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4章 愛の証明

「ワイらの出番か……。説教かましたるで」
そう言って愛の無い世界にできた亀裂からワールドマスターのいる世界に突入するのは、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)達、4人である。
4人が着いた先は、自由を捨てたワールドマスターの世界と同じく、何も無い空虚な世界であった。
そこにただひとり、自分の創り出した世界を眺めている作家がいた。
「あんたが愛の無い世界を創り出した奴やな?」
「あぁ、そうだよ。君たちか、僕の世界に愛なんていらないものを植え付けたのは」
そう作家が言うと泰輔は激昂し殴りにかかろうとした。
「あんさん、ふざけんのも……!」
「ダメです、泰輔さん!」
それを止めるのはレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)である。
「やれやれ。泰輔の気持ちもわからなくはないが、直情的はいかんぞ」
二人の後ろで事を眺めているのは讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)
「それにな、我の後ろで作曲家が泣いておるのだ」
顕仁の後ろで涙するのはフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)}である。
「悲しすぎるじゃないですか……! 愛を知らない世界なんて……それ以上何も失うことの無い世界ですよ……」
「君も想いを形にする人間じゃないか。見てみなよ、確かに愛は捨てた。けれど人々は皆幸せそうに暮らしているじゃないか!」
まるで己の幸せのように語る作家を見て再び作曲家は涙した。
「なぜ、その世界が幸せと……空っぽの世界だと気付かないのですか!」
「空っぽだと? この世界のどこが空だと言うんだ!」
「愛の痛みを知らない世界ですよ」
作家と作曲家は1歩も引かない口論を繰り広げていた。
「作家殿、そなたは今でも自分は愛なぞ要らないと言うのかの?」
二人の口論を見ていた顕仁は唐突にそう質問を投げかけた。
「あぁ、僕に愛なんていらないね」
「ふむ、不思議じゃの。先ほど自分の世界が幸せだと語るそなたの目はその世界に住んでいる人間への愛に満ちていたぞ」
「なっ……」
「愛を要らないというそなたはどうやら愛に満ちた人間のようであるな」
顕仁は微笑みながら作家にそう語りかけた。
「それでも他人なんて……。悲劇の始まりにしかすぎないんだ」
「なるほど。しかしその悲劇が、このような喜劇を生んでいることには気が付いておるのか?」
「喜劇? どこに喜劇があるというんだ!」
「前を見てみろ。そなたの為に泣く作曲家がおる。そなたの為に怒れる男がおる。そなたの為に本気になれるおなごがおる。これを喜劇と呼ばず、何を喜劇と呼ぶ」
「っ……」
「安心せい。今この時はそなたは不幸ではないぞえ?」
「そんなこと……」
顕仁とフランツの説得で作家はすこしずつ心を開き始めていた。
「泰輔さんが、貴方を殴ろうとする理由がわかりますか?」
次はレイチェルが質問を投げかけた。
「それは……僕を恨んでいるから……こんな世界を作ったから」
「あなたは作家だというのに人の心は読みとれないのですね……。泰輔さんはあなたの事が愛おしいから本気で怒ってらっしゃるのですよ?」
「そんなことありえない! だってほとんど僕らは初対面じゃないか……」
「愛の真逆は、無関心……。私達はあなたに愛を、想いを届けにきたのです」
レイチェルの発言に作家は心を打たれたようで、うつむいてしまった。
「……それでも愛があるから痛みを感じるんだ……」
そう言うと泰輔は作家を殴りつけた。
「泰輔さん!」
「痛いか? 痛いやろ! これが生きている証拠や!」
泰輔に殴られた作家は放心状態の様であり激昂する泰輔を眺めることしかできなかった。
「お前さんは作家なんやろ? 他人に自分の作品が評価された嬉しかったんとちゃうか?」
「そりゃ、嬉しかったさ……けど、嫌なことだってあった!」
「当たり前や! それが愛を背負う痛みや! あんさんは石か? 孤島か? ちゃうやろ! 人間や! 痛みを感じて、愛を、幸せを感じる事の出来る人間や!」
怒鳴られた作家は自分の創り出した世界を見下ろした、そこには他者に愛され幸せを覚えた子供達と、他者に愛され痛みを知った青年たちがいた。
「お前さんが作り出した世界にいる住人はそんな痛みもしらん奴ばっかや。そんなん人間といえんとちゃうか?」
「それは……」
「わからんのならまだどついたるわ。この痛みが愛の、生きている証ってことや!」
「それ以上は駄目です、泰輔さん!」
再び作家を殴ろうとする泰輔をレイチェルは制した。
「ここまであなたの為に本気になる人をみても、まだ愛なんていらないというのですか!」
「僕は……喜劇を演じていると思い込んで、悲劇の主役になっていたというのか……」
眼下の世界では公園で幸せそうに歌を歌い始めた子供達や、とある青年に自己紹介を強要され逃げ惑う住人達が見えた。
しかし、それらの人たちは周りで自分しか見ていない人間より人間らしく、幸せそうに見えた。
「あぁ……そうか……愛ってこういうものなんだ……」
そう作家が呟くと世界そのものに亀裂が走り崩壊が始まった。
「なっ、なにが起きるんや!」
「ふふっ……愛の無い世界はもういらないって事さ」
その言葉を聞いたフランツは再び涙した。
「ようやく気が付いてくれたんですね、愛の素晴らしさに……。今流しているのは喜びの涙ですよ」
「作曲家さん、君は優しいんだね」
「ここにいる全員が優しいのですよ。君を含めてです。人間とはそういうものですよ」
「そうみたい。ありがとう、みんな……愛しているよ」
そう作家が呟くと完全に世界は崩落し、4人は世界から脱出した。
「愛しているか……やっぱいいもんやな」
こうして愛の無い世界は愛を覚え、消えて行った。
セカンドミッション、セカンドフェイズ完了。