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地獄の門

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【第七圏・スティージュの沼】


『ちゅーたーいちょー。
 ちょっとあの吹雪って人扱い超困るんスけどー』
 キアラからの通信で、アレクはモニターを確認した。
 吹雪が店内を動き回っている。
『まだ警戒中の男相手にまで皿に毒(本物)盛ろうとするし、外に出てったと思ったら窓越しに狙撃しようとするし、
 さっきなんて戦車に乗って突っ込もうとしたんスよ!
 もー! あんなめちゃくちゃする人どーしたらいいんスか!!』
「困りましたね」加夜のため息は決断を迫ってくる。
「――そうだな。そろそろ満足しただろ。給料らしきものでも与えて撤退させろ」
『Wilco(了解)……ぅええええッ!?』
 キアラの声と共に、モニターを見ていた加夜達の顔も青くなる。
 吹雪の周囲に、どす黒いオーラが集まっている。
 それは周囲の嫉妬が焔の形となったものだった。

「一人でも多く地獄に引きずり込んでくれるであります!!」
 モニターが閃光が真白くなった。

「Nathalieeeeeeeeeeeeee!!!!」
 叫びながら扉を開けようとしたアレクを、加夜と壮太が後ろから羽交い締めにするように抑える。
 そして託は爆笑し、アリスは良く分からずに首を傾げていた。
「アレクさん落ち着いて! あれはナタリーさんじゃありません!」
「Hands off!!
 I’m promised her! Bring her home! to Georgia!
(離せ! 俺は彼女と約束したんだ! 彼女を故郷に帰すと……ジョージアへ連れて行くと!!)」
「今は2023年だよオニーチャン! そしてここは戦場じゃねえ!!」

***

 笑顔の女性とはそれだけで無条件に男を惹き付けるものだ。
 皿とフォークを手に、各種ケーキやデザイート類を取っては、思いきり美味しそうに食べる。
 折角良いところのお嬢さんに見える程清楚に着飾ったと言うのに、色気より食い気優先。
 何処ぞの大食いチャンピオンも真っ青な食欲魔人ぶりをこれでもかと言うぐらい周囲に見せつけるセレンフィリティは、行動こそ残念に見えてしまうが、
心底幸せそうなその笑顔に声をかける男達は後を立たなかった。

 同じく大人っぽいクールビューティーの魅力を振りまくセレアナの方は、憧れの眼差しを向けられながらも本人は気が気では無い。
 周囲を見渡せば店員は妙に厳つい男ばかり、参加している男達は一部妙に青い顔をしているし、見ている間にも数が段々と減っていくような気がするのだ。
 胸に去来する不吉なものに、セレアナは肘でセレンフィリティを突っつくが、「気のせい気のせい」と笑い流されてしまう。
「(もうなるようにしかならないのね)」
 セレアナはため息をついて諦めた。



「セレンちゃんってスタイルいいね。
 それだけ食べてよくその体系を維持できるね」
「だって教導団の訓練でこの程度のカロリーは瞬時に消費されるもの。
 ダイエットには苦労しないわよ」
 耀助の質問をさらーっと流してケーキを口に運ぶ作業が忙しい彼女に、キロスは心惹かれるものがあったらしい。
 椅子の背に体重を預けて素敵に斜めポーズを作りながら、(耀助もキロスも、このポーズが一番女を落とせると勘違いしているのだ)アピールを続けた。
「俺は逞しい女も好きだぜ?」
 だぜ? のあたりがややイラっとくる言い回しだが、誰よりもイライラしていたのは、後ろでそれを見ていたウェイトレス
 ――アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)だった。

「(なんだか、キロスさんが女性と話をしているのを見ると、
 無性に斬りかかりたくなるんです)」
 ピンク色のウェイトレス姿が愛らしいアルテミスの背中は今、禍々しい程の赤い炎で燃え上がっている。
 恐ろしく鈍感なアルテミス本人はその気持ちが嫉妬――まして恋心からくるものだとは全く気がついていないのがタチの悪いところだろう。

「腕の筋肉綺麗だな、触って良いか?」
「いいわよー」適当に差し出された腕に、キロスはチャンスとばかりに触れようとした。
 果たしてあと10cmというところだった。

「お客様、ケーキをカットして差し上げますね!」
 声の直後に、テーブルがまっ二つに割れた。
 大剣を握りしめ、笑顔のアルテミスが立っている。
「おおおおおお前一体何を」
「だから、ケーキをカットして差し上げます!」
 ぶんっ。
 と振り下ろした剣は、ケーキでは無く(というかケーキは最早粉みじんになっている)キロスへと向かって振り下ろされる。
 セレンフィリティはセレアナに引っ張られながら、ケーキ皿を片手にフォークを咥えたまま退散してしまった。
「ああ! 俺が狙ってたのに!」
「狙う?
 それはどの様なメニューですか?」
「――それは……その……な?」
「な?
 きちんと仰って下さらないと分かりませんよ、お客様。
 さあ、お答えになって下さい。さあ!」
 引きつった笑顔のキロスの上に、今振り下ろさんという力を持った、大剣が掲げられた。



 バックルーム。
 モニターに映る恐怖の追いかけっこに爆笑している託と、「やり過ぎです……」とため息混じりに言う加夜の横で、アルテミスを雇ったはずのオーナー件隊長は首をひねった。
「俺、あんなに派手にやれって言ってねぇけど」

***

 色とりどりのデザートが並ぶ台を見ていた武尊は、その隅にジゼルがいるのを目に留めた。
 彼女が移動すれば、大事な妹分を心配するエースと大地、それに今日は一日アレクの代わりにジゼルの鬼瓦になってやろうと決めたカガチが動くので、男達は彼女に一歩も近付けないでいる。
 そんな訳で友人の女の子達が別の場所に居る間、ジゼルの周りには穴が出来るのだ。
「(ジゼルにはこの前ぱんつ貰ったしなぁ。礼を言っとかないと)」
 武尊だけは律儀にそう思って、チョコファウンテンに向かって背伸びしているジゼルのところへ移動した。
「ジゼルー!
 この前ぱんつありがとな。
 今日だってほら、肌身離さず持ってきてるぜ」
 爽やかにジゼルから送られた試着済みパンツを物質化して取り出した武尊の大胆すぎる行動に、周囲はざわついていた。
 プラヴダの隊士たちも、あまりの堂々たる様に反射的に動く事が出来ないでいる。
「た、隊長……武尊君、どうするんスか?」
『待て。
 あの男はパンツにしか興味が無い。
 つまりジゼルにとって危険は無い。命令の変更は無い。
 引き続き警戒をしつつ、様子を見守れ。ただし一言一句聞き漏らすな』
「パンツはいいんスか!?」
『パンツが大事なのでは無い。
 パンツを履いた女が大事なのだ。分かるかアルジェント一等軍曹』
「まーったく分からないっスよ!」
『あとこの間あいつにパンツ送ってモジモジしてたジゼル可愛いかった』
「あんたも変態だってことを忘れかけてたっスよ!!」
 上官の通信を一方的に切って、キアラは警戒を続けた。
 その間もジゼルと武尊は周囲の視線を一身に集めている。
「(あ、オレがジゼルのぱんつなんか取り出して見せびらかしたから、
 周りの連中にオレとジゼルがただならぬ関係だって誤解されちまったか?

 ……まぁ、誤解したい奴には誤解させておけば良いか。
 説明するのも面倒だし」
 取り敢えずで他の客にパンツを奪われないように非物質化してから、武尊は何の弁解もせずにジゼルの様子を見た。
 今度は小さくジャンプしている。
「何してるんだ?」
「あのね武尊。私あの一番上のところのチョコレートかけてみたいの。
 ごぼごぼしてるから、たぶんあれが一番美味しいの。
 でも届かない」
「持ってやろうか?」
「わーい。ありがとう!」
 ジゼルは武尊に持ち上げられ、高い高いチョコファウンテンの頂上に向かって、マシュマロを突っ込んだ。
 その間二人の位置的にみて、武尊からはジゼルのパンツが丸見えな筈である。
 店内は更にざわつき、隊士達はハラハラと生きた心地がしていないが、隊長からの命令はこない。
「ありがとう武尊!
 はい、あなたにも」
 ジゼルにマシュマロをひとつあーんして貰って、武尊は片手を上げて笑顔する。
「じゃ。女性参加者に、ぱん つくれる娘が居ないか声かけまくってみるな」
「うん。頑張ってね!」
 遂に隊長からの射殺命令はこないまま、武尊はその場を去ってしまった。

「いいんスか隊長! 武尊君、今ジゼルちゃんのパンツ見てましたよ絶対」
『落ち着けアルジェント一等軍曹。
 ジゼルのパンツなら既にサイズ、色柄、ブランドを全て把握済みだ。
 今日はピンクに白い猫のキャラクターがプリントされた――』
 キアラは上官の話を、通信ごと遮断した。

***

 そんな変態シスコン野郎にも仲良くなりたいと言ってくれる天使はいるもので――
「(ジゼルさんもここにいるのだ?
 ……じゃあ、アレクさんもその辺にいるのかな?
 お兄ちゃんだから、きっとジゼルさんを心配してそこら辺にいたりして……
 まさかね)」
 落ち着かない様子で周りを見ている天禰 薫(あまね・かおる)に、八雲 尊(やぐも・たける)は破顔した。
 彼女の大体考えは分かっている。
 そして隣に座る熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の考えもだ。
『天禰の奴、合コンが何かも知らないで参加したのか!
 まぁ説明して止めなかった俺も悪いんだが、天禰が行きたいとせがむから、つい……
 こんなに可愛い天禰が、合コンの現場にいたらどうする
 ……狙う輩が出てくるんじゃないか?
 よし、潰す。そいつらこっそり潰す』
 とか考えちゃっているんだろう。そしてビンゴだ。
 尊としては、
「けっ!
 薫、てめーが合コンに出ても、てめーに目ェつけんの熊ぐらいだろ! このー!
 ま、せいぜい美味いケーキでも食って過ごしてろっての! てめー! このー!」
 と、今朝口に出したまま考えている。
 日本語に訳すと「うん、無い無い。合コン参加したって考高くらいしか薫を見ないだろ」であった。

「しっかし、変な空気だな。
 店員どもはごっついし、いかついし……
 それなのにこんな繊細なデコレーションケーキを作るとは、人は見かけによらねぇな」
 キーキー文句を言いつつも、尊はケーキにフォークをさしては忙しく口に運んでいる。
 戦場と化した厨房で作られるこれらのケーキは、尊を完全に魅了する程、一般レストラン程度では遠く及ばない味の領域に達してた。
「おい薫。てめーあの兄貴に会いたいんだろ」
 ぶっきらぼうにそう聞かれて、薫は心臓をどきりと跳ねさせた。
 因に考高の心臓は10メートルくらい先に飛んでいった。
「……会えるならお話したい
 ……お兄ちゃん、って、言ってみようかな……そうしたら、会えるかな……」
「けっ!
 てめー! このー! ぐちゃぐちゃ考えて無いで言ってみろ!
 『お兄ちゃん』ってな!」
 尊に後押しされて、薫は目を瞑った呪文を唱えるようにそれを口にした。
「お兄ちゃん」


「うわあめっちゃ危ないッ!!」
 首に短刀の刃を突きつけられて、キアラは素で叫んだ。
「は……
 す、すまない。俺はてっきり薫を狙う輩かと――」
「何だか分かんないスけど、別に狙ってなんかいないんで、その刀閉まってくれません?」
 女子高生に蔑むような目で見られて、考高は肩を落としながら忍刀を鞘に納めている。
 それを確認して、キアラはマイクつきのイヤフォンを外して薫の前に出すと、おずおずと受け取る薫に耳に付ける様に促した。
『――呼んだ?』
「あ、アレクさん!
 お元気ですか?」
『それなりに』
「アレクさんは今なにしてるのだ?」
『何だろ……。少なくとも仕事では無いな』
「あの……今ジゼルさんが居るのを見かけたのだ。
 アレクさん、ジゼルさんとは仲良くしているのだ?」
『それ今話したく無い』
「ご、ごめんなさい!」
『別にいい』
「あの……今我はスイーツのお店に来てるのだ。
 それで、お店の人達、こわもてと言うか、いかついと言うか……お店がそういう仕様なのかな?」
『ケーキは美味しいだろ?』
「うん」
『だったらそんな事は気にしなくていい』
「でも……男のひとが次々に消えているらしいのだ。怖いねぇ、どうしてだろ」
『さあ、どうしてだろうね。怖いね』
「あの……アレクさん。
 我とお話する事はどう思うのだ?」
『……どうって――』
「我はアレクさんとお話しするの楽しいのだ!」
『――これ、そこの赤髪娘に返してくれ』
 言葉の意味を考えて薫は肩を落としながらキアラにイヤフォンを返した。
「アレクさん、我とお話しするの、きっと楽しくなかったのだ。
 呼んだの、用事の邪魔になっちゃったかな」
 薫はとても分かり易く肩を落として下を向いた。と、そのテーブルへキアラがメモを置く。
 紙に書かれていたのは番号の羅列だ。
「これ。電話番号?」
「あのインモラル軍人と話して何が楽しいのか分かんないスけど」
 さっさと居なくなってしまったキアラに代わって、後ろからひょっこり顔を出したのはトーヴァだった。
「アレクはね、
 電話は苦手。メールは極端に遅い。
 日本語で送るとハイとかイイエとかしか返って来ないかもしれないけど、今みたいに落ち込まない方がいいよ。
 番号渡すってことはまたお話しようねって事だから、ね」
 アイスブルーの瞳がウィンクして、笑顔を向けてくる。
 薫はそれに何度も何度も頭を下げていた。