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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 戦いが始まって直ぐ、雅羅の指示通りその場から逃げた。
 でもハイコドは戻ってきた。
 あのまま引き下がるには余りにイライラが募り過ぎている。

「あうぅ、雅羅さんの言う様に一旦引くつもりがまた危ない事に首をつっこまれて……
 お父さんになるのですから安全にしてくださいよ〜ハコ兄様〜」
 義兄と慕う温和な彼の状態がいつも通りでないのは確認せずとも分かっている。
 自分の言葉に返事が返ってこないのを知っていて、風花は続けた。
「……とは言ってもお気持ちは分かりますわ。
 私は学校へ行ってませんが、それでも同じ所属の方が痛めつけられるのは許せないですわ。
 ハコ兄様、けちょんけちょんにしちゃってください!
 リーダーを倒せば敵の士気は下がるはずですわ!」
 戻る途中でぶつかった隊士達に、ハイコドは神速で飛び出し雷光の如き打撃を喰らわせる。
 しかし次の撃を繰り出すよりも、ハイコドは言葉を失っている他の隊士に向かって叫ぶ事を選んだ。
「おいここに蒼空学院に居る奴らは居んのか!?
 てめぇら同じ学校のやつを殺そうとしてんだぞ分かってるのか! 糞野郎!」
「お、俺達は……」
 隊士の一人の言葉が途切れかけた時、向こう側からアレクが走るより早そうな大股でこちらへ歩いてきた。
「隊長!」
「来たな」顔を上げたハイコドは、アレクの手に得物が握られていないのを見て、更にイライラが増して行く。
 そんな訳で先に突っ込んだのはハイコドの方だ。敵の顔面に向かって左右のパンチをランダムに繰り出す。
 後ろに引く事でそれを避けていたアレクだが、
右に向かって右が伸びてきたそれを機にハイコドの首後ろから右腕を振り下ろし、ハイコドを地面に落とした。
「糞!」
 地面に頭をつきそうになったハイコドは前回りをする事でそれを避け、即座に向き直り走ってアレクの懐へ向かった。
 それを知ったアレクは前蹴りを出す事で、ハイコドがこれ以上自分に近付かない様にする。
 だがハイコドは止まらない。鳩尾狙いの蹴りを繰り出し、それを完璧にヒットさせた。

 拳聖の蹴りは目の前の敵を壁へ叩き付ける。
 これを勝機と追い打ちを掛けようとしたハイコドだったが、実はしくじっていた。
 壁まで飛ばされる事でスキルモーションを隠したアレクから衝撃波が放たれ、今度はハイコドが逆の壁へ叩き付けられたのだ。
「ハコ兄様! 今回復を!」
 義兄の元へ飛び出して行こうとした風花の背中に、声が飛んでくる。
「馬鹿ですね貴女」

 振り向いた先に居たのはリュシアンだった。
 見ない間に足に酷い傷を負っていたらしく、回復をしたようだがスラックスは赤い色でべったりと濡れていた。
「は? 何がです?」
「あれ、出て行ったら当たりますよ。
 向こうのお兄さんはどうか知りませんが、見た所貴女程度では相手にならない。
 此処で待つ方が無難です」
 煽るような言葉に風花はリュシアンを睨みつけるが、リュシアンはそれを気にも止めず話しを続けていた。
「僕も門外ですから余り大きい声で説明は出来ないですが、あれは厳密には『格闘技』と違うような。
 つまり常に一対一を想定しる訳では無いらしいんです」
「………」
「拳聖の使うそれとはある意味真逆ですよ。
 全身の力を抜いてからバネで殴る、んでしたっけ。だからあの近くに居たら……」
 リュシアンの話しの途中も、風花は向こうの戦いを見たままだった。そして彼の説明が現実になるのを見た。
 二人の間に入ろうとした兵士が三人、回転しながら右を繰り出したアレクの手に後ろに弾かれたのだ。
「あは。ほらね」
 そのまま何も無かったかのように動き続けているアレクに風花は眉根を寄せる。
「そんな! だってさっきハコ兄様の蹴りをまともに喰らったのに!!」
「痛いと思いますよ。でもだからこそ痛みに『慣れる』訓練をするんですよ。
 呼吸を使って、やられてもそれで恢復するんです。
 殴られてもいつも通り。骨を折られてもいつも通り。出血してもいつも通り、という具合でしょうか。
 ちょっと精神論と繋がりそうですけど――まあ率直に言ってとんだド変態ですよね!」
 薄い笑顔をこちらへ向けるリュシアンに、風花は青くなった。
「……じゃあどうやって止めたらいいんです?」
「それは勿論」リュシアンの顔はこちらを向いたままだ。ほぼ無動作だった。
 その間にリュシアンはレッグホルスターに下げていたハンドガンで一瞬でハイコドを撃っていた。
「一発で命を奪えば良いんですよ」


「ハコ兄様ッ!!」
 ハイコドに駆け寄る風花の後ろから倒れていたハイコドを覗いたリュシアンは、ハイコドの傷口を見て目を丸くした。
「あら、また外れちゃった。最近こっちは使ってなかったから、鈍ってますね」 
 リュシアンの撃ったリボルバーの弾丸が当たったのはハイコドの首で、大量出血していたがそれでも契約者の回復スキルを使えば深手程度でしかないのだ。
 回復を始めている風花と倒れたままのハイコド、それに傷ついたままの自分の隊士にすら興味を無くしているアレクに向かって、
リュシアンは満面の笑みを向けた。
「行っていいですよ。僕はこの子達を拾ってから直ぐに追いつきます。
 折角だから沢山殺してきて下さいね」





「見ぃつけたぁ」
 固まったままのジゼルの首に、指先が伸びる。
 何か冷たいものが触れた。
 それだけで目の前に居た兵士とトレンチコートの男は部屋から消えてしまった。

 何かを飲み込んだような違和感にジゼルは指先で喉元を確認するが、そこには何も存在していない。
「……えと。あれ? 何もない」
 一人首を傾げたジゼルだったが、再び後ろに引っ張られて今度こそ悲鳴を上げそうになる。
「はむっ!!?」
 相手はジゼルの口を塞いで懐に収めると、上から顔を下げてジゼルの前に突き合わせた。
 空いた片方の一差し指が、男の口元に持ってこられると、彼はジゼルの耳元に唇を寄せ小声で話した。
「大丈夫、危害を加えるつもりはないよ。ひとまず組織のほうに見つかりたくないから、大きな声を出さないで貰えると……
 いいかな?」
 そのの提案に二回頷いて、ジゼルは起き上がる。その顔にジゼルは見覚えが合った。
「雅羅と一緒に船に乗った日に一緒にいた人」ジゼルに言われて、永井 託(ながい・たく)は頷いた。
「大丈夫、君は戻れるよ、みんなのところに」託が微笑んだ時、ジゼルの元へ必死な声が飛んできた。
『ジゼル! ジゼル無事!?』
「ルカ? あのね……えっと何だか分からないけど大丈夫みたい。
 知ってる人が助けてくれたの」
『良かった。ジゼル、この兵士達は私達が惹き付けておく、だからタイミングをみて外へ出て』
「ありがとう。私すぐに追いつくわ。大丈夫!」
「友達?」
「うん! あの……もしかして……あなたも私を助けにきてくれたの?」
「そうだよ。追いつくってことは友達のところまで一緒に行けばいいかな――」
「一緒にきてくれるの? 本当にありがとう」何処迄も素直な言葉に託がぽかんとしていると、今度はジゼルが質問する。
「でも何でこんな危険な所まできてくれたの?」
「それは――」託が言いかけた時だった。ジゼルは託の肩まで首を伸ばして首を捻った。
「――あれ? あなた、誰かと同じ感じがする」「え?」
「あー待って、当てるから」
 ジゼルは託の前まで回ると、もう痛みの残らない足でつま先立ちして視線を合わせ彼の顔を見つめた。
「あ。雫澄だ。
 顔とか全然違うけど、あなた雫澄と同じなんだわ」
「すごいね、同じ感じ……か、どうか分からないけど確かに彼は僕の親友だよ」
「うん! 私もお友達!
 なの……よね……。あれ……、そういえば聞いた事無かった。雫澄、私の事ちゃんとお友達って思ってくれてるのかな――。
 あのね、私少しでも一緒に居たら、皆お友達だと思っちゃうの。だからもしかして雫澄もジゼルはお友達じゃないって、そう思ってたりするのかな……うー……」
 落ちてくる後ろ髪を両手で持って下を向いたジゼルに、託は笑ってしまう。
「あはは、多分大丈夫だと思うよ。それだから僕は君を助けにきたんだから」
「貴方は優しいのね」
「僕が動く理由なんて、友のためで十分なんだよ」
「友達……」
 託の言葉にジゼルは止まった。
 友達は沢山出来た。
 父や母のように見守ってくれる人、兄や姉のように助けてくれる人、妹や弟のように慕ってくれる人、自分と対当に向き合ってくれる人。
 色々な種類はあれど、彼らを言葉で表すならそれは間違いなく『友』なのだと、ジゼルはそう思っている。
 しかし自分と同じ感じのする人――契約者達が魂の片割れと表現するような人物に自分は出会った事はあるだろうか。
 何時だか樹に『契約する相手は考えたほうがいい』と冗談めかして言われたが、そのような人間が存在するのだろうか。
「私と、同じ感じの人……」
 特殊な自己存在に悩み続けていた自分の魂を救ってくれたのは友達なのだと、今のジゼルは確信している。
 だからもし同じ心を持っている人間が居るのなら、
きっと今はまだ深い悲しみを抱えそこから抜け出せるはずが無いと自分を否定し、苦しんでるはず。

 だったらその人の為に出来る事は一つだけだ。

「そろそろ平気だよね。走って良い?」
「え、ちょっ……ジゼルさん!?」
 託が止めようとするがもう時既に遅し。勢い良く扉を開いたジゼルだったが、嬉しい誤算で向こうに居たのは敵ではなかった。
 ピンクの髪に、赤い瞳。小柄な身体からは角と尻尾が生えている。
 次百 姫星(つぐもも・きらら)、そして彼女のパートナー呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)がそこに立っていた。
「ジゼルさん!」「姫星!」何時ものパターンで二人は両手を前に出そうとして――
「イエー……はっこんな事してる場合じゃなかった!」と、止まる。
「そうですね、つい何時もの感じでやってしまうところでした。

 ジゼルさん、助けにきましたよ! 帰りましょう、蒼空学園へ!」
 伸ばされた手を繋いで、二人は微笑み合う。
 姫星はジゼルの働く定食屋の改築バイトをしている間に事件を知ってここへ駆けつけていたのだ。
「あ。でもね姫星、私寄る所があります!」
「何処ですか? 何処へでもお連れしますよ! だって大切なお友達ですから!」
 二の腕の筋肉をパンっと叩いた姫星の頼もしい発言に、ジゼルは「ホントに?」と笑う。
「ふふふ、逃げるのと走るのは得意ですよ。
 伊達に幼い頃から借金取りに追われていませんから」
 穏やかじゃない事をカラッと笑って言う姫星に、託が申し出た。
「じゃあ道案内なら僕に任せてくれるかな。
 先に密偵を送り込んでおいたから大体は把握してる」
「ミス次百。私が敵をサーチするわ」これは墓守姫だ。
「行こう!」四人は同時に頷き合う。それを合図にして、姫星はジゼルを『お姫様抱っこ』した。
 今彼女の中には、はちきれんばかりの荒ぶる力が渦巻いているのだ。
 自分より幾らか大きい友人を抱きかかえた所で力が有り余るくらいだ。
 道の分かる託を戦闘に、三人と一人は走り出す。
「きらら、あのこれ、ちょっと……恥ずかしい」
「大丈夫です! 自分をお姫様だと思えば良いんですよ!」
「いややややや……たぶんまたユピリアに笑われちゃうよ」


「こっちだ!」3メートルは先を行く託の声に、姫星は「合点です!」と応えて走り続ける。
「ミスター、そちらには敵が一人!」
 墓守姫の声に引き返してきた託は、そのまま止まらずに姫星の隣の扉の中へ入った。
 ファミリールームか何からしきその部屋は地続きになっていて、
託と姫星が同時に部屋と部屋を繋ぐ扉を思いきり蹴ると、向こう側への部屋の扉――つまり敵の後ろ側から飛び出した。
 三人は止まらない。ジゼルは姫星に抱き上げられたまま人魚が唄ったと伝えられる歌を歌い上げた。
「はぁ……相変わらず綺麗な声ですねー」
「ミス次百、余り真剣に聞いては駄目よ」
 墓守姫の言う様に、その歌は人の心を掻き乱すらしく最早遥か後ろの敵は壁に向かって歩いていた。
「宴会場を抜けよう。そこに従業員用の階段があるはず」
「その前に何人か居るわ」
 宴会場の入り口を抜けると、置きっぱなしのテーブルの影に敵影が見えた。
「見つかったら強硬突破。この状態で隠れ直すとジリ貧しかないわ」

 ならば、突っ切るのみ!」
 墓守姫はナラカに立ちこめる禍々しい気を纏いながら敵向かって突っ込んで行く。
その身体から発せられるおぞましいオーラに、敵は喉の奥で悲鳴を上げた。
「ええい邪魔よ!
 これに触れると盛大に燃えるわ。火葬されたくなかったら退きなさい!!」
 心が完全に萎れた敵達は、その場を走る四人へ道を開ける。
 彼女の姿を見なかった階段前の敵が一人居たのだが、そいつが星の瞬きを認識した時に、攻撃は既に終わっていた。
 託の手によって崩れ落ちて行く敵を、姫星の巻き起こした風が吹き飛ばす。
 階段へ飛び込むように入って本当に何段分も跳んで進む三人。
「き、きらら。やっぱもうちょっと速度を……」
「何言ってるんですかジゼルさん、まだ四階ですよ。あと一階まではまだまだ遠いです!」
 笑顔で走り続ける姫星の上でジゼルは白い顔を更に白くしていた。

「う……酔った……吐きそ」