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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   六

「そおれっ!!」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は思い切り利き腕を振った。放出された電撃が、住人を襲う。
「役人め!!」
 免れた若い男がセレンフィリティに鍬を振り上げた。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、【光術】を放つ。眩い閃光に男は怯み、その隙にセレアナは【グラビティコントロール】は彼を地面に叩きつけた。
「やるう!」
 セレンフィリティが、満面の笑みを浮かべて親指を立てた。
「ほら余所見しない!」
 背後から、女が襲ってくる。セレンフィリティは振り返りざま、【雷術】を通した両手を女の鳩尾に叩き込んだ。倒れた女の髪は振り乱れ、両手にはよく研がれた出刃包丁が握られていた。まるで鬼女のようだとセレアナは思った。
 ここは瀬戸ノ尾(せとのお)。青藍の一つ手前の宿場町である。青藍がすぐ近くにあることからあまり発展していないが、位置的に夜加洲地方でも重要とされている町だ。
 セレンフィリティたちは、他の契約者と共にここで暴徒を食い止める任務をゲイルから命じられていた。
「ここが破られると、青藍まで一気に雪崩れ込まれるからね……」
 セレアナは呟いた。住民は城下町や青藍と比べても、やや貧しい暮らしをしていることが見て取れた。その不満が爆発したのだろうか? だとしても、なるべくなら傷つけたくはなかった。
「壊し屋」と揶揄されるパートナーにそれが可能かどうか。そこがセレアナの最も心配する点だったが、先頃少尉に任官されたばかりのセレンフィリティは、階級に相応しい自覚が芽生えたのか、
「あくまで戦闘能力を奪って鎮圧することが目的よ。可能な限り、殺傷はしないわ」
と言った。セレアナはいたく感動し、全面的に――いつものことであるが――援護することにしたのだった。


 オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)ジル・ド・レイ(じる・どれい)の三人も瀬戸ノ尾にいた。
 お嫁――いや、伴侶であるセルマ・アリス(せるま・ありす)を追ってきたのだが、当の相手に会う前に夜加洲へ行くよう指示され、ゲイルによって瀬戸ノ尾に振り分けられたのだった。
「私がここに居合わせたのは、まさに運命の巡りあわせと言えるだろうな」
 暴徒を前に、ジルは呟いた。「民を守る機会を、神が下さったと考えるべきかもしれない」
「おや、随分やる気ですね。いいでしょう、付き合いますよ。オルフェリア様も、これを止めたいのでしょう?」
 オルフェリアはこくこくと頷いた。
「オルフェは、喧嘩を見るのは好きじゃないです。止めるですよっ。ジルさんも、皆さんを守りたいのでしょう?」
「はい」
「じゃあ、ミリオンもお願いするです」
「フフッ。セルマ様を追ってきてこうなったのですから、後で何か奢ってもらいましょうかね」
 青藍から派遣された役人らしき侍が、吊るし上げられていた。生きているのか、それとも下から突かれているからか、役人の体はぶらぶらと揺れている。
 ジルの脳裏を、かつての記憶が過ぎった。漏れそうになる怒りを、奥歯を噛み締めることで堪える。
「これだけの暴動だ。首謀者がいるはず――」
 役人を突いている者の中には、女や年若い少年もいた。やがて飽きたのだろう、役人を放って彼らは歩き出した。このまま進めば、青藍だ。
「来ましたか」
「なるべく、誰も傷つけないでくださいねっ」
「ええ、こちらを攻撃してこない限りは――ね」
 念押しするオルフェリアに、銃を抜いたミリオンは不敵な笑みを返した。ジルも、「ブーストソード」を抜いて待つ。
 だが、彼らと暴徒の間にふらりと現れた者があった。三道 六黒(みどう・むくろ)と、白い着物の女だ。
「何だてめぇ!」
「邪魔する気かい!?」
 六黒はほんの僅かな間、彼らの反応を見ていたが、すぐに半身を開けて言った。
「止めはせぬ。行くがいい」
「だったらどけ!!」
 男たちは六黒を突き飛ばすように駆け抜ける。だがオルフェリアの【その身を蝕む妄執】が先頭の男を襲った。
「うわああああ!」
 叫び声と共に、男は仲間に飛び掛かる。混乱に乗じて飛び込んだジルが、【チェインスマイト】で次々に当身を食らわせた。暴徒たちが倒れると、ジルは六黒に剣を突きつけた。
「貴様は何者だ?」
「契約者か……気にするな。邪魔さえしなければ、今はお前たちと戦うつもりはない」
 ジルは、目だけを動かし、横にいる女を見た。
「もしや、その女は漁火か……?」
 くすり、と女は笑った。ジルはそれを肯定と受け取った。
「この女が首謀者だ!」
 ジルの言葉に、オルフェリアは【その身を蝕む妄執】を漁火へ向けた。が、既にその姿はない。
「あれっ?」
 オルフェリアは困惑したが、ミリオンはずっと見ていた。女は一瞬で姿を消した。瞬間移動ではない。【隠れ身】に違いない。であれば、今この瞬間ならば、ここにいる。
「伏せろ!!」
 しかしジルは聞いていなかった。否、六黒の「梟雄剣ヴァルザドーン」が彼の頭上に降りかかる。避けられるか?――否。速すぎる。ならば受け止めるしかない。
 咄嗟に【ディフェンスシフト】と【歴戦の防御術】で我が身を守り、「ブーストソード」で「梟雄剣ヴァルザドーン」を受け止める。重い一撃が彼の両腕に圧し掛かる。
「やるなあ」
 六黒が歯を見せて笑う。その時、彼の耳にミリオンの声がようやく届いた。「伏せろ!」と。ふっと力を抜き、剣を手放した。同時に後ろへ飛ぶ。「梟雄剣ヴァルザドーン」が地面にめり込み、六黒はミリオンに対して無防備にその身を晒した。
 二丁の「覚醒型念動銃」が一斉に火を噴く。六黒の巨体が吹き飛んだ。しかし、
「キャア!」
 オルフェリアの背後に、女がいた。
「しまった――!!」
 ミリオンもジルも、愕然となった。動けば、女の爪がオルフェリアの首筋を切り裂くだろう。女は笑った。
「結構。邪魔をしなければ、戦わないとこちらは言ったでしょう? 六黒、とっとと起きてください」
 女に言われ、六黒は傷ついた身体をどうにか起こすとジルを睨みつけた。
「やめてくださいね、戦うとか。今は他の目的があるんですから」
 六黒は渋々とだが頷き、「また会おうぞ」とだけ言い残すと、この場を立ち去った。残された女はオルフェリアに囁いた。
「貴女には人質になってもらいますよ。私が逃げるまでの――」
 だが最後まで言うことは出来なかった。乾いた音が響き、女は倒れた。
「大丈夫!?」
 セレンフィリティとセレアナが駆けつける。ミリオンとジルはすぐさまオルフェリアを抱き締めた。
「よかった……」
「感謝します」
「気にしないで。こちらこそ遅くなってゴメンなさい。もっと早く気づいていれば良かったんだけど」
 ジルはかぶりを振った。セレンフィリティもセレアナも別の場所で動いていたのだ。気づいただけでも、ありがたい話だった。
「それにしても、この女は何者?」
 銃を突きつけながら、セレンフィリティは尋ねた。おや、とジルもまた眉を寄せた。
 ――この女は、こういう顔だったろうか?