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地獄の門

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【第三圏・辺獄の闇】

「俺がメインで遊んでやるのは蒼空学園の雅羅。次点でジゼルちゃんかな。
 お前等被ってくるんじゃねぇぞ?」
 そんなシャウトの直後、ゲブーが立っていた壁に銀製の丸いトレイが突き刺さった。
「失礼致しました! 手が滑っちゃってぇ!」
 両手を肩の横にぱたぱたと可愛く(あざとく)走りながら、キアラは突き刺さったトレイを「ふんッ!!」と回収して、固まっている客達を前に頭を軽く下げながらキッチンへ戻って行く。
 床にはピンク色に光る糸より細かい毛が落ちているのだが、本当に一瞬かつ細かい作業だった為、それに気がついてはいるものは誰もいない。
 毛の持ち主であるゲブー本人にすらだ。
『よくやった』隊長からの通信に、キアラの口角は上がる。
「さっきの挨拶から考えるにモヒカンは奴にとって漢の魂の象徴。
 従って直接肉体を攻撃をするよりも効果的かと――」
『ああ、むしろあれが本体と言って過言では無いだろうな。
 キアラ。奴がジゼルの名を口にする度、ジゼルの姿を見る度にモヒカンを1ミリずつ削り取れ。最終的にはハゲにして構わん』
『Roger』

***

『隊長、あれどうするっスか』
 キアラからの通信に、アレクは画面の『あれ』を見てため息をついた。
「獣だろ。ほっとけ」
 ンガイがジゼルの膝を占領して、客達を見ながら伸びをしている。
『でも一応……おす? めす? あれ?』
「深く悩むな。ポータラカ人について考えると頭が割れるぞ。
 奴は、獣だ。
 どうせ獣だ。目一杯触らわせといてやれ」
「アレクさん。猫さんには優しいんですね」加夜の疑問に、アレクは首を横に振った。
「ジゼル猫好きなんだよ。だから毎日猫飼おう猫飼おうって五月蝿いんだ。
 でも俺は猫はいらん。動物を飼うってのは色々有るからな」
「病気になったりしたら大変ですし、必ず先に訪れる別れは悲しいですからね」
「そういう事だ。まあ今好きにさせとけば少しは静かになるだろ」
 モニターの中のンガイが「あ、そこそこ、もうちょっと左撫でて……」とうにゃうにゃしているのを横目にため息をつくアレクは知らない。
 猫好きに猫を与えた結果、後日ジゼルの『猫飼いたい病』が更に加熱するのを。

***

「今日も可愛いね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に優しくハグをされて、ジゼルは彼の顔を見上げながらくすぐったそうに抱きしめ返した。
「エースもお友達作りにきたのね」
 疑いを知らぬ微笑みは、本気でそう思っている証だろう。思った通りだ。
「(そうだね、合コンは新しいお友達を作る所。うん、間違ってはいないんだよ。
 男女を問わず、友人は多い方がよろしい)」
「友達がまた沢山増えるといいね」
 湿気を含んであちこちに飛ぼうとしている髪の毛を整えてやりながらエースは思うのだ。
「(恋する女の子は更に綺麗になって素敵な笑顔を見せてくれるよね。
 なのでジゼルに恋愛禁止なんて野暮な事は言わない。
 ただし、下心満載で近寄ってくるオオカミサンには気をつけないと。
 結婚を前提にお付き合いして下さいと正直に言う奴はいいけど――。

 ジゼルに相応しいかどうか兄として十二分に吟味するけどね!)」
 緑の瞳が瞬間鋭く光ったのは、彼の忠実な執事のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)しか気づいていない。
 店のサービス低下を気にして直ぐに手伝いに回ったエオリアは、真と横並びに客席に立っていた。
 今の様子を見ていた真は、エオリアに向かって思ったままに感想を述べた。
「スマートなお兄様って感じだね」
「いえ――、エースも兄として邪魔者には容赦ない気がします。
 恐らくジゼルさんの相手として相応しいか見極め、お眼がねに適わない邪な相手は排除される事でしょう。
 そしてその排除役は執事である僕――なんでしょうね。
 しかしそれじゃアレクさんの事あれこれ言えな……」少々嘘くさく咳き込んで言葉を濁しながら、エオリアは呟いた。
「可愛い妹の前に兄ってあんな感じになっちゃうんでしょうか」
 真は苦笑している。合コンはまだ始まったばかりだ。



 モニターを見ていたアレクは画面を横切った光に眉を顰めた。
 ゲブーがジゼルの胸元へ手を伸ばそうとした瞬間、確実に彼を狙って光が降り注いだのだ。
「今の発光――スキルの……」
「は? 見間違いだろ? んなことアレクおにーちゃんしかしないって」
「いやだって天井に天使が『シャラーン』て! 『シャララーン』って出てきたし――」
「今ジゼルちゃんの横にいるのはエースさんですよね。
 彼がこんな事をするなんて考え難いですが……」アフロ状態になったモヒカンに必死に水をかけているゲブーを見ながら、加夜は首を捻る。
 エースは異変に驚いている周囲の女性達に爽やかに微笑みを送っていた。
『ああ、お嬢さん達。騒がしくてすまない』
「ほら! あんなスマートに挨拶してんのにそんな事する訳無ぇって!
 どっかのシスコン兄貴じゃあるまいし!!」
 笑った壮太の腕を掴んで倒れ込み肘関節を逆に伸ばして所謂腕挫十字固をしながら、目はモニターを見たままだったアレクが、また同じ様な事を言った。
「ホラ! またあいつ男の腕を捻り上げて――」
「「え!?」」
 加夜と、片腕でバンバン床を叩きながら悶えている壮太がモニターを見た時には、既に『ああお嬢さん達(略)』の状態になっている。一人訳も分かっていないアリスは、用意して貰ったケーキのスポンジをフォークで半分に切っていた。
 爆笑している託だけは、どうやらアレクの言っている瞬間を見ていたらしいが。
「だから他人までシスコン仲間に引き込むのはやめなって!」
「だったらそのまま見てろ! あいつ絶対俺よりヤバいから!」
「――あの……アレクさんってひょっとして、ジゼルちゃんに恋人が出来たら
 『俺より弱い奴は認めん』とか言ってしまうタイプですか?」
 自分の旦那が可愛いパートナーたちを溺愛しているのをぼんやり頭に思い浮かべて、アレクはそれ以上では無いかと少々呆れていた加夜の質問に、アレクは完全ギブアップ状態の壮太から手を離して、席に座り直し天井を仰いだ。
「弱い奴というか――、ジゼルは兵器でもあるからな。それを狙う人間から彼女を守る為の力が必要だ。その能力を悪用しないと断言出来る人格もな」
「それは確かにそうだねぇ」と頷く託に、アレクは続ける。
「越えるというのなら能力よりまず年収の方を越えて欲しいところだが――、
 最低条件としてはまともな職業についている。というのは当たり前だろう。
 それからある程度の貯蓄が有り、家庭を運用する計画性も無ければならない」
「もの凄くまともな事言ってるねぇ」
「だから俺だってそこまで馬鹿じゃな――」
 話しの途中でバックルームの扉がノックされ、開いた扉からエオリアが入ってくる。
 その手には何かが引き摺られていた。
 注視してみれば、それは『何か』ではなく『誰か』だった。
「失礼致します。
 アレクさん、こちら手前の主人が『嘘感知』にて『ジゼルをオレの女にしちゃうもんねグフフ』という邪念を持っていると察知し、その罪により反省を促そうと捕獲した男性なのですが――その後如何致しましょうか」
 エオリアに引き摺られ、身を蝕む程の恐ろしい幻覚に囚われアヒャヒャヒャヒャヒャな男を見て固まる加夜と壮太に、アレクはアリスの目を惨状から隠しながら叫んだ。

「だから言ったじゃねぇか!!」

***

「あの男、ジゼルさんを狙ってるねぇ」託の指摘に頷いて、アレクは下官達に通信をする。
 と、ジゼルをガードしようと動いたキアラの目の前に、一人の男性客が入りその間に入りケーキ皿を取った。
 エースは別の相手を『確認』しているようで動きが一歩遅れていた。
 その間にジゼル狙いの男は彼女の腕にさり気なく手を触れてしまう。
「ジゼルさん、一緒にケーキ取りにいきませんか?」
 目の前に現れた志位 大地(しい・だいち)のレンズの下の黒い瞳が明らかにこちら睨んだのに戦いて退散したジゼル狙いの男だったが、先程の軍の動きは作戦行動としては完全に失敗だった。
『ごめんっス隊長。ジゼルちゃんに触れられてしまったっスよ』
『いや、構わん。大事には至らなかったからな。
 気に病むな。次は期待しているぞアルジェント一等軍曹』
『Roger』
 苦々しい顔で通信を切ったキアラは思う。
 男なんて碌なものじゃないのだ。その男達へ公的に粛正出来る作戦に、下士官統率者という責任ある立場として参加したのにも関わらず失態を犯してしまうとは――。
『(次こそは――)』
 チャームポイントのぽってりした唇を噛んで、キアラは男性客の全てを警戒しなおした。
 すると先程邪魔になった男性客がケーキを取ったり、フォークを落としたりする自然な動きで兵士達の作戦行動の邪魔になって居る事に気がついたのだ。
『隊長、13番テーブル!
 あいつ何だかヘンっス!!』
 キアラが言った瞬間だった。モニターへ映像を送る監視カメラへ向かって、その男性客がこちらを向いたのだ。
 焦げ茶の髪に青い瞳、男の正体は高峰 雫澄(たかみね・なすみ)だった。
「あいつ……故意に――ッ!!」
 テーブルに拳を叩き付けるアレクを、託はニヤニヤしながら期待の目で待っている。彼としては面白ければそれでいいのだ。
「(何故俺の邪魔をするタカミネ。
 ジゼルの事を守りたいと言っていたんじゃなかったのか!?)」
『(何事も経験……って言うしね。ジゼルさんは特に、だと思う。
 危ない事も多いかも知れないけど、最初から「ダメだ」じゃ彼女の為にもならないよ。
 だから、悪いけど……僕は君の邪魔をさせて貰うよ、アレクさん――!)』



「完全に邪魔してるよねぇ」
 託のにやついた顔を一瞥して、アレクはモニターを見ながら舌打ちした。
 先程から軍靴は冷たい床の上を落ち着き無く上下している。
 雫澄はあれから兵士達の妨害を続けていた。サクシードの滑らかな動きにキアラや現場の下官達程度では太刀打ち出来ず、プラヴダは今苦戦を強いられているのだ。
 (因にその頃、プラヴダで隊長に次ぐ戦闘能力を誇るトーヴァはケーキをテーブルに並べてご満悦だった。)
 エースとカガチが目を光らせているお陰でジゼルは無傷、つまり目的は達成されている。
 だが隊長として、可愛い下官達が蹂躙される様を見ているのは全く面白く無い。
「僕が代わりに観てようか?」
 託が言った瞬間、アレクは部屋のドアを乱暴に閉めて外へと出て行った。



「ただいま」
 頬の引っ掻き傷から滲んだ血を拭う黒いライナーグローブに、焦げ茶色の髪の毛が絡んでいる。
 先程まで不機嫌全開だった顔を綻ばせながら、アレクは椅子に座って足を組んだ。
「いやぁ奴が小さくて助かったぜ。女性用Lサイズでも入るもんだな」
 期待の眼差しを向ける託に、アレクは「まあ待ってろ」と手で制しながら端末を弄りながらモニターの一つに映像を飛ばした。
「ぶっふぁ!!」
 託が派手に吹き出したのも無理は無い。
 モニターに映し出されたのは雫澄がキアラが着ているウェイトレスのピンクのコスチュームを着せられて口に白いケーキを突っ込まれて咽せている姿だったのだ。
 涙目になって抵抗している青年というのは、何処しらには需要があるかもしれない謎の色気を醸し出していた。ていうか完全にそっち向けのそういう動画にしか見えなかった。
 思わずアリスを抱きしめながら視線を反らした加夜には申し訳無い気もするが、男達はモニターを見てゲラゲラ笑い転げている。
「託、ケータイ教えろよ。これ送ってやるから奴が粉をかけてる女達に回せ。
 タイトルは『なすみんの女優時代の動画見つけちゃったんだ……』」
 託が叫ぶ様に笑い出している。アレクは歪んだ唇で呟いた。
「俺とジゼルの仲を邪魔するんだからなぁ、てめえも同じ事やられていいはずだよな? タカミネよ」