています」
「メキシコでは、どんなときにモーレを食べるんですか?」
「お祭や、結婚式などで供される料理です」
「お味の方は?」
「甘味と辛味が複雑に絡まった、クセになる味です」
「チョコのソースってめずらしいですね」
「チョコには性欲をかき立てる効果があり、好意を持つ感情のもととなる成分が秘められていて、さらに疲労回復効果もあり、古来より媚薬にも使われてきました。今宵は大切な人と素敵な日をお過ごしください。それでは素敵なバレンタインを」
「ウィル、私は、貴公と、あの料理を食べてみたい」
ファラが、ウィルに囁く。
「では、フォンデュの前に」
いそいそとモーレをとって戻ってきたウィルから皿を受け取ると、ファラは、ソースのたっぷりかかった部分をフォークに刺して、差し出した。
「貴公から食べてくれぬか? その、決して、媚薬効果を期待しているわけではないぞ。勘違いせぬようにな」
「媚薬なんて……必要ありませんよ……」
「何と言った? よく聞こえなかったぞ」
「な、なんでもありません。では、一緒に食べましょう」
お互いにモーレを食べさせているふたりを見て、姫月が、樹彦を振りかえる。
「私たちも、あれ、やってみようよ、兄貴」
「俺たちには、ちょっとな……まだ早い、だろ……」
樹彦にはそう言われたが、姫月は、彼と離れていた間の分をとりもどしたくて仕方ない。それだけ、樹彦が大好きなのだ。
「それより、新しいファウンテンが来たんだから、フォンデュ食おうぜ。フルーツも追加されたし。苺ばっかで、他のもの食べてなかっただろ。バナナはともかく、キウイとかリンゴにチョコ絡めたのって、どんな味がするんだろうな」
「フォンデュもいいけど……はい、兄貴」
「これって……」
「私の手作りチョコ」
「俺に……?」
「兄貴以外の、誰に渡すっていうのよ」
「あ……ありがとう……」
「お返しはキスね」
「はあ?」
「チョコのお返し。くれるんでしょう?」
樹彦は、あたりを見回した。祭りは大勢の客たちで賑わっているが、皆、自分たちのことに夢中だ。
「ねえ、兄貴……まだ?」
姫月は、樹彦に顔を向け、目を閉じている。どうやら、覚悟を決めなければならないらしい。
「……」
素早く、微かに触れるほどのキスを姫月のくちびるに落とした樹彦は、それだけで、真っ赤になった。
「俺……フォンデュ取ってくる! もらったチョコは、しばらく取っておきたいからな!」
照れ隠しにそんなことを言って、ファウンテン目指して駆けて行ってしまった樹彦の背中を姫月は、頬笑みで見送った。
「ふふ、今年は、今までで最高のバレンタインね」
悲哀は、テンパっていた。
「ま、まさか……なんという偶然! 面白そうだと思った旅館に、耀助さんがいらっしゃるなんて……」
チョコレートフォンデュと風呂を合わせたイベント。初めて聞いた物珍しさに、つい、来てしまったら、そこに、偶然、好きな人が居た。この状況では、テンパるのも仕方ない。
「ど、どうしましょう。目を合わせることができません……」
これは、チョコを渡せという神様のお導きなのだろうか?
悲哀は、他の客たちや木の影から、こっそりと耀助の様子を窺い、声をかけるチャンスを狙ってみたが、イングラハムががっちりとふたりをガードしていて、近づくことすらできない。
「ま、まぁ、実際はチョコも手元にないですし……や、やっぱりそう簡単には告白する機会なんて……」
諦めようとした悲哀の耳に、チョコショップで、呼び込みをしている見習いパティシエの声が響く。
「エンパイアーパラミタホテルのパティシエが、風船屋さんのために、限定で、かわいいひよこのチョコレートを作りました〜! ビター、ミルク、ホワイトの3種類の詰め合わせがオススメですぅ!」
「……ってチョコを売ってるんですか?」
覚悟を決めて、ひよこチョコの詰め合わせを購入する。もちろん義理用などではなく、本気中の本気仕様、ショップにある中で一番高価な、大箱入りのひよこ12匹詰め合わせを選んだ。
「……これは、いよいよもって逃げ場がなくなってしまった感じが……い、いえ。ここまで整っているんですから。告白をさせて頂きましょう」
こんな事なら、先に温泉を堪能して、きちんと身綺麗にすべきだったとか、もっと可愛い服を着てくるんだったとか、そんなことを考えているうちに、イングラハムに巻き付かれたキロスを見捨てた耀助が、悲哀の前まで逃げてきた。
「さらば友よ……俺は、女子との出会いを極める!」
「今です、今しかないですっ!」
悲哀は、買ったばかりのひよこチョコの箱を、耀助に向かって、勢い良く突き出した。
「あ、あの、耀助さん。わ、私と……お付き合い下さい!」
付き合いではなく、むしろ、突き合うことを望んでいるのではないかと思われるほどの鋭い突き出しが、耀助の顔面にヒット!
「ひぶっ!」
ノックアウトされて鼻血を出しながら吹っ飛ぶ耀助に、イングラハムからようやく逃れたキロスが飛びかかる。
「女子から告白だと? 頼む、俺も混ぜてくれ!」
そこに、さらに突進してきたのは、巨大ひよこに偽装したつもりの吹雪。
「キロス君は、非リア充であるからこそ、輝くのであります〜!」
「うわなにをするやめ……」
ドボンッ!
吹雪、耀助、キロスの3人は、絡まったまま、チョコ風呂に沈んだ。
「ここで自分が倒れようとも……第二第三の刺客が……現れるであります!!」
そんな台詞を残して、チョコの中へと沈んでいくピヨぐるみが、耀助とキロスの心に、深刻なトラウマを刻みつける。
「ひよこ……怖い……」
「チョコ……怖い……」
「ん? ジーナ、何か言った?」
「空耳でございますですわ」
ジーナに軽くあしらわれた衛だったが、彼は、余計なことをして地雷を踏むタイプの代表。
「ジナ、オレの分のチョコは〜?」
さらにしつこく尋ね、「あそこ」とチョコ風呂を指差された。
「あの大っきなひよこが、オレのチョコ? すごいや!」
衛は、着ぐるみごとチョコまみれになった吹雪へダッシュ!
「うおおおっ?」
ようやく這い上がったてきた吹雪は、衛とともに、超満員のチョコ風呂の底へと、再び、吸い込まれていった。
ステージ衣装のまま祭りの会場にやってきた清盛は、差し出された花束に、目を丸くした。
「義仲!」
「ティエンに聞いたところによると、バレンタインにはチョコではなく、しかも男から女性に花束を贈る風習もあるらしい」
「それで、花を? 嬉しいぞ!」
ぱっと清盛の笑顔が輝く。
昔は、様々な相手に贈り物をしたが、ここまで素直に喜んでくれる者はいなかったな、と義仲は思う。
だからこそ、派手好きとはいえ、アイドルとは……という気持ちがないわけではない。
「歌いながら義仲を探したのだが、見つからなかった」
「後ろの方で見ていたのでな……」
「音々とふたりでアイドルになって、CMソングを売り込む企画、義仲は、気に入らないのか?」
複雑な表情を見せる義仲に、清盛が単刀直入に尋ねる。
「いや、人前で舞うのも歌うのも悪い事とは思わぬ。だが、大勢の好奇の目にさらすとなると……俺もまだ器が小さいのかも知れぬな」
苦笑いの義仲に、清盛が、ひよこの形の箱を押しつけた。
「バレンタインのチョコレートだ。祭りに店を出しているチョコショップのひよこチョコだが、予約しなきゃ買えなかった限定中の限定品だぞ」
「清盛……」
「心配するな、たとえ超人気アイドルになろうと、私は、義仲一筋だ。恋人がいることも、ちゃんと公言する」
「しかし、アイドルというものは……」
「ああ、アイドルらしく、特定の恋人をつくらないとか、そういうのは、音々に任せることになったんだ。だから、安心しろ!」
豪快に、清盛が笑う。
この性格では、別の意味で安心できそうもない、と思いながらも、義仲は、自分の顔が赤くなるのを感じていた。
「ようやく会えたね!」
「ふたりとも、無事で良かった、心配してたんだよ! それにしても、ふたりとも、すっかりお忍びが板についたね」
超巨大ひよこ騒動に阻まれて、なかなか会えなかった理子とセレスティアーナに合流できたルカルカは、用意してきた友チョコを渡した。
「ちゃんと持ってきたんだよ」
理子の箱が赤、セレスティアーナが紺色のレースのリボンで箱を飾ったチョコは、中身もカードも別々で、それぞれの好みに合わせてある。
「はい、これ」
「私たちからの友チョコだ」
「ああん、食べるの勿体無いよう、ありがとうっ」
理子がルカルカに渡したのは、ピンクのひよこ型の箱、セレスティアーナのは白いひよこ型の箱。
「ひよこチョコみたいだけど、こんなかわいい箱、チョコショップで売ってなかったよね?」
「予約した人だけが買えたのよ。かわいいでしょ?」
「さあ、そろそろフォンデュとかいうものを食べに行こうではないか」
「ちょっと待って、自分たちの分のチョコも持って来たんだ」
ルカルカが取り出したのは、チョコボーム。チョコレートで作られた球体のお菓子で、中にも様々なチョコレートが詰まっている。個別包装なので、ばらまかれても安心だ。
「えーい!」
ルカルカが投げたチョコボームは、桜の木に当たって弾け、恋が叶った者にも叶わなかった者にも、チョコレートを渡せた者にも、ひとつももらえなかった者にも、祭りを彩る甘やかな幸福の欠片となって降り注いだ。
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担当マスターより
▼担当マスター
ミシマナオミ
▼マスターコメント
初めての方は初めまして。
ミシマナオミです。
雪の風船屋で開催されたフォンデュ祭り、いかがでしたでしょうか?
またまた風船屋らしくカオスな状態になってしまいましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
チョコレートをもらえた方ももらえなかった方も、ご参加ありがとうございました!