校長室
【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)
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第9章 ジェラルディ家 「……この絵に、秘密があったなんて……」 ジェラルディ家に向かう鳥丘 ヨル(とりおか・よる)の手には、デジカメがある。デジカメに収められたのは、フェルナンのヴォルロス別邸にある海の絵画だ。 それは何枚かの絵画。ヴォルロスを描いたもの、樹上都市を描いたもの、夜の海に浮かぶ帆船……。 ヴォルロスのその辺の美術商で、普通に、お手頃価格で売られていたその変哲のない絵を彼が購入したのは、この海域で取引を始めた頃だという。 だから多分、フェルナンも美術商も知らなかったはずだ。この絵画に細工があるなんてことも、その下に魔法陣が描かれていたことも。 「でも、それをジルド・ジェラルディさんは知っていた……?」 じゃなかったら、欲しがろうとなんてしないだろう。 だからヨルがジェラルディ家に辿り着き、計画を話し、 「アナスタシア、危なくなっても許してね」 と話したのだが──だが、白百合会の会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は怪しさ満載の格好をしていて、ヨルは口をぽかんと開けてしまった。 「……商人……の、つもりなんだ……?」 「そうですわよ」 えへん、と胸を張った彼女は、すっぽりとフード付きのローブを被っていたが、その下は白いワンピースで、確かに普段と雰囲気は違ったが、商人というより出入りされる屋敷のお嬢様といった風体だった。 「全く、これだから……しっかり見張ってないと危なっかしいわ」 アナスタシアを心配して付いてきた桜月 舞香(さくらづき・まいか)が(こちらは地味な商人風にしてきた)はぁと一息つくと、 「くの一ならではの変装術がありますのよ」 と、ぱぱぱっと服装を取り換え、髪型を結わき直す。 「会長の唇にもダークルージュをどうぞ。ふふっ、どんな相手でも魅惑的な美女には警戒心が緩むものですよ☆」 鏡を見せると、確かに別人のようになっている自分の姿に納得したのだろう。 「ありがとうございますわ。では、参りましょう!」 とにかく以前入り込んで見つかっているのだ、同一人物と思われないことが肝心だった。 荷物のたっぷり入ったトランクを手に、三人はジェラルディ家の門を叩いた。 「ボクはアナスタシアの仲間の商人で、訪ねたところ良い絵を見つけたんです。ジルドさんの話が出て、譲ってほしいけど言い出せなかったのでは……と」 「つまり売買の仲介をしてくれるという訳か」 「そうです」 商人を名乗って訪れた三人に、ジルドがあってくれるまでそう時間はかからなかった。 貴族というものは大抵の仕入れを使用人に任せるものだが、このジルドという人物は元々錬金術に興味があったためか、そういった方面の商人には自ら会ってその博識ぶりを披露することも珍しくなかったからだ。 「この絵なんですが、どれが一番興味がありますか? どこに惹かれたのかも後学のために……」 とはいえ、専ら話しているのはヨルだった。 ジルドはどの絵、とは明言しなかった。どれに細工がしてあるのか、まだ知らないのだろう。 「あと、ジルドさんが錬金術に興味を持っていると聞いたんですが、良かったら何を作りたいのか聞かせてもらえませんか? ──ね、アナスタシアは魔法に詳しいんだよね?」 「そうですけれど……?」 「きっとご相談に乗れると思いますよ、例えばこの草なんて……」 「できればこの“原色の海”にしかない物が欲しい。ヴォルロスに来たのも新しい材料が欲しいからでね」 「それではこちらはいかがでしょう?」 ヨルがジルドとすっかり話し込んでいるうちに、アナスタシアはそわそわと、だがなるべく自然に、 「あの……申し訳ありませんけれど、お手洗いはどちらですの?」 と聞けば、 「ご案内いたします」 と、彼女たちを応接室まで案内し、控えていた一人の使用人が申し出た。 彼のことは知っている──清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。 「……お手洗いは、こちらです」 彼はアナスタシアと舞香をトイレの前まで案内すると、 「それから事件のあった部屋は、あちらの階段を上がって……」 と、奥を示した。あくまで使用人らしい振る舞い特徴は崩さない。 「……ありがとうございますわ」 「商品を確認している間は部屋の中を自由に調べてください。ああ、物を壊したり汚さないように気をつけてくださいね」 「ええ、気を付けますわ」 「あまり長い間は時間稼ぎ出来ないので、そのようにお願いします。それから、もし騒ぎが起こったら使用人として対処しなければならなくなりますので……」 ちなみに、パートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)は、今もまだ番犬のふりをして庭にいる。北都が対応できなくなった時には、いざとなれば彼が何とかしてくれるだろう。 「そういえば、パートナーが屋敷から死の匂いがすると言っていました。くれぐれもお気をつけて」 「ありがとうございますわ、清泉さん。助かりましたわ」 「頑張ってくださいね、めい探偵さん」 北都は微笑むと、使用人らしくきっちり腰を折って礼をして、廊下を戻っていった。 そうして、ヨルと主人とのやりとりに、さりげなく適度に話を振って、対話を長引かせることに注力した。 (それにしても、レベッカさんの姿を今朝から見ていないんだけど……大丈夫なのかな) パートナーの昶は、屋敷に残ってるのが本当にレジーナなのか、と疑っていた。レジーナはフェルナンの屋敷に今夜は泊る、と言っている。 そしてレベッカは、朝食も姿を見せていなかった。どこかの部屋にこもっているとして、鉢合わせないといいのだけれど……。 ところで、勝手に「名」探偵と言われたと思い込んだアナスタシアが張り切って部屋に入っていくのを見送った北都は、新たな来客の対応に追われることになった。 (……この人たちって、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)さんのパートナーたち……だよねぇ?) と、思うが顔に出せない。 「わたくし、占い師の邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)と申します。わたくし自身も占いのお仕事の宣伝等でもとても効果がございましたので、どうかと思った次第でございますよ」 と、言ったのは本心ではない。ジェラルディ家の使用人として、パートナーを送り出したはいいが、心配になってしまったのだ。 「式神の出来る事など、大したことではございませんでしょう? ここでわたくしが顔を見せれば、きっとエリスの励みにもなると存じます」 壹與比売にそう言われ、とりあえず同行することにしたティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)の設定はと言えば、 「パラミタでの些細な生活の様子は地球ではとても興味を持たれ記録映像等の売買も商売として成り立ちますのよ。特にこういったお屋敷での使用人の極々当たり前の仕事ぶり等は下手な戦争映像よりも余程需要がありますの」 ……こちらは、『パラミタの記録を扱う商人』だという。 「それで宜しければ屋敷内の撮影をさせていただければと思いますの」 「……それはご遠慮いただけますか?」 北都は断ったが、これは主人の厳命でもあった。地球ほど撮影に馴れていないのだから仕方ないと思う半面、尋ねた時のジルドの断りようは、やはり何かを隠しているのだろうと思わせる頑なさがあった。 「そうですの、残念ですわ。では見る方はいかが? ご主人様に手篭めにされるうら若き使用人の乙女なんてのも需要が物凄くありま……おっと」 本音が出てますわよ、と壹與比売につつかれて、ティアは慌てて口を閉じる。 さて、この頃エリスは例の殺害現場の部屋のお掃除をしていた。 「掃除だけでなく得意な料理の腕も振るってみたいどすなぁ。仕えたからには御主人のお使いもしてみたいし……メイドとして生まれたからには出世を……」 何だか当初の目的と違う気がする、とエリスはふと思った。確か事件の手がかりを探しに来たはず。 「そのためには信用第一どすなぁ、やはりメイドの実績をあげて次の職場につなげて……あれ?」 駄目だ。エリスは目の前の埃の溜まったくびれを見ると、曇った硝子を見ると、磨かずにいられなかった。根っからのメイド気質らしい。 「でもまぁそれはそれとして、これが当番表と、スケジュールどす」 エリスはまとめておいた使用人および主人の一日の標準的なスケジュールを、アナスタシアと舞香に渡した。 「……ありがと、助かったわ」 「いいえぇ。もし、困ったことがあったらお声を掛けておくれやす。汚れ物も一緒にお洗濯……」 舞香に礼を言われ、おっとりとエリスは微笑んだ。それに彼女は苦笑しながら、 「お洗濯は大丈夫よ、ありがとう。……さて、会長、次はあの部屋へ行きましょう」 ピッキング用のヘアピンを挟んだ指先を、舞香は持ち上げた。施錠された部屋もあるにはあったが、大抵の部屋は簡易なカギだったので、彼女によってあっという間に開けられてしまったのだ。 扉の向こうの気配を探りつつ、舞香は扉を開けていく。 「……それにしても。会長、何か気付きますか? このお屋敷って何だか研究室ばっかりなんですけど」 施錠された部屋の殆どが資料室だったり、魔術や錬金術の実験室のような様相を呈している。それに彼女は気付いていた……半ば以上予想通りだったが。 「……そうですわね。ひとつ気付いたことがありますわ」 「何ですか?」 「錬金術というのは、最終的には卑金属から金をつくりだすことが究極の目的の一つ、でしたのよ。という言い方をするのは、それがしばしば目的ではなかったり、でも通過点になることが多いからですけれど」 アナスタシアは何気なく、本棚に並べられた本のタイトルをなぞった。 「この本棚の持ち主はもう一つの究極の目的……不老不死に魅せられたようですわね。ほら、その他にも死霊術に関する本が沢山ありますわ」 あまりいい趣味とは言えませんわね、とアナスタシアが言う。 「……死者の復活……蘇生に関する本ばかりですわ……あら、これは?」 本が積み上がった机に広げられた魔法陣のような、何かの組成式のような記号と一緒に、ひとつの杯が置かれていた。 舞香がその杯を何気なく手に取ろうとした時だった。 「──アナスタシア、いる?」 背後からの突然の声に、二人は振り返って……。 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を伴って再度屋敷に侵入していた。 この前見付けた、窓のない部屋──部屋と決まったわけではないが、二重扉の向こうにあるもの──が、ずっと気にかかっていたのだ。 掃除してはいけない部屋。レベッカとレジーナが入っていった部屋。きっと何かある。 “光学迷彩”で姿を消し、“氷雪比翼”で侵入する。知人が働いており、しかも二回目と会って今度は部屋の前まで難なく辿りついた。 (カギをかける音がした以上、外から施錠解錠できないわけじゃないはず。この鍵が物理的な物ならいいけど、問題はそうでない場合……) 強行突破は出来る、が、その場合侵入の形跡がばれて警戒させることになってしまう。中に何があるのか分ってもいないのにそのリスクを冒せない。 「……義弘、サイコメトリお願い。この扉がどうやって開閉されてるか読み取れる?」 「お手伝い? お手伝い! このドアをサイコメトリすればいいの?」 義弘は巻き付いていた祥子の腕をするすると離れると、鍵穴の前で首をもたげる。 「そうよ」 「目当てはドアの開け方? 他にも何かわかるといいことあるかな? 罠のあるなしとかわかるかな?」 「罠とか、侵入者感知の方法が施されてるとか、そういうのも。あとは何か会話が聞こえればいいわね」 「わかったことはどうするの? 誰かに伝えるの?」 「とりあえず私に……」 うん、わかった! と、サイコメトリする義弘だったが、 「……わわっ!?」 「ちょっと、大きな声出さないでよ」 祥子は急な大声に驚いて胸に手を当てた。 「だって、だって! 何か、お葬式みたいなんだもん。真暗で、なんか嫌な感じ」 ポジティブな義弘が狼狽えている。その事実に、祥子は背筋がうすら寒くなった。 「葬式……? えっと、で、鍵の開け方は?」 「ちょっと複雑なカギなの」 こうこうこうで、と義弘は説明するが、ピッキングでは開かないだろうと判断した祥子は素早かった。 丁度近くの部屋を覗いていたアナスタシアを呼んでくると、魔法で開けさせたのだ。 「ふふん、こんなものこうしてこう、ですわ。……それで、この部屋の中に何がありますの?」 「それは見てのお楽しみ、ってやつね」 楽しみなものが入っているとも思えなかったが、彼女はそんな軽口をたたくと扉を開けた。続いて舞香、最後にアナスタシアが扉の中を開く。 そこは真暗な部屋だった。しばらくして暗闇に目が慣れると、様子がぼんやりと浮き上がってきた。周囲の壁には平らなところがなく、凹凸ばかりが見えるが、それは本棚や机や、実験道具らしき何かで埋められていた。 しかし何よりも中央に、一塊の闇があった。 それは車いすで、その上にだらりと四肢を投げだすように座った女性がいた。 「……レジーナ、いえ、レベッカ……? どっち?」 恐る恐る話しかける。──いや、レジーナは今外出中のはずで、ここにいるのはレベッカのはず。だった。だがそれは以前に見たレジーナに違いなかった。 一歩近づくと、自分たちの背後から入ってきた光に、胸元のガーネットの首飾りが反射した。 「……タス……ケテ……」 ドレスを着て、だらんと四肢を垂らした彼女の目に光はなく、だが、口が必死で動いた。 「オネガイ……ダレカ……トメ……テ……」 震える声で、アナスタシアが問う。 「──何を止めるんですの?」 「オ……トウサマ……ヲ……トメテ……」 「お父様って……ジルドのこと?」 祥子は重ねて問おうとしたが、廊下の向こうから足音と、気配が近づいてくるのに、慌てて反転した。 扉を元通りに閉めると、三人は空いていた部屋に逃げ込んだ……。
▼担当マスター
有沢楓花
▼マスターコメント
こんにちは、有沢です。 長引く風邪による体調で、リアクションのお届けが遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。 次回の舞台は海の上とヴォルロスの予定です。六月にはガイドを発表できればと思っています。 では、また次回お会いできますと嬉しいです。
▼マスター個別コメント