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第二章


「あなた、今日もお仕事ですかぁ?」
「ああ、治安を守るのが役目だからね」
「いつもそればっかりですぅ。少しは家庭を守ってくれないですかぁ?」
「…………」
 蒼水麒麟役のリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は奥方、蒼水麗茶役のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)にいびられていた。
 奉行所の廻り同心を務める蒼水家。
 今宵も夜回りで麒麟は街を徘徊する。
 それが毎日続いているとなると、麗茶も黙ってはいられないだろう。恨みの一つや二つ言いたくなるのは良くわかる。
「お昼はお役所仕事、夜は見回り、いったい何時家に居てくれるんですかねぇ」
「…………」
「噂話では悪事が横行しているって話ですしぃ。あなたのお仕事はなんですかぁ?」
「いや、うん、面目ない」
 これにはもう謝るしかない。
 などといがみ合っているように見える二人だが、意外とこれでうまくいっていたりする。
「とにかく、無茶なことはしないでくださいねぇ?」
「わかってるよ。それじゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいですぅ」
 切り火で見送る麗茶。
 麒麟が出ていくと照明がピンスポットに変わる。照らされたレティシアは口調と表情を無にして語りだす。
「近頃世間に流行るもの
 押し込み強盗高利貸し
 賄賂をもらうえれえ人
 金、金、金の世の中で
 泣くのは弱い者ばかり
 涙をふいておいでなせえ
 恨みを晴らす仕事人
 陰膳据えて待っておりやす」
 辺りに響く渋い語り口。
「仕事屋稼業『蒼水家』。今日も誰かを殺りに行く」

「ふう、忙しい忙しい」
 瀬名 千鶴(せな・ちづる)は右に左にと大童だった。
「こっちの着物が終わったら、次はお屋敷の着物ね。これはきっちりやらないと、後でどんなこと言われるかわからないから入念に。その後は――」
 針を置き、仕立てる着物を並べて直す箇所を調べていると、「女将ー、いらっしゃいますぅ?」と奥から声がかかる。
「ごめんなさい、もうすぐ仕上がりますから」
「また仕事を抱え込んでいるんですかぁ?」
「蒼水の奥さん。すいません、待ってもらって」
「気にしないでぇ。あの織物を仕立てられるのは千鶴さんだけですからぁ。それに千鶴さんはこれだけじゃなくて、宿屋も営んでいるのでしょう?」
「ええまあ」
 本来は宿が本業だが、今は噂話もあって客が少ない。故に仕立ての件数を増やしたのだが、少々量が多すぎたのかもしれない。
「ほんと、うちの亭主もこれくらい熱心に仕事してくれればねぇ」
「あ、あはは……」
 麗茶のボヤキに何とも言えない反応を返す。
「ごめんなさい、手を止めてしまったみたいですねぇ。そろそろお暇しますぅ」
「いえそんな。待ってもらっているのは私の方ですから」
「良い仕立てには時間がかかるものですよぉ」
 体を壊さないようにね、と出ていく麗茶。
「さて、続きを終わらせないと」
 もう一度、針に糸を通す。仕上げを済ませようと縫い始めると、新たな来客が。
「女将、いるかい?」
「今度はどなた?」
「私です」
「ルシェンさん」
 現れたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は真面目な顔で告げる。
「女将、いや御針子の千鶴。仕事です」

 ここは一風変わった茶屋。その理由は入ればすぐにわかる。
「いらっしゃいませ」
 出迎えてきたのは、和装に何故か猫耳を付けた男の娘。榊 朝斗(さかき・あさと)は丁寧に腰を折るとリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)を迎え入れる。
「はーい、遊びにきたわよー」
 笑顔で手を振るリーラの顔は、朱に染まっていた。それは羞恥によってなどではなく、
「また昼間から酒浸りか」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の呆れ声。
「あー、真司。ははは、変な格好!」
「誰のせいだ、誰の!」
 指差し笑うリーラに叫ぶ。
「お前たちのせいで俺は――」
「そこは僕も混ぜてよ」
「あさにゃんはいいだろ」
「えー! なんでだよ!?」
 抗議するも、受け入れてもらえない朝斗。
「あさにゃんはあさにゃんだものね。寧ろ、あさにゃんじゃないほうがおかしいわ」
「どんな理屈だよ……」
「第一、これを見てみなさいよ」
「これって言うな」
 黒髪エクステ、猫耳、猫尻尾。衣装に着替えてはいるが、どう見てもハマっていない。
「真司じゃ無理よ、色々な意味で」
「お前が言うな」
 強制的に連れてこられたのだ、とやかく言われる筋合いはない。
「でもやっぱあさにゃんよね」
「そうだな、やっぱりあさにゃんだ」
「えっ……何が?」
 話の流れに付いていけない朝斗に、
『やっぱりあさにゃん、和服姿も大丈夫!』
 二人揃ってハモる。
「僕は物置じゃないよ!」
「あはは、ごめんねー。とにかく仲良くやりなよ。あんたら姉妹なんだから」
『姉妹の設定かよっ!?』
 真司も突っ込みに回る。
「俺も男の娘設定かよ……」
 彼の思考は今や時代劇、演技などそっちのけである。
「僕は……言っても、無駄なんだよね」
「あら、物分かりがいいわね」近寄り、顎先を指でなぞる。「従順なのもいいけど、猫は気まぐれなものよ」
「それじゃ、僕も普通の格好で――」
『ダメだろ(わ)』
 しゅんと丸くなる朝斗。それを庇うように女性が一人、入店してくる。
「あまりうちのあさにゃんを弄らないでください」
「ルシェン、硬いこと――」
 二の句が継げないリーラ。刀の切っ先が喉元に突き付けられていた。
「わかった?」
 冷や汗を流し頷くリーラ。真司もその光景に戦慄していた。
「まったく……あなたたち、遊びは終わりですよ」
 刀を鞘に納め、柏手一つ。
「依頼が入りました。今夜決行です」