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リアクション
第2章 海底洞窟へ
……パートナーが獣人なのだから、彼も獣人の仲間だ。
イルカ獣人に案内を頼み、都市から例の海底洞窟に向かう一行の最後尾に、彼らはいた。
「地球ほどしっかり物理法則に則っておらずとも、ここで湧く水がゆくゆくジャタの森に降るのだろう? 濁ってしまっては困る」
「といいながら濁らせてるじゃないですかー」
シボラの薬草を水中でふりふり振っていたおかげで、白砂 司(しらすな・つかさ)の周囲には薬草茶ができあがっていた。
魚は目が悪い代わりに鼻がきくと、魚の怪物寄せにしていたのだった。別に水に悪い物でもないし、すぐ拡散してしまうのだから問題ない……筈なのだが、その獣人のパートナーサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)がちょっぴり不機嫌なのはそのせいではないらしい。
「他に目的があったりするんですか?」
「パラミタ内海の水源と言うものを拝んでみたい気持ちもあるが……」
「そっちがメインだったりしないでしょーね?」
「何でだ。そっちこそ無理して付いてこなくても良かったんだぞ?」
「ジャタの森の一戦士として、不義理があっちゃいけません。ええそりゃ、無愛想な司くんの代りに薬草使ってもいいですか? って、海の中泳いで説明してきたのも私ですからね。
そもそもですねー、猫を海の中に放り込むとかどういうことだと思わなくはないですが」
爪をにょっきり出し入れする。要するにサクラコは彼女の毛をくすぐったり、べたっとさせたりする水中の感覚に馴れないらしい。しかも蛇が苦手なのに、敵が蛇状の何かだとかいうし。この辺は理性というより本能だ。
「もう、こうなったら魚をつかみ取りするチャンス……に期待するしかないですよね。うん」
などと言っていると、予想通りというべきか、一行を見付けた魚の群れが大口を開けて迫ってきた。
司は水族館で見た鮪の回遊にそっくりだな……と思いつつ、振った薬草の束を海中に放り投げ、サクラコ共々両側に散る。
匂いの元、薬草茶を追って突進してくるところを待ち構える。司は魚が押しのけた水にあおられそうになりながら、斧槍タイムラプスの先端の槍を突き刺した。
今度は流れる魚の血が、別の魚を呼び寄せる。それをサクラコの爪が、背びれや尻尾を掴んでひねりつぶしていった。
「お魚つかみ取りですねっ!」
でも美味ってほどではないから、食べるなら別の魚がいいなぁ……と思っていると、前方から猫の好物が聞こえてきて……。
「またたビ……」
──またたび?
とっさにサクラコは余所見する。彼女に向かって突進してくる魚を体を反らして危うく避けると、爪を腹ビレにひっかけて、魚の突進の勢いを利用してお腹をかっさばいた。
その間もまたたびの声は止まない。声の主は花妖精だった。もしやまたたびの花妖精かもしれない。
「……ま、『またたビーム』! 『またたビーム』……!」
またたびならぬまたたビーム、つまりビームならぬ雷かなにかの電撃を放っていたのは、またたび 明日風(またたび・あすか)だった。
一見可愛い名前にも似合わず180センチはある精悍な体躯のものぐさ風来坊は、けれど何となく弱そうな印象で──しかも、恥ずかしくて泣きべそをかいていた。
急にやってきた魚の群れ。釣り師として、海の中でも釣り針や釣り糸をサイコキネシスでぐるぐるまきにして魚を仕留めてようとしていたのだったが、水中、しかも魚の数が多かったので多面に対応できず、『隠し玉』を使わざるを得なかったのだ。なお、彼の名は自分で付けたものではなく、故に木天蓼とは関係のない、猿梨の花妖精だった。
「ありがとっス、またたビームのおかげっす!」
「その名前繰り返さないで欲しいなぁ……」
ついつい抗議してしまう明日風だったが、お礼を言ったパートナー仲間アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が彼らの援護を信じているのは確かだった。
ギガントガントレットをはめた手で力強く、両手剣龍騎士のコピス【焔】を握り、“ライトブリンガー”を繰り出した。その一振りは魚を一体捌き、続いて別の魚を光で焦げ焦げにする。
「大丈夫っス、やれるっス! ……て、ああっ、それは駄目……!」
アレックスは慌てて“護りの翼”の光翼を伸ばし、前方の契約者を包み込んだ。というのは、彼らのパートナーリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が“咆哮”する合間に、“滅技・龍気砲”を放ったせいで──、
「大丈夫、兄貴?」
アレックスの姉貴・サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が背中が焦げ焦げになったアレックスのところまで泳いで行って、“ヒール”の手をかざした。
「ううっ……この前の釣りよりひどいことになってるような……気が……。早く戦闘終わらないかな……」
「え、でも私がここで“天のいかづち”打ったらものすごく危険な気がするよ。……はい、元気の出る魔法。翼広げて広げて」
ヒールのおまけに“荒ぶる力”で元気を無理やり?注入されたアレックスは、再び“守りの翼”を広げた。
「ま、マッチポンプっス……」
「大丈夫よ、守護天使だもの、ちゃんと守れてるわ」
泣きべそ二号になったアレックスに、元凶のリカインは労働とは別の汗をかきながら、アレックスを励ました。
龍気砲を放つまでのリカインの無防備な溜めを守るための、盾。龍気砲が放たれて、魚の血の匂いを嗅ぎつけてきた鮫を吹っ飛ばす時、その余波が仲間に行かないようにする、盾。
「師匠、盾は両面で使うものじゃないっスよ……」
このパーティ、もしかしたら男性の立場の方が弱いのかもしれない。
「あんな小さな女の子も頑張ってるのよ。しっかりしなさい、男の子でしょ」
「が、頑張るっスよ、師匠!」
アレックスを発奮させた、リカインが指で示した小さな女の子……ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、イルカにきゅっとしがみ付いていた。
彼女は泳げないのだ。プールで泳ごうとしても何故か沈んでしまうし、手足をばたばたさせても進まない。そんな彼女がここまで来たのは、海が汚れるのを放っておけなかったからだ。
「アーリちゃん、苦しくないですか?」
パラミタイルカの友人に気遣わしげな声を掛ければ、キューと鳴くアーリの声はいつもより小さい。進めば進むほど濁りが少しずつ濃くなっていくのだ。
「海が汚れるとみんな苦しくて悲しいんです」
決意を新たに、ヴァーナーはルーンの槍を構えると、殺気を探り、
「えいっ!」
刃魚に向かって勢いよく投擲した。“シーリングランス”の槍の穂先は魚のエラを貫くと、まるで意志を持つように楕円を描いて次々と魚の鱗を水中にキラキラと舞わせながら、ヴァーナーの手元に戻ってくる。
「あ、アーリちゃんあっちの軍人さんがピンチなんです!」
アーリがヴァーナーの意を汲んで素早く海を潜っていく。
「こっちに来るですよ!」
軍人、とはいっても一般人の彼から魚を引きはがすべく、ヴァーナーは“プロボーク”で挑発する。
学生、とはいっても傭兵募集に応じた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、そんな頑張っている後輩の姿を見ながら、
(傭兵……といっても、これはヴァイシャリーの利益のためです)
と、思う。だからこそ彼女も面倒くさそうな水中に飛び込んだのだ。
サクラコと同じく、小夜子の武器はその鍛えた肉体。水中では動きづらく威力が殺されるため、ルナティックオーラを放つ肉体に魔獣の皮でできた手袋をはめて、その手に飛龍の槍を握っている。
小夜子の繰り出す“疾風突き”は敵の急所を捕えて心臓を穂先にぶら下げたまま、魚の身体から素早く引き抜かれた。
また味方を庇うヴァーナーの、そのイルカに食いつこうとした魚を見付けて、“真空波”を横っ面に叩き込んだ。
「お姉ちゃん、ありがとうです!」
「辿り着かなければ濁りが発生する原因も分かりませんからね」
ところで、真面目な学生とは別に、観光気分の学生たちもいるようで……。
「海底洞窟さん、行ってみたいの! 普段は行けないって聞いたの。こうなったらもう行くしかないの!」
そんなことを言い出したのは及川 翠(おいかわ・みどり)だった。これにはパートナーたちも同意見だった。とはいえ、翠が本当に、心から、冗談抜きで観光気分なのはさすがに予想外だったようで……。
「これ何なの? 綺麗なの! あ、あのお魚さんも素敵なの!」
と、尖っていようが、いかにも毒がありそうな外見だろうが、お構いなしに触ってみようとする翠──はまずいと、ウェットスーツの手首を常時引っ張っている羽目になったミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、手が二本じゃ足りないところだった。
「……翠、今回も観光しに行くわけじゃないのよ? 事件が解決したら観光できるかもしれないけど」
「お姉ちゃん、見てみて! あれすごいの!」
「……聞いてるの翠?」
元々好奇心旺盛な彼女のこと、耳に届いてはいても頭に入っていないに違いない。海底で見るもの全てが輝いて見えているのだろう。
これで他の二人のパートナーが翠と同じくらい夢中になっていたら、さしずめミリアは小学校の先生といったところだったが、幸いにして、二人は興味関心はありつつも、第一の目的をちゃんと覚えていたようだった。
それにパートナー以外の「手」もある。純白の毛皮をした魔導わたげうさぎのノヴァだ。一見もふもふのわたげうさぎだが、今ノヴァは光術を操って、彼女たちの周囲を照らしている。勿論毛に埋もれた小さな手には、水中呼吸の魔法がかかった指輪が嵌っていた。
無防備な翠を獲物と見た刃魚たちもこちらに来たが、ミリアの召喚獣・リヴァイアサンが食べて掃除してくれた。
契約者一行が移動しつつ魚の群れを掃討し終えた頃、目的の海底洞窟が見えてきた。
──といっても、もし道案内役のイルカの獣人が教えてくれなかったら、それと気づかなかっただろう。
海の中は大分入り組んでいて、入口は狭く何層にもなった岩に隠されていた。岩と岩の隙間には、常駐している見張りのためにだろうか、ごく小さなテントのようなものが設けられていたが、目を凝らさなければ分らない程、岩と同化してしまっていた。
「ここからが海底洞窟です」
案内役が身振りで入るよう後続に示す。
徳永 瑠璃(とくなが・るり)が興味深々といった風に尋ねた。
「結構深かったりするんでしょうか?」
「ええ、海底都市よりもずっと広いですよ。一つの都市というより、一つの地域と言った方がいいですね」
サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も目を輝かせる。
「そんなに!? それじゃ、旅行みたいだよね? 中はずっと暗いの……?」
「場所によりますよ」
「だったら少しは安心かなぁ」
瑠璃は従者の人魚に、サリアは海麗(ミレイ)という名の細目の人魚を中心に二人のセイレーンたちにも探索を開始させた。
入口は狭かったが、すぐに広いぽっかりとした空間に出た。
水深がかなり深いせいで暗闇に覆われ、ノヴァの光術やあらかじめ用意されていたライトの光がぼんやりと辺りを照らしたが、ライトをあちこち振ってやっとその広さが掴めた。
ここからは幾つか「道」が伸びていたが、次に通った場所は岩と岩に挟まれ、高さは二人も(当然腹ばいで)通れればいい方で、おまけにあちこちから岩の柵が突き出していた。
天井部分からつららのように数多の岩が突き出した道は、まるで岩が落ちてきそうで、トラップの針山のようにも感じられる。
かと思えば、地上に続いているのか、透明度の高い水は太陽の光を透して、スポットライトのように降り注いだ美しい場所もあった。
「おー、おおー!」
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はそれらのひとつひとつを見るたびに、感歎とも歓声ともとれる声をあげていた。
「にゃー」「にゃにゃー」「にゃにゃにゃー」「うにゃーん」
アキラに伴って、お供のミャンルーたちも、声をあげる。彼ら(彼女)?も、足ヒレ以外は全員ウェットスーツ姿だ。
「なー、すごいなー。これ持って帰ってもいいのかねぇ?」
「きれいだにゃー。持って帰りたいのにゃ!」
アキラは何となくピンときた、青い石ころを持ち上げると眺めまわした。宝石ではないだろうが、透明で、結構きれいだ。
「……あー、そうそう、キレイといや、あとでまた海底都市に行ったらお土産も見て来ようなー、ついでに遊んで帰るべさ〜」
一応この探索には追加報酬(危険手当つき)が出ると確認しておいたので、海底都市でたんまりお土産を買って来れるだろう。
「お、あの川……川? 水の中に川があるぞー! あの色水はなんじゃろなー」
アキラが色水の帯の方へすいすいと勝手に泳いでいくのを、
「あれは人体には有毒なガスじゃ、ってさっき言ってたじゃろうがー!」
首根っこを掴んで止めたのはルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)だ。アキラよりひとまわりくらいは年下の風貌をしているのに、妙に疲れた顔をしている。
「どうしたー?」
「どうしたもこうしたもないわ。さっきからフランセットさんだの女の子だののウェットスーツ姿をじろじろ見たり……、気になった方に勝手に行ったり、綺麗な魚だと追いかけたり、貴様は子供か!」
アキラは、ルシェイメリアの年齢に比べれば子供だよなーと思ったが、彼女が言い返したら本当に怒られそうな気がしたので、黙っておいた。ついでに一行にも彼女がアキラを叱る係だと思われているせいか、喧嘩は駄目だよとか、誰も二人に口を挟んだりしなかったので、ルシェイメリアはその視線をもう一人のパートナーに向けて、
「おまけにアキラだけじゃなく……うお、引っ張るのはやめんか、こら!」
彼女を乗せた水中を自由に泳ぐ空飛ぶ箒エンテ、二人乗りの箒の後方には、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)がいた。
「い。息が。くるしいですっ……」
「その指輪をはめてる限りは問題ないと言っておろうが。落ち着け全く、こら、沈むじゃろうが」
エンテは、跨っていたからと言って水の抵抗がなくなるわけではない。涙目になりながら必死でしがみ付いてくるセレスティアにコントロールを取られないよう、ルシェイメリアはなだめにかかる。普段おっとりしているセレスティアだったが、泳げないので、珍しくテンパっているようだ。
おまけのおまけに、連れてきたミャンルー4匹、当然のように猫の獣人なので水が苦手で、泳いだ覚えがあまりないらしく。移動するのに四本の脚をばたばたさせていて、必死でかわいいダンスを披露しており……。
「ミケ、タマにぶつかるぞ! トラは眠るな! ポチ、そのお魚は食べるんじゃない! ……これでは何をしに来たのか分らんではないか」
ルシェイメリアはその鬱憤を、説教の間にもうふらふらと列を逸れるようとするアキラを“風術”で起こした水圧で無理やり引き戻す。一応メイン的には、アキラが如意棒の物理攻撃、ルシェイメリアが魔法攻撃、セレスティアが回復担当のはずなのだ。えーと、ミャンルーは探索……いや、なごみ担当?
実際、探索を担当しているのは、一人手が空いているアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)だった。
彼女はお人形用のウェットスーツ(ヌイ族お手製)を着込み、お人形さんらしく、澄ました顔で完全密封した籠手型HC弐式に情報を入力してマッピングを行っていた。
「ここが空気のある場所ネ」
海底洞窟の上方の空気をチェックし、地図に書き込んでいく。目立つ赤文字で避難経路ができあがっていく。
その他、アキラの寄り道、アキラの採取物、ミャンルーが探してきた場所……。
おまけにアリスは自身がアキラの肩に乗っている代りに、アクアバイオロボットをあの毒ガスの川の下へ送り込むと、珍しそうな砂や何やらを探索がてら採取させていた。
ルシェイメリアは自身と対照的に涼しげな顔のアリスを、羨ましそうに眺めて息を吐いた。
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