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カルディノスの角

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カルディノスの角

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第三章 巨大カルディノス現る

 ダリルたちがカルディノスを倒すことに成功したその頃――。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は身を潜めていた。渓谷地の奥深く、薄い霧のたちこめる谷間だった。隣には、パートナーのガウル・シアード(がうる・しあーど)の姿もあった。
 他にも、仲間がいた。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)……とにかく、たくさんだ。みんな、目的は同じだった。谷間の奥にいるひときわ巨大なカルディノス。その角を手に入れることだった。
「……いるな」
 レンがつぶやいた。仲間たちが、それぞれに身を隠す岩肌から顔をのぞかせた。
「ああ、いる」と、甚五郎。
「しかも、厄介なぐらい馬鹿でかいやつが」と、真司が言った。
 レンは空を見あげた。薄い霧に隠れて見えづらいが、空を、炎雷龍スパーキングブレードドラゴンと聖邪龍ケイオスブレードドラゴンという二種のドラゴンが飛行していた。乗っているのは、氷室 カイ(ひむろ・かい)氷室 渚(ひむろ・なぎさ)の二人だった。
 レンは片手を振って合図を送った。ぎゃおっ、とスパーキングブレードドラゴンが主人の命令で一声鳴いた。ぐるぐると回っていた二体のドラゴンは、ぐおんっと軌道を変えて、カルディノスの頭上に当たる場所まで移動した。
 続いてレンは、オデットたちに目をやった。視線の合図を見たオデットと、そのパートナーのフランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)は、岩陰に隠れたまま谷間の肌を渡るように移動した。一歩間違えれば落下する危険性を伴うが、オデットたちを信頼するしかない。
 レンの腹はくくられていた。大物狙いでいこう。事前に仲間たちとそう決めていたのだ。
「作戦Bでいく。ぬかるな」
 レンはささやくような声でみなに言った。愛用のハンドガン型ナイフ――魔導刃ナイト・ブリンガーの紅い刃が、脈打つようにかすかな音を立てた。
 まず動いたのは、真司と、獅子の姿に変身したオリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)だった。オリバーは獅子の獣人だ。カルディノスの鼻を刺激するために、生肉を牙でくわえこんでいた。一人と一匹は、ゆっくりカルディノスに近づいた。
 すると、カツン。わざと真司が蹴った小石の音に、カルディノスが気づく。ぱちっと開いた目が二人を見すえ、洞穴みたいな二つの鼻の穴がひくひくと揺れた。オリバーがくわえている生肉の匂いや、真司たち自身の新鮮な匂いを感じてとっているのだ。
 のっそりと、カルディノスは起き上がった。その大きさはゆうに人間の十倍を越えていて、予想だにしない全長に、一瞬だけ真司とオリバーは硬直した。だけど、それで立ち止まるわけにはいかない。やがて、カルディノスが眠気から覚めて、びりびりと谷間を揺らす雄叫びをあげると、一人と一匹は、すかさずその場から逃げ出した。
 もしかして、敵を前に臆したのか? そうじゃない。二人の役目は、味方の前にカルディノスを誘い込むことだった。まんまと誘いに乗ったカルディノスは、頭をのけぞらせ、翼をばたつかせながら、身を乗り出してきた。
「今だ! 甚五郎!」と、真司がさけぶ。
「ああ、いくぞ!」と甚五郎がこたえて、岩肌からカルディノスの背中に飛び降りた。
「ルルゥ、我らも甚五郎たちを追うぞ」
 岩の上にいた、スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)が言った。
「は〜い!」
 スワファルにまたがるルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)が手をあげてこたえる。
 青灰色にかがやく金属製の蜘蛛型ギフトは、いまやルルゥの乗り物状態だった。憮然な気持ちにならなくもないが、いまはそれをつべこべ言ってる暇はない。ルルゥを乗せたまま、スワファルは甚五郎たちを追った。
 背中に虫でも這っているような――人間でいうとそんな気分になったのだろう。カルディノスは背中に首を伸ばしたり、翼を何度もばたつかせたりして暴れまわった。振り落とされないように細心の注意を払いながら、甚五郎たちは手に持ったスプレーを放射する。辺りに、にんにくやレモンの刺激的な香りと、霧吹き状の液が飛び散った。
 カルディノスがさらに勢いを増して暴れまわった。鼻が何度もひくつき、苦しそうな声をあげている。匂いに敏感すぎるだけに、柑橘系の香りは特にこたえたのだろう。
 横合いから飛びだしたワイヤークローが、ぐるんぐるんとカルディノスに巻きついた。
「少々傷むが、我慢するんだな!」
 ガウルが、ワイヤークローに『アルティマ・トゥーレ』の呪文をかける。ガウルの手元から瞬時に凍り漬けになっていくワイヤークローは、カルディノスの鱗すらも、ワイヤーの当たる部分だけではあるが凍結させた。
 続けて、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がカルディノスの背中に乗った。その手には、破鎚竜「エリュプシオン」と呼ばれる武器が握られていた。リーラの体内にある竜型機晶生命体そのもので、リーラの呼びかけに応えて、手の中に顕現する武器だった。
「エリュプシオン! いくわよ〜!」と、リーラが呼んだのが、数分前。
 槌状態で顕現したエリュプシオンは、まるでリーラの呼び声に応じるようにうなりをあげ、カルディノスの背中にガツンとたたき落とされた。
 ぎゃおおおおおおおぉぉぉ!
 と、氷漬けの鱗を破壊されたカルディノスがさけび声をあげる。
 ドラゴンに乗って空を飛んでいたカイと渚が、その隙を逃さなかった。急降下したドラゴンが、カルディノスの翼を狙う。何度もばたつく翼目がけて、カイは二刀流のロイヤルソードの一撃を。渚はドラグーン・マスケットの砲撃を放った。
 抜刀術『青龍』――冷気をまとった刃で敵を斬りつける剣術だ。カイが斬りつけた箇所は、次々に氷結していった。
 そして、竜騎兵が使う本場の竜乗り銃が、ドラグーン・マスケット。竜の角からつくられ、魔術的ライフリングが施されている特別製の弾は、カルディノスの硬い鱗さえも貫いてしまった。
 カルディノスの身体がみるみるうちに傷ついていく。それでも暴れまわるだけの体力があるのは、さすがだ。
 レンは自らもナイト・ブリンガーの紅い刃で硬い鱗を斬りつけながら、感心していた。
 だけど、急がなくては。カルディノスの身をしばりつけるワイヤークローがちぎれるのも時間の問題だろう。
 ちらっと、レンはカルディノスの右上にあたる岩肌へと視線をやった。すでにそこに登りきっていたオデットとフランソワの姿が、そこにあった。

「見て、フラン。皆の攻撃がだいぶ効いてるみたい。そろそろだね」
 オデット・オディールが言った。
 岩肌をのぼり、物陰に隠れるなんて、なんだかかくれんぼみたいだった。
 ちょっとドキドキする。不安も同じくらいある。失敗したらどうしよう? みんなの足手まといになったらどうしよう? そんな思いが渦を巻いていた。オデットは表面にはそんな気持ちを出さず、ぐっと自分の心を飲み込んだ。
 だけど、フランドワにはわかっていたみたいだ。フランソワはオデットの肩をぽんと叩いた。
「ええ、そうね。大丈夫。落ち着いてやれば、ね」
「ありがとう、フラン」
 フランソワといるといつも落ち着く。オデットは呼吸を落ち着けた。
「うぅ……それにしても」
 フランソワがベルトにくくりつけたゴブリンの腰布を見ながら、顔をしかめた。
「これ、服に臭いがついたりしないかしら……」
 見た目は美形の男のくせに、フランソワはやたらと香りや美容に敏感だった。
 ゴブリンの腰布の異臭は鼻をつくほど凄くて、いい加減にげんなりしてくる。まあ、そうでなくたって、誰もこんな汚らしい腰布を身につけようなんて思わないわけだけど。
 オデットはフランソワに心の底から感謝した。
「ありがとね、フラン。代わりに持ってくれて」
「あら、何言ってるの。こんなの、女の子に持たせるわけにはいかないわよ」
 フランソワはそう言って、ウインクした。
 普段は女性的なフランソワ。だけど、時々、紳士みたいになるときがある。どっちが本当のフランなんだろう? きっと、どっちもだろうけど……。オデットがそんなことを考えていたとき、カルディノスが大きな雄叫びをあげた。
「きた! 今だよ、フラン!」
「オッケー! ……風術っ!」
 フランソワはゴブリンの腰布をほどいて、風術の風に乗せた。
 突風に乗った腰布は、まるで狙い澄ましたかのようにカルディノスの鼻先に飛んでいった。その強烈な異臭に、カルディノスは思わずのけぞる。〈破砕の獅子〉といえど、腰布が放つ臭いには耐えきれなかったようだった。
 そして、カルディノスがたたらを踏んだ場所。その位置こそが、フランソワの目論見の場所だった。
 魔術の力が作用したインビジブル・トラップが発動した。光輝く魔法の触手みたいなものが飛びだしてきて、カルディノスの腕や足に絡みつき、動きを制限した。
「……かかったわ、オデット!」
 フランソワが嬉々として言う。
 オデットはうなずく。すでに魔杖シアンアンジェロをかかげていて、杖の先に光が帯びるところだった。

 オデットのかかげた杖から、魔法が放たれた。
 炎や、冷気や、雷撃といった、自然界の猛威が、次々とカルディノスに襲いかかる。
 カルディノスがひるんだその隙を、レンははっきりと見ていた。
「うおおおおぉぉぉ!」
 気合いの声をあげて、レンはカルディノスの身体を足場にして跳んだ。頭上までのぼる。
 振り上げたナイト・ブリンガーの紅い刃が、一閃。
 カルディノスのそり上がった二本の角のうちの一本が、ずうんっという音をあげて地面に落ちた。
 そして、カルディノスは翼を思い切りばたつかせた。ワイヤークローをついに断ち切ったカルディノスは、まるで逃げるように空へと立ち去っていった。