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カルディノスの角

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第二章 眠れる巨獣 1

 料理の腕をあげなきゃ! ご期待に応えなきゃ!
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はそう一大決心していた。当然、パートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)たちから疑問を投じられることにはなった。
「料理なんて、ダリルみてぇに絶品じゃなくても一応食えるだろうに……。なんでそんなに切羽詰ってんだよ?」
 そうたずねたカルキノスに、ルカは食い気味に言った。
「だって緊急なの! 古今東西の素材の知識と調理法、調理の経験と腕前、全部いるの! 全部!」
 さっぱり訳が分からなかったカルキノスは、首をかしげる。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、そっと耳打ちした。
「ルカはこの前、金団長から弁当係に任命されたんだ」
「あー……なるほどな」
 そりゃ必死にもなるなと、カルキノスは納得した。というのも、ルカは金団長のことになると目先のものが見えなくなるぐらい、暴走してしまうからだ。団長の期待に応えようと一生懸命になってるんだろう。数日前から、各地の珍味や食材をいくつも調べあげていた。
 その中の一つ。角から採れるエキスが非常に美味いと評判の、巨獣カルディノスについての記述に、ルカは目をつけた。
「これなんてどう!? 団長、喜んでくれるかな!」
 たずねたのは、夏侯 淵(かこう・えん)に対してだった。夏侯淵は〈夜の黒猫亭〉から手配されている依頼書に目を通しながら、つぶやいた。
「ふむ、カルディノスか……。角は珍味として有名。肉は食用になる、と。面白いのではないか?」
「じゃあ、さっそく出発よ! カルキノス探しに!」
「俺!?」
 名前が似ているため、ややこしい。
 ルカたちはその日のうちに、高速飛空挺『ホーク』に乗り込んで、カルディノスが生息しているとされる渓谷へとやって来た。リムジンタイプの小型飛空挺に、四人がみっちり入っている。ダリルは運転。カルキノスは竜族特有の視力を活かし、ルカと夏侯淵は双眼鏡で、渓谷地を上空からくまなく探した。
 最初こそ、これといったものは見つからなかった。見渡す限り、谷間や森林や岩山ばかり……。獣の鳴き声や鳥の羽ばたく音が聞こえるが、それ以外には何も聞こえない。だがしばらく根気強く探していると、やがて、ルカたちは一際大きい獰猛な獣の雄叫びと、巨獣に追いかけられる人々を見つけた。
「あれは……!」
「やばい、助けないと!」
 ダリルが運転をストップさせて、ルカがドアから飛びだした。飛行魔法で空を飛び、逃げ惑う人たちのもとへと急降下する。続けて、カルキノスと夏侯淵がその後を追った。ぽいぽいカプセルからボワンッと音を立ててあらわれた小型飛空挺アルバトロスに素早く乗り込む。ダリルは、飛空挺『ホーク』の軌道を、ルカたちの背中に向けた。


 一方、ルカたちが渓谷地を探索する数十分前のこと。
 渓谷地の森の中に、その場にはそぐわない奇妙な集団がいた。一人はバーテンダーの格好をしている地球人で、他に剣の花嫁(ただし、男だけど)、機晶姫、花妖精がそろっていた。先頭にいるバーテンダーは、酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)。男装の身なりをしているが、見た目は女性だ。現に性別も女性らしく、艶やかな黒髪を後ろでたばねた小さな卵みたいな顔が、勘弁してくれとばかりにくしゃっとなっていた。
「あのさー……私、本当はこの渓谷の植物とか、なんかこう、使えそうな香料とか果物ないかなーって思って、興味本位で来たわけよね。あくまで自分の研究のために」
 そうぼやくように言った真衣兎に、楪 什士郎(ゆずりは・じゅうしろう)がうなずいた。
「確かに。俺もそう聞き及んでる」
「だったらさ……。なんだってこんな大所帯で来ないといけないわけよ!?」
 真衣兎はふり返った。
 後ろではいかにも馬鹿っぽい顔をしてる曾我 剣嗣(そが・けんじ)が「おおー、すげー。なんだかジャングルみたいだー!」とか勝手に感激してるし、レオカディア・グリース(れおかでぃあ・ぐりーす)は他のお花たちと友達になって、「あらあら、あなたも実のなる花なんですの? そう……素敵ですわね」と、お花同士でしかわからない会話を繰り広げていた。
 真衣兎は頭を抱えて、うああぁとうめくような声をあげた。
「特に……特に……剣嗣! あんたが一番、やっかいなことを起こしそうな気がする! お願いだから、不用意にそこらへんのものに触ったりしないでちょうだいね!」
「あ? なんか言ったか?」
 すでに遅かった。
 剣嗣が手にしていたのは大きめの石だった。森の奥で眠っている、巨大な生物目がけて、振り被っている最中だった。そこから先は真衣兎にはスローモーションに見えた。止めようとさけぶ真衣兎。それに驚いたせいでとっさに手を離してしまった剣嗣。石は手の中から飛びだし、巨大生物のもとへと孤を描く。
 ゴツン……と音が鳴ってから、巨大生物はぱちっと目を開けてむくりと起き上がった。石と、たんこぶが出来た自分の頭と、真衣兎たちを見比べている。しばらくして、ようやく痛みが回ってきたのか。竜のような巨体の獣は、ごおおおおぉぉ! と雄叫びをあげた。
 大体のトラブルは剣嗣が起こすと思っていたが、言わんこっちゃない。唯一、物事を冷静に見ることができる什士郎は、頭痛でも起こしたように片手で頭を支えた。
「このバカ剣嗣! あなた一体、何を考えてますの!?」
 普段はおっとりしているレオカディアも、さしもの状況には激怒せざるえなかった。剣嗣は言い返した。
「うるせぇ! バカって言うほうがバカなんだよ! バーカ! だいたい、真衣兎が驚かすからいけねえんだろ!」
「私!? 私が悪いっていうの!? 私はあんたが問題を起こす前に止めてあげようと――」
「口げんかしてる場合か! いまはとにかく、逃げることが先決だろう! こいつはいますぐにでも襲ってくるぞ!」
 什士郎がみんなを落ち着かせようとした。余計、パニックになった。
「あるー日ー渓谷の中ーモンスターにー出会ーったー……って歌ってる場合かー!?」
「セルフツッコミしてる場合じゃねえぞ、真衣兎! どうにかしなくちゃいけねえってよ!」
「戦えって? 嫌です無理です駄目ですお断りします。無理無理無理無理無理」
 真衣兎は両手で耳を遮ってぶるぶると頭を振った。それから、真剣な抗議を始める。
「単なるバーテンダーに戦いを求められても困るのよ!」
 什士郎は仕方なく、真衣兎たちに助けを求めるのは諦めた。
「真顔で言う事か! ったく……まぁいい、何とかする! 逃げるにしろなんにしろ、コイツの気をそらす必要がある! レオカディア、援護を頼む!」
「あぁぁもう! まったく仕方がありませんわね!!」
 二人がその場を凌ぐ間、真衣兎と剣嗣は逃げることにした。
 森の木々を薙ぎ倒しながら、巨獣が近づいてくる。ここにきてようやく、真衣兎は気づいた。こいつ、レオカディアが持ってきた依頼書に載ってた、カルディノスとかいう獣だ! なんでも角を採ってきてくれとかいう依頼だった。こんなものの角を採ってくるなんて、ギルドの依頼ってやつも無茶な注文をする!
 什士郎とレオカディアがカルディノスと戦う音を背後にしながら、真衣兎と剣嗣は必死に森を駆け抜けた。二人とも、死んだらちゃんと供養するからね! そんな容赦ないことを思っていた矢先、どささささっ! と、二人の目の前になにかが落下してきた。
「きゃあああぁぁっ! なになになになにっ!?」
「大丈夫! ルカたちは味方だから!」
 落下してきたのはルカルカ・ルーと名乗る契約者の女性と、それから小型飛空挺に乗った人間みたいに歩く竜と少年だった。遅れてリムジンタイプの高速飛空挺も降りてくる。
 真衣兎は一体何のことだと思いながら、警戒していた。
「よろしくね。私はルカルカ、彼はカルキノス」
 ルカが自己紹介すると、真衣兎はたちまち青ざめた。
「カル……って、あのデカいのの仲間ー!?」
「違う違う違う! カルキノスはルカたちの仲間だって! 敵じゃないよ!」
「だってだってだって! 二足歩行で角があるよ!」
 頭を指さしてくる真衣兎に、カルキノスは呆れながら釈明した。
「二足歩行で角があるなんて……そんなのゴマンといるじゃねえかよ! 俺はカルキノス・シュトロエンデ。そんな、カルディノスなんてパチモンみたいな名前じゃねえ。第一、俺は竜族だ竜族! 見てみろ! これで竜だってわかるだろ!」
 カルキノスはそう言って、『ドラスティックフォーゼ』と呼ばれる力で巨大な黒龍に変身した。それまでは背の高い人間ぐらいだった背丈が、いっきに何メートルという巨大な化け物になって、真衣兎はよけい震えあがった。
「やっぱり本物ー!?」
「なんでじゃー!」
 信じてもらえないイライラで、カルキノスは空に竜のブレスを吐き出す。
 黒龍の姿から元の竜族の姿に戻って、カルキノスはがっくりと肩を落とした。
「もう、俺は諦めたよ。ルカ……何とか説明してくれ」
 どーせどーせ俺なんて……と、カルキノスは隅っこで丸まってふて寝してしまった。その姿を見て、真衣兎たちもすこしはルカたちの言うことを信じる気になったようだ。
「とにかく、いまはこの場から離れるのが先決だ。向こうさんも、やって来るみたいだしな」
 ダリルが提案した。背後から迫ってきていたカルディノスから逃げるため、真衣兎たちはルカたちが持ってきた小型飛空挺に次々と乗り込んだ。遅れて、什士郎やレオカディアも乗り込む。全員が乗り込んだのを確認して、ダリルたちは一気に飛び立った。
 寸前のところで獲物を取り逃がしたカルディノスが、怒りに満ちた遠吠えをあげていた。